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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
旅へ
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魔物の傷

私たちは朝から都心に向けて二つ目の町を移動していた。


「あ、甘ったるいぃ」


町中に溢れるチョコレートや砂糖を溶かした匂いに、私は気分が悪くなっていた。


「お前甘味料好きそうな顔してるくせにこれしきで音を上げるなよ」


そういうベッツィもややきつそうだ。

レイは町を見渡しながら言った。


「このルーナ国は水が綺麗なことで有名な国だ。南の国から砂糖やカカオなどを買い占め大衆向けから高級菓子まで生産に国を挙げて力を入れている。年に一度甘味祭という大きな祭りまであるほどだ」

「へ…へぇ…」


甘味祭…。

今は考えるだけでうっとなる。


「この辺りの工場を抜けて城に近くなれば逆に匂いは薄くなるはずだ」

「そ、そっか…」


一刻も早くこの町を抜けることを願いながら私は無心で足を動かした。

王子たちを先頭に続く長い騎士団の列は、昼過ぎには順調に城下町に入った。

町の人々は道を譲り、頭を下げながらも物珍しそうに見ている。

このまま何事もなく城まで行けそうに思えたが、その手前の教会を通った時に急に大きな騒ぎが起こった。


「誰か!!誰か城の兵を呼んでくれ!!」

「あぁ!!き、騎士団様!!助けてください!!助けてください!!」

「彼はもうダメだ!!手遅れだ!!」

「騎士団様!!騎士団様!!」


教会から何人もの人が悲鳴をあげながら飛び出してきた。

その様子はどうみても只事ではない。

穏やかだった昼時の町は一気に騒然となった。


騒ぎに気付いた前方は隊列を止め、団長が馬を走らせて駆けつけた。


「何事か!!これがスアリザ王国のオルフェ様御一行だと知っての無礼か!!」

「た、助けてください!!今朝清めの為に運ばれた男がいたのですが…間に合わずに魔物に!!」

「何!?」


辺りに緊張が走った。

事態を悟った町の人は悲鳴をあげその場から逃げ去り、聞こえていた騎士団の者は反射的に剣を引き抜いた。

少し遠目から見ていた私には何が起こっているのかさっぱり分からなかった。


「ねぇレイ。何かあったのかな」


振り返るとレイは厳しい顔で前を見据えていた。


「…どうやら清めが間に合わずに魔に寄生された者がいるようだな」

「へ?寄生?」

「見ろ。出てきた」


言われて視線を戻すと、教会の扉から一人の男が出てきた。

その男は遠目でも分かるほどなんだかおかしい。

体からは森の獣たちのように黒い靄が立ち込め、顔は何かに取り憑かれたかのように恐ろしく歪み、動きはだらりとした不気味なものだった。


私は思わず息を飲んだ。

な、何あれ。

あれじゃ魔物そのものじゃないか。

ビオルダさんは苦い顔で頭をかいた。


「…ありゃだめだな。相当根深い」

「ああ。きっとしばらくの間魔物に付けられた傷に気付かなかったんだろう。…気の毒に。知らぬ間に芯まで侵入されたんだろうな」


ベッツィも厳しい顔をしている。

私は二人の会話を聞きながら無意識に薬指を握り締めた。


ま、まさかたかだかこんな傷で…あんなことにはなったりはしないよね?

今日清めとかいうのもしてもらおうと思っていたし…。

だらだらと嫌な汗を流しながら成り行きを見守っていると、魔物に取り憑かれた男は奇声を上げて騎士団に飛びかかった。


「え、あ!!ちょっと!!あの人殺されちゃうの!?」


私は焦ってレイの服を掴んだ。


「この場合は仕方がないだろう」

「何とかならないの!?元に戻す方法は!?」

「方法はないことはないが…」

「あるならどうして…!!」


町の人々の悲鳴に私ははっと振り返ったが、魔物男はまだ斬り伏せられずに暴れまわっている。

騎士団は剣を手にするも何故か攻めあぐねているようだ。

ビオルダさんは大剣を引き抜きながら静かに言った。


「魔物に憑かれた人間の血を浴びると皮膚が腐り二度と再生しない。下手な攻撃をすれば甚大な被害が出るのはこっちだ」

「ビオルダさん…、どこへ行くの!?」

「このまま放っておくわけにはいかん。俺が行く」


ビオルダさんは大剣を振りかざしながら走り出した。


「レイ!!」

「お前はじっとしてろ。これは騎士団の仕事だ」

「でも方法はあるんでしょう!?殺すんじゃなくて何とか生け捕りにできないの!?」


言い合っていると後ろからベッツィの声が聞こえた。


「駄目だ近付くな!!あれはもう魔物と同じだ!!」

「あぁ!!グレンダ!!やめて、やめてぇ!!」


ベッツィに掴まれていたのはお腹の大きな女の人だった。

女の人は半狂乱になりながら叫んでいた。


「離して!!離してください!!あの人は朝までは普通だったんです!!殺さないで!!あなた…!!グレンダぁ!!」


この人、魔物男の奥さんなんだ。

…そうだよね。

やっぱり、助ける方法があるのに簡単に殺してお終いにするなんてだめだ。

ビオルダさんを止めないと!!

私は思いのままにビオルダさんの後を追いかけて走り出した。

妊婦に気を取られていたレイは、私の思わぬ動きに気付くのが僅かに遅れた。


「あの馬鹿何やって…!!」

「待ってくれ、レイ!!この人の様子も何だかおかしい」


ベッツィは腹を抱えてうずくまる女の人から少し距離をとった。

精神的にくる腹へのダメージかと思われたが、その気配が何かおかしい。

レイははっとした。


「この女もどこかに魔物の傷があるのかもしれない」

「…やっぱりそう思うか?でも、こんな状況でどうしてやれば…」


レイは舌打ちすると騒ぎの起こっている場と王子のいる前方に視線を走らせた。


「…結界師を一人連れてくる。その女を見張ってろ」

「あ、レイ!!」


レイは言い残すとあっという間に人垣の中に消えた。


私は必死でビオルダさんを追って走っていた。

騒ぎの中に突っ込み人を押しのけながら前へ進む。

そのうちに四つん這いで狂ったようによだれを垂らしながら吠える魔物男が見えてきた。


馬上の団長は何度も指示を飛ばしじわじわと魔物男を取り囲んでいたが、ビオルダさんはその間に入り込むと大剣を閃かせていた。


「団長!!若い衆に呪いを浴びさせることはねぇ!!この役目、俺が引き受けるぜ!!」

「ビオルダ殿!?無茶なことを!!」

「取り返しのつかねぇことになる前に皆を下がらせてくれ!!何、俺は間抜けなヘマはしない!!」


団長は一瞬能面のように無表情になったが、くっと顔を上げると騎士団を後方へ下がらせた。

ビオルダさんは男と向き合うと慣れた動きで大剣を構え直した。

私が転がり込んだのは、まさにその時だ。


「ちょっ、ちょっと待ってビオルダさん!!」

「フィズ!?お前何やってるんだ!!」

「あの人を殺しちゃ駄目です!!」

「馬鹿言うな!!手遅れになったら甚大な被害が出るんだぞ!?」

「でも助ける方法はあるんでしょう!?」

「あると言ってもお前…!!」


言い合っていると魔物の男がこっちに飛びかかってきた。


「危ない!!」

「うはぁ!!」


ビオルダさんは私を思い切り突き飛ばすと反対側に転がった。

騎士団から大きなざわめきが起こる。

男は縦横無尽に跳ね回ると私めがけて突撃してきた。


「はわわわ!!まずい!!」


私は立ち上がるととにかく必死に逃げた。


「フィズ!!」

「ビオルダさん、た、助けてぇ!!」

「このバカが!!」


ビオルダさんは大剣を振りかぶると男に向けて一閃した。

だが獣のようになった男はひらりとそれを跳んでかわす。

男は今度は標的をビオルダさんに変えると攻撃に出た。


「あぁ!!駄目だってば!!」


私はまた立ち上がったが、後ろからぐいと腕を引かれた。


「フィズ!!行っては駄目です!!」


腕を掴んでいたのはユセだった。


「ゆ、ユセ!?離してよ!!」

「もうああなると…どうしようもないんです」

「だってレイは方法はあるって!!」

「あったとしても、あの男の人を取りおさえること事態がもう不可能です!!」


私は何だか無性に腹が立ってきた。


無理、不可能、どうしようもない?

これだけ筋肉男児が揃っていながらそればっかりぬかしやがって…。

騎士団を見れば皆固唾を飲んで見守るばかりだ。


「これだけ人数がいて取りおさえることも出来ないって!?やってもみないでバカ言わないで!!ユセ、ちょっと来て!!」


私はユセの腕をつかみ直すと団長の元へ走った。


「フ、フィズ!?何を…」

「団長に直談判する!!」

「えぇ!?」


私は邪魔な人は押し退け、団長の前に出た。


「団長!!」


団長は馬上から冷たく私を見下ろした。


「…世間知らずの邪魔者か。何をしに来た」


うっ。

やっぱり迫力あるなこの人。

でもここは引き下がれん!!


「騎士団を使ってあの男の人を殺さずに取り押さえてください!!」

「馬鹿を言うな。どうやってこちらが無傷であの男を取り押さえられると言うのだ」

「剣を捨てるのです」


団長は眉を寄せると冷たく睨んできた。


「捨てさせてどうする。まさか素手で取りおさえる気か?…あの男はビオルダ殿に任せる」

「あの人には家族がいるんですよ!?それにビオルダさんだってもし返り血でも浴びたら…!!」

「それがどうした」


団長は切り捨てるように言った。


「この状況で、それ以外被害を最小限にする方法はない」


な、なんて非情。

こいつさてはビオルダさんすらどうなっても構わないと思ってやがるな!?


「分かりました!!じゃあ私が勝手にやります!!」


私はユセを掴んだままずんずんと騎士団の中に戻った。


「フィズ、一体どうするつもりで…」

「ユセ!!貴方の仲間を貸してちょうだい!!」

「仲間といっても…声をかけても十人動いてくれるかどうか…」

「充分よ!!」


私はサクラの鎖を外した。


「サクラ、あなたも手伝ってね」


サクラはくるりと旋回すると高らかに一声鳴いた。


時間はない。

敵に対して剣で攻撃することしか考えてないから殺すしか選択肢浮かばないんだっての。


私はなりふり構わずユセに指示を出すと自分も必要なブツを求めて走った。

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