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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
黒姫
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黒い部屋と夕日のテラス

人があまり寄り付かない北の塔の一室。

従者すら部屋に残してきたオルフェは調査結果を受け取るとざっと目を通していた。


「つまり、北国パッセロはイザベラ姫をちゃんと送り出したと言っているのだな?」

「はい。しかも調べたところ髪型は違えど今いらっしゃる女性はイザベラさまに瓜二つ。どう考えてもイザベラ様本人のはずなのですが…」


王家と一番血の繋がりの濃いインセント公爵が渋い顔に皺を刻んだ。

オルフェはもう一枚の調査書にも目を通した。


「城下町の黒魔女…」

「はい。長い黒髪で常に真っ黒な服を着込んだ不気味な女だそうです。今まであまりその姿を見かけることはなく不吉な黒魔女がいるという噂ばかりでしたが、昨年この女の母親が亡くなり、今はその黒魔女が母の店を継いでいるそうです」

「ふむ。帽子屋だとか言っていたな。で、その店に今現在黒魔女はやはりいなかったのか」


インセント公爵は手にした書類を見た。


「ここ数日店は閉まりっぱなしのようです。聞き込みをさせたのですがどうも最近その姿も見ないらしい」

「…ではやはり今のイザベラは本当に黒魔女かもしれないのだな」


どこか楽しげなオルフェに、公爵は低い声で忠告した。


「オルフェ王子。あなたの側にそんな得体の知れない女を置くわけにはいきません。真偽がはっきりするまでイザベラ姫をペレツラの塔へ軟禁しましょう」

「まぁ待てよ公爵。今そんなことをしたらどう見ても王宮が不当にイザベラ姫を追い出したようにしか見えないだろう。とりあえず本物を探さないとな」

「しかし…」

「心配せずともあれに害意はない。それに中々面白い女でな。しばらくは俺が面倒を見る」


公爵は手応えのあるおもちゃを見つけ機嫌の良い王子に苦い顔をした。


「オルフェ王子。これは遊びではございません」

「分かっているさ。害や危険を感じたら即処分する」


美しい瞳に凄みが混じる。

それは口にしたことを遂行できる者が持つ独特の鋭さだ。

公爵は背中に冷たいものを感じ、思わず背筋を伸ばした。

王子は物騒な気配を抑えるともう一度黒魔女の報告書に目を通した。


ミリにあんなゲームを仕掛けたのは、とりあえず大人しく自分のそばにいさせる為だ。

それに黒魔女とは何千万人に一人と言われていて、巨大な黒魔術を扱うと噂高い逸材。

その実態は未だ多くが不明だが、ミリがもし本当に自分に落ちればこの国にとっても有益な人材を手に入れることになる。

冷徹に計算高く考えていたが、ふとミリの顔が浮かぶと王子の冷たく冴えていた顔がほころんだ。


自分の腹黒さとは正反対の、単純な娘。

必死で抵抗してくる姿はなかなか可愛いし、一々予想外の返しをしてくるのも面白い。

ともすれば利用するつもりでいるのに割と本気で気に入っている自分もいる。


「さて、俺のオヒメサマに会いに行くかな」


オルフェ王子は軽い口取りで言うと、手にした資料をテーブルの上に放り投げた。





ーーーーーーーーー




オルフェ王子との鴨ネギ事件から四日。

あんな馬鹿げたゲームを仕掛けられたにも関わらず、私は放置されていた。


「帰りたい…」


両手が針を求めてうずうずする。

こう見えても帽子作りには自信があるし、何よりも一から何かを作るのは楽しい。

ノックの音が聞こえると、女官長のアイシャさんが入ってきた。


「イザベラ様。注文の物が届きましたが…」


私は立ち上がると目を輝かせた。


「それでは今すぐお願いします!!」

「本当によろしいのでしょうか…」

「気にせずやっちゃってください」


女官長はため息をつくと後ろに合図を送った。

部屋の中にぞろぞろと大荷物を抱えた男たちが入ってくる。

次々と開かれる箱を覗き込みながら、私はうきうきとした。


帰らせて貰えないなら、せめて自分の部屋は最大限快適にしておきたいよね。

幸い王子には余りあるお金があるわけだし、許可だって降りた事だし、この際好き勝手にさせて頂く。

私は次々と替えられていくカーテンや家具を見ながら一人悦に入った。


全てが整うのには一時間もかからなかった。

どのジャンルでもプロというのは仕事が速い。

それにしても流石は王宮から注文した品々だ。

手で触れる物全ての素材が素晴らしい。


「帰る時にくれないかな…」


どうせ自分がいなくなれば全て捨てられるだろうから、それならば譲ってもらえるように交渉してみよう。

机に座り欲しいものリストを製作していると、ノックの音と同時に扉が開いた。


「ミリ、入るぞ」


ミリと呼ぶのはオルフェ王子だけだ。

どうやら四日目にしてやっと現れたらしい。

私はペンを置くと様変わりした部屋を見回す王子の前に立った。


「ミリ、これは…どういう事だ」

「快適にして良いと言われたので、そうさせて頂きました」

「…」


流石の王子も絶句している。

それはそうだろう。

華やかなお姫様臭の漂うきらきら部屋は、今やおどろおどろしい黒一色に変貌を遂げている。


黒いバラを刺繍された黒いカーテンに、床全てを覆う黒い絨毯。

ピカピカと光る机も衣装タンスもその他家具も黒一色。

元々テーブルに置かれていた華奢でお洒落な燭台が今や呪いの道具に見えるから不思議だ。

黒くないのはバスルームと変えるのを惜しんだベッドくらいか。

その中に立つ私はこれまた黒いドレスを着た黒髪の女。


「…すごいな。これがミリの快適なのか」

「そうですね。心底落ち着きます」


きっぱりと言い切る顔は我ながら誇らしげだったと思う。

王子はさぞかし嫌な顔をするだろうと期待していたが、意外にも興味深げな顔を見せた。


「そんなに黒が好きなのか?」

「はい」

「そうか」


王子は私の腰に手を添えるとぐっと引き寄せた。


「それならばミリに送る宝石は黒曜石にするかな」

「ほ、宝石…??」


よくぞまぁこの状況でそんなセリフが出るものだ。

気持ち的には呆れたが、私の体は勝手に硬直すると目一杯力を込めて王子から離れた。

どうやら食べられ寸前までいった事が尾を引いているようだ。

王子様との一夜なら美味しいんじゃないのとか思っていてごめんなさい。

あんなに怖いとは思いませんでした。


「ミリ」

「な、何でしょう…」


警戒しながら返事をすると、オルフェ王子は右手を差し出した。


「やっと俺の時間も空いたことだし、王宮でも案内しよう」

「結構です」


即決で断られるとは思っていなかった王子は目を丸くしたが、私は淡々と続けた。


「オルフェ王子、少し考えてください。この王宮内を二人で歩けば私の地位は確立したようなものです。顔を認識されたら裏で嫌がらせされるのは私なんですからね」

「ふむ、なるほど」

「私はイザベラとして必要以上にこの部屋から出る気はありません」


王子は呆れて腕を組んだ。


「こんな黒い場所に引きこもられたら口説きにくいな」

「それはそれは残念でございましたね」


オルフェ王子は薄く笑みを浮かべると指先で私の頬をなぞろうとした。

まぁつい反射的にハエでも叩きおとすかのように打ち払ってしまったのは謝るよ、ごめん。


「ミリは野生動物みたいだな」

「王子は猛獣みたいですが」

「よく言えば純粋なのかもな」

「見ての通り純黒ですが…」


あぁまた売りことばに買いことば。

だが黙ってはいられん。

王子は笑い出すと私を一瞬でひょいと抱え上げた。


「よし分かった。人目の少ない俺のプライベートテラスに案内しよう。そこならいいだろう」

「う、あ、や。王子!!」

「暴れたらこのまま下へ降りるぞ」

「だっ、がの、はぅ…」


言葉にならない音だけがもれる私を軽々横抱きにすると、王子は本当に部屋の外へ出てしまった。

こんな姿で誰かと顔を合わせるなんて恐ろしすぎる。

私は仕方なく王子の胸に顔を埋めながら小さくなった。


とくりとくりと、王子の心臓の音が聞こえる。

小さい頃によく聴いた母の音と同じだ。

不覚にも一瞬安心すると肩の力が抜けた。

だがはっとして顔を上げると、間近にあるのは安心とは程遠い目も眩む美しい王子の顔。

しかもそれは目が合うとにやりと笑った。


「そのまま俺の音だけ聴いてろ」


何だか見透かされた感じがして顔の熱が上がる。

ほっとしたのは決して王子にではないのに、真っ赤な顔では抗議するだけ深みにはまりそうだ。

でも、何だか悔しい。

一人悶々としていると、王子が開いた扉から一気に風が吹き抜けた。


「うわっ…」

「着いたぞ。ここなら誰も近寄らないし、景色は最高だ」


王子は私を下ろすとすたすたとテラスの端へと歩いて行った。

私はさり気無くスススと扉に移動したが、王子は振り返りもせずに言った。


「来た道も見ていないのに一人で戻れるのか」

「うっ…」


その通りだ。

すでに一度思い切り迷子になってるし。

王子は真っ黒いドレスを着た私に手を伸ばした。


「来いよ、ミリ。もう夕日が美しいぞ」

「…」


私は渋々王子の元へ歩いた。

まぁ、こんなありきたりなシュチュエーションで揺れたりはしませんからね。


王子の隣までくると、眼下にオレンジ色に染まる海と大きな夕日が見えた。

ということはここは王宮の裏側の一階にあるテラスだ。

元々王宮はかなりの高台に建てられているから、一階でも遠くまで海は見渡せた。


「ミリ」


王子は今度ははたき落されないように私の長い髪に触れた。


「見事な黒髪だな。…綺麗だ」


おっと。

来ましたか口説き文句。

すみませんがわたしの口からはため息しか出ませんよ。


「王子、本気で言ってますか?」


やや非難めいた言い方にはなったが、王子は割と真面目に首を傾げた。


「それなりに本気だが」

「オルフェ王子を惑わせているのはこの見た目のせいですよね。元の私じゃきっとそんな言葉も出ませんよ」


…って。

ちょっとやけっぱちに言っちゃったじゃない。

自分が嫌いなわけじゃないけれど、こんなでもそれなりの矜持くらいはあるんだから。


「…声は?」

「え…」

「その声はいつもと同じか?」


声…。

それは気にしたことなかった。


「えと…、多分同じです。髪と声だけはそのままだったみたいですね」

「前から気になっていたが、ミリは何故わざわざそんな低い声で話すんだ?」

「え…」


なかなか鋭いところを突かれた。

この話し方は十歳の時にマスターした。

何故なら…


「この前必死で俺に食って掛かった時はかなり可憐な声が聞こえたが」

「…」


そうです。

こんな地味で黒くて不気味なのに、昔から声だけがやたら可愛いと言われていたのです。

はっきり言っていらないでしょこのギャップ。

王子に襲われかけたあの時はそんなこところりと忘れていた。

我ながら酷いパニックぶりだな。

逆にそんな事に気付くくらい王子は余裕だったのか。

くそっ。


「ミリ、あの声で話してみろ」

「お断りいたします」


間髪入れずに言うと、王子は眉を寄せた。


「お前わざと俺の言うこと断ってないか?」

「オルフェ王子が無理なことばかり言うからです」


王子は挑発的な顔をした。


「分かった。じゃあいつか以前と同じ場所で嫌という程その声引きずり出してやる」

「…」


一瞬思考が停止する。

…今のは夜のお楽しみ系の発言ということか。


あぁだめだ、鳥肌がたった。

これって恋に落ちるどころか恋愛恐怖症真っしぐらなんじゃ…。


「王子、度重なる下ネタはやめてください。どこぞのおっさんじゃあるまいし」

「失礼な奴だな。誘い文句を下ネタとか言うな」

「セクハラですよセクハラ」

「…」


王子は怒るかと思いきやまた笑いだした。

夕日に照らされた笑顔はちょっぴり可愛いかも。


「ミリ。今のお前はお前じゃないかも知れないが、それでも俺は結構気に入ってるぞ」

「はぁ…」


王子はまた私の髪に触れた。


「この黒髪と、話しぶり。それからその声は特にな」

「…」


さっきの話を絶妙に混ぜて口説いてきたな。

不覚にも、ちょっぴり胸が騒いでしまう。


「さて、風邪をひく前に部屋に戻るか。今晩のディナーは…」

「部屋に運ばせてください」

「また一人で食べるのか?あの黒い部屋で」


こっくりと頷くと王子は苦笑した。


「仕方がない。それでは二人分部屋に運ばせるか」

「えっ…」

「帰りも部屋まで抱きましょうか、お姫様」

「あ、歩きます…!!」


だめだ。

早くあの黒い部屋に戻らなければ。

このまま夕日の綺麗なテラスにいれば、知らぬ間に王子のペースに巻き込まれる。

なんて恐ろしいんだシュチュエーションマジック。

黒魔術なんかよりよっぽど効果がありそうだ…。


オルフェ王子はエスコートの為にスマートに右手を差し出した。

散々躊躇った後、私は諦めてやっと素直にこの手を取った。

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