表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
旅へ
53/277

安心なのか不安なのか

私は予想以上に大騒ぎになった周りに内心面食らっていた。

姫たちは悲鳴をあげ転がるように席を離れ、騎士団の者たちは一斉にこっちに殺到した。


「王子!!黒姫から離れてください!!」

「その魔物の傷はもう末期だ!!いつ取り憑かれても不思議ではない!!」

「そ、そんな…王子の姫君が!?これはとんでもないことだぞ!?」

「黒姫様を隔離するのだ!!」


へ!?

ち、違う違う!!

その流れは間違ってるぞ!?


私は泣き真似をやめると慌てて王子の服を掴んだ。


「王子っ、ちゃんと空気読んでください!!」

「…」


声を潜めて言うも王子はまだ困惑したままだ。

もう、鈍いなぁ!!


「ここは、急いでベルモンティアに行こうっていう流れですよ!」


王子は眼を見張るとやっと私が何をしたいのかを悟った。


「まさか…あの男のためか」

「うっ、そ、そうですけど!?」

「その傷は本物なのか?」

「…はい。残念ながら…」

「…」


王子は苦いため息をこぼすと私を横抱きにした。


「はぇ!?ちょっ…」

「隔離されたくなければ大人しくしてろ」


耳元で囁くと、王子はすらりと背筋を伸ばし声を張った。


「皆落ち着け。まだイザベラ姫は取り憑かれたわけではない」


王子の凛とした声に、騒ぎはとりあえず収まる。

だが不安は色濃く、皆いつ爆発するか分からない爆弾みたいに私を見ていた。


まぁ、昨日強烈なのを見たばかりだしな…。

仕方ないっちゃ仕方ないか。

王子はそんな周りをゆっくりと見回すと、余裕すら持った微笑みを浮かべた。


「イザベラ姫をこのままにしておくわけにはいかないのは、皆分かるな」


ごくりと生唾を飲む者、青くなる者はいたが大半は王子の言葉に頷いた。


「この先の進路を大幅に変更する。まずは最悪の事態を避けるためにベルモンティアに向かうことを最優先とする」


王子の言葉に周りはざわざわと騒めいたが、私の見せつけた左手の黒い模様はかなり効果を発揮したようだ。

誰一人として反対する者はいなかった。

王子はそれを見届けると最後にルーナ国王に向き直った。


「ルーナ国王、このような心尽くしのもてなしの中騒がせて申し訳ない。事が起きる前に我々は即刻この国から立ち去ります」

「これは…残念な事だ」

「貴方の愛すべき国民も、イザベラ姫と共に必ず魔を払いお届けすることを約束します」

「…。我が国の親愛なる友よ、感謝する」


王子はルーナ国王に微笑みながら礼をすると、まだ騒めく者たちを残しさっさと部屋を出て行った。

リヤ・カリドの隣では貴族騎士の一人、ソランが低く笑っていた。


「…そうか。あれはイザベラ姫だったのか」


リヤ・カリドは大いに不満な顔で振り返った。


「何を笑う。これでこの旅の予定が大幅に狂ったのだぞ」

「まぁ、そうだな」


ソランは腕を組みながら冷たく王子の去った扉を見た。


「…だがオルフェはこの俺個人にあの魔物男をベルモンティアに連れて行くように命令しやがったからな。それよりはオルフェ自身が運ぶ方が腹も立たん」

「…よく言う。大人しく連れて行くつもりもなかったのだろう」

「当たり前だ。その辺で切り捨てて戻る予定だったのだが…」


あの時必死で食い下がってきたイザベラ姫を思い出すと、ソランは口角をつりあげた。


「オルフェ王子も中々面白い姫君を側室にされていたものだ」


独り言をつぶやくと、ソランはさっさと食事を切り上げて部屋へと戻って行った。





ーーーーーーー




私は変に緊張して固まっていた。

こんな風に王子に抱きかかえられたのは久々すぎる。

しかもなんだか王子、怒ってる…よね?


「あ、あの…」

「黙っていろ。話なら部屋に戻ってからたっぷり聞いてやる」


うっ…。

それはそれで何だか恐い。

結構な騒ぎにしちゃったしなぁ。


きゅうと小さくなっていると、ふわりと王子の香りがした。

はぁ…あの男臭い行列を思うと、もうこりゃ焼きたてのパンみたいに惹きつけられる香りだわ。

犬のようにふんふんと匂いを嗅いでいると、ばちりと王子と目が合った。


「あ、いや…あの、これには深い意味がありまして…」

「少し見ぬ間におかしな動きに拍車がかかったな、ミリ」


うぅ…。

返す言葉もございません…。

私のばかばか。

そうこうしているうちに王子の部屋にたどりつく。

王子は私をソファに下ろすとじっと見下ろしてきた。


いつ見ても華やかで綺麗な王子の顔。

その美しい翡翠の瞳は精悍な男そのものなのに、柔らかい茶金の髪は甘やかに揺れている。


私の鼓動は異様に速くなり始めた。


こ、これはあれよ。

ほら…、人見知り?

…。

違うか、

えと、久々見知り?

…。

えぇと…。


「いつだ」

「へ!?」

「その傷を負ったのは、いつだ」

「あ、あぁ、えと…」


王子が普通に話し出したので、私はしどろもどろながら森でのことを正直に話した。


「なぜレイにすぐに言わなかった」

「理由が間抜け過ぎたし…、何より色々ばたばたしてたからタイミングも逃しちゃって」


王子はため息をこぼすと私の前に跪き左手を取った。


「黒魔女が魔物に憑かれるだなんて聞いたことがないぞ」

「あはは。本当だ」

「笑い事か」


照れ隠しに笑ってみたが、王子は本気で怒った顔をしている。


な、何…。

そんなに怒らなくてもいいじゃないか。

黙り込んでいると、王子は私の左手を両手で包み込んだ。


「ちょっ、お、王子…。あんまり触らない方がいいんじゃないですか。それ魔物の傷なんですから」

「もし、ミリがあの男のようになり、手を尽くしてもどうしようもなければ…」


王子は真剣に私を見つめた。


「俺が、お前を刺す」

「…王子」

「出来るだけ苦しまず…一瞬で終わるようにする。構わないか」


…。

構わないかって、でもそんなことしてもし王子に私の血でもかかったりしたら…。

返事もできずにただ王子を見つめ返していると、静かに扉が開き声が割って入った。


「大いに構いますね。王子、そういう役目は俺にちゃんと振り分けてください」

「あ、れ、レイ!!」


私は何だか焦って王子から離れようとした。

だが当の王子は逆に私の体を引き寄せた。


「ミリはベルモンティアまで俺のそばに置く」

「オルフェ様…」

「元々イザベラ姫は俺が引き立てた側室として知れている。誰も不審に思いはしない」


レイは一度口を閉ざしたがすぐに顔を上げた。


「サクラはどうします?それにフィズはもうセスハ騎士団の中で広く認知され始めています。急に姿を消しては不審がる者もいるでしょう」

「その辺はレイに一任する」

「…私にお二人のそばを離れろと」

「他に信じて任せられる者がいないからな」


レイは探るようにオルフェ王子を見つめた。

無言で視線をぶつけ合っていたが、レイは静かに頭を下げた。


「…承りました」


お、おぉ。

あの恐いレイを大人しく従えるなんてさすがは王子…。

レイは頭を上げると私と王子の前に立った。


「王子、ミリの傷を調べます。それとミリに話もありますのでこちらへ」


私は嫌な予感にぎくりとした。

こ、これはスペシャルお説教がやってくる気がする。

私は王子にしがみついた。


「はわわ…。お、王子離さないでください!!」

「ミリ、王子から離れろっ。この無礼者」

「ぶ、無礼とか言っちゃうけど、先に抱き寄せたのは王子ですからね!!」

「ほぉ、反論するか。分かっていると思うが俺は今お前には言いたいことが山ほどある。まず森で転んだとか言っていた傷は魔物に付けられたものだったんだな。俺に嘘をつくとはいい度胸だ」

「ひぇっ!!ご、ごめんなさいぃ。王子ぃ、レイが怒る…」


オルフェ王子は堪らず吹き出すと私を離した。


「すっかりレイと打ち解けたようだな」

「これ、打ち解けてるって言えます…?」


怒るレイはかなり恐かったが、私はオルフェ王子との間が思ったほどぎくしゃくしてなくて心なしかほっとしていた。

レイは私を自分の前に座らせ直すと傷を丹念に調べ始めた。


「…これは笑い事では済まないな」

「で、でも、ベルモンティアに行けば治してもらえるんでしょう?」


レイは鋭く私を見据えた。


「…そのことだが、誰がお前にそう言った」

「へ?」

「世間知らずのお前から、急にベルモンティアという名が出てくるはずないだろ」

「う…」

「そもそもさっきの猿芝居は何のつもりだったんだ」

「そ、それは…」


私はちらりと王子を見た。

今朝のことを思い返すともやもやとしたものが立ち込める。

知るのは怖かったが、私は顔を上げると思い切って聞いた。


「お、オルフェ王子。昨日の魔物に憑かれた男の人を秘密裏に処分するように命令したのは…王子なんですか!?」

「処分?」


王子は明らかに不審な顔になった。


「何のことだ」

「え、えと実は今朝…」


私はソランとのやりとりを出来るだけ事細かに話した。

王子は黙って聞いていたが、話し終えると苦いため息をこぼした。


「…道理で素直に引き受けたはずだ」

「へ?」


王子は腕を組むとはっきりと言った。


「ソランという男は俺の護衛騎士の一人だ。俺は確かにソランに取り憑かれた男を任せた。ソラン程の身分の者が訪れれば白聖女も無下には出来んはずだからな」

「え…じゃあ…」


王子はあの男の人を見捨てるつもりじゃなかったってことだよね…。

私の肩からは何だか力がどっと抜けた。


「よ、よかった」


やっぱりオルフェ王子は普通の王族や貴族とは少し違う。

私は自然と笑顔になった。


「なんだか…そう聞けてよかったです。オルフェ王子」


王子は目を見張ると少し困った顔で微笑んだ。


「外に出ていい顔が増えたな、ミリ」

「え…」

「前にも増して綺麗な笑顔になった」


私は一瞬でフリーズされた。

それからみるみる真っ赤になった。


「お、王子!!こんな時にまで楽しまないでください!!」

「楽しむ?」

「私はそんな言葉で王子に落ちたりなんてしませんからねっ」


つんと顔をそらすと、オルフェ王子は一拍した後笑い出した。


な、何よ。

笑うところか!?


「悪い。忘れていた」

「わ、忘れてたぁ!?」


じゃあ一体どういうつもりでそんな甘言を撒き散らすんだっ。

天然か!?

一人ぷりぷりしていると、私の手に綺麗に包帯を巻き終えたレイが不機嫌そうに立ち上がった。


「オルフェ様。私は一度騎士団の元へ戻りますのでミリのことをお願いします」


レイは私と王子を順に見ると厳しい口調で言った。


「二人共、俺の忠告を…お忘れなきように」


それだけ言い残すとレイはきっちり礼をしてから部屋を出て行った。


部屋の中がしんとなると、私は途端に王子のことを意識し始めた。

そういえば成り行きとはいえしばらくは王子のそばにいるんだよね…。


安心なのか不安なのか分からないまま、私は呪いがかった左手を握りしめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ