団長現る
セスハ騎士団が整然と並ぶ列が見えると、私の足は更に鈍った。
「行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない…」
ぶつぶつと念じているとレイが呆れた。
「お前は本当に往生際が悪いな」
「だって、行きたくないもん…」
ほら見てよ。
こっちに気付き始めた団員がざわざわし始めましたよっと。
私の足がぴたりと止まると、レイはサクラに声をかけた。
「行け、サクラ。情けないお前の主をあそこまで引っ張ってやれ」
サクラはひと声鳴くとレイの命令に従順に従った。
「あ、ちょっと!!さ、サクラぁ!!」
サクラと繋がっている私は否応なく引きずられる。
出だしは緩やかに引っ張られていただけだが、サクラは私とレイが予想していたより遥かに強い力でぐんぐんと速度を上げ始めた。
「あぁ!!だめだってばサクラ!!こらぁ!!」
待て!!
待て待て待て待て!!
近づいてきてる近づいてきてる!!
強面の騎士達が目の前にぃ!!
「う、うはあぁぁあぁ!!」
私は止まることもできずにそのまま騎士団の列に思い切り突っ込んだ。
整然と並んでいた面々は突然の突撃に皆ぎょっとした。
「な、何だ!?」
「またあいつだ!!」
「ドラゴン!!」
私は次々と迫り来る男達に必死で叫んでいた。
「どどど、どいてえぇえ!!」
「あ、危ない!!」
「避けろ!!」
「きょええぇえぇえぇえ!!」
「こっちへ来るな!!」
「あっちへ行け!!」
「ぎゃあうぇえぇぇええ!!」
辺りはもう騒然となった。
ちなみに奇声をあげてるのは全て私だっ。
サクラだけは何だか楽しそうに自由に羽ばたいている。
「ささ、サクラ!!サクラ止まりなさい!!止まりなさいぃ!!」
声を張り上げて叫ぶと、サクラはぴたりと前に進むのをやめた。
私はぜいぜいと息を切らせていたが、ふと取り囲む周りの気配に顔を上げた。
おぉ。
皆ごついな。
さすがは天下の騎士団の方達だ。
…すみませんでした。
「何事だ!!」
後ろから鋭く低い声が割って入った。
男たちはさっと背筋を伸ばし道を開けた。
「団長!!」
「団長、この者が問題のアルゼラの民です!!」
だ、団長!?
あの王族崇拝主義でヤドカリにいいようにやられてもすんとも言わずヤドカリ弟がやりたい放題やってもひとつも咎められず騎士団が荒れても手を打つこともしないというあの団長!?
私の前にずかずかとやって来たのは、お高そうな金の鎧をまとった精悍な人だった。
体はぎっちりと引き締まり三十前後くらいに見える。
…意外と硬派な男前だな。
「お前が我が騎士団を騒がせているアルゼラのフィスタンブレアだな」
団長はじっと私を見下ろしてきた。
さ、さすがの迫力…。
こわい…。
団長はざっと団員を見回すと腹の底から怒声を響き渡らせた。
「こんな子ども一人に乱されるとは、たるんでいる証拠だ!!これから我が騎士団はオルフェ様と姫君をお守りするという重要任務にかかるんだ!!一人一人、もう一度気を引き締め直さぬか!!」
「はっ、はは!!」
団員は皆反射的に直立不動になった。
一番間近にいた私はその声量に危うく後ろにひっくり返りそうになっていた。
団長はじろりと私を見下ろしてきた。
「お前はこっちに来い。話がある」
私の喉からひゅぇっと変な音が鳴った。
足が震えて動けないでいると、痺れを切らせた団長が私の右腕をがしりと掴んだ。
その途端サクラが怒ってキーと鳴いたが、私は慌ててサクラを左手で捕まえた。
団長は容赦なく私を引きずって歩き出した。
どうでもいいけど最近よく引きずられるな。
抵抗する気力もなく冷や汗をかきながら大人しくしていると、団長は突然足を止めた。
私たちの前に立ち塞がっているのはレイだった。
「私も御一緒致します」
「邪魔だ。去れ」
レイは黙って懐から古いペンダントを団長だけに見えるように見せた。
団長は訝しげにそれを見ていたが、はっとするとレイを上から下までまじまじと見た。
「お前は…王族の?ここにいるということはオルフェ様専用の影か」
「はい」
「…」
団長は厳しい目でレイを一瞥すると鋭く言った。
「好きにしろ」
レイは一つ頭を下げると私の隣に並んだ。
「れ…レイぃ…」
「悪い。サクラがあそこまでやるとは思わなかった」
謝りながらもレイの顔は少し笑っている。
「笑い事じゃないっての…」
でもレイがこんな顔をしているってことは、案外最悪の事態じゃないのかな。
騎士団の痛い痛い視線を受けながら一番前まで連れて来られると、見たくもない顔が二つ並んでいた。
「ふん。やはりこいつらなど同行させること事態問題なのだ」
「兄上!!あのドラゴン奪ってよ!!それからあいつを滅茶滅茶に切り刻んで捨ててきて!!」
出た!!
ヤドカリ兄弟だ!!
まったくもって最悪の事態じゃないか!!
団長はヤドカリの前に私を突き出すと冷たく言った。
「リヤ・カリド様。騎士団が今乱されるのは好ましくありません」
「当然だ。だからこそこの思い上がりを今すぐこの私が斬り捨ててやろう」
ヤドカリはすらりと長剣を引き抜いた。
その後ろではヒューロッド卿含めたクソガキどもが早くやれとはやし立てている。
あのガキども、ちっとも分かってやがらないな。
ヤドカリは歪んだ笑みで一歩前に進み出たが、団長が私とヤドカリの間に割って入った。
「もうオルフェ様がここに到着されます。今無駄な殺生をすれば出発時刻に影響が出ます」
ヤドカリは明らかに不満そうな顔になった。
「だから貴様は手緩いんだ。そんなことではいつかこの騎士団はお前のせいで潰れるぞ」
「…は。申し訳ございません」
団長は無表情で頭を下げた。
ヤドカリはふんと鼻を鳴らすと剣を鞘に収めた。
「興ざめだ。こいつの始末はそのうちつけてやる」
ヒューロッド卿と子どもたちは残念そうな声を上げたが、私と目が合うとそそくさとヤドカリの後について行った。
レイは団長の前に立つときっちりと頭を下げた。
「私共の為に貴方に頭を下げさせることになり、申し訳ありませんでした」
「…別にお前らの為ではない」
団長は鋭い眼差しで私を見下ろした。
「アルゼラの。お前にこれ以上我が団を乱されるわけにはいかない。お前には監視をつけさせてもらう」
「監視…」
「ベッツィ、ここへ来い」
団長に呼ばれたのはあの赤髪の青年だった。
ベッツィ自身も驚いたようで目を丸くしながら前に出てきた。
「お、俺ですか?」
「聞けばこのアルゼラのもそれなりの剣の使い手だそうだ。だがお前なら負けはしないだろう」
「ですが俺一人では荷が重すぎます」
「もちろんもう一人つける。ビオルダ殿、お願いできるか」
団長に呼ばれて前に出た、五十代くらいの男には見覚えがあった。
私がヒューロッド卿に喧嘩売った時にこっそりと胸がすいたと言ってくれた人だ。
確かズー伯爵とかいったっけ。
団長はベッツィとズー伯爵を並ばせると私を顎でしゃくった。
「この者の監視を頼んだぞ。言うことを聞かぬのなら力尽くで押さえ込んでも構わん」
「はっ」
「…隊列の最後尾に連れて行け。リヤ・カリド様とは極力近付かないようにするんだ」
団長はそれだけ言いつけると颯爽と踵を返した。
ベッツィとズー伯爵は固い顔のまま私を見下ろした。
「来い。こっちだ」
「大人しくしろよ」
私はちらりとレイを見たが、レイも大人しくついて行けと目で言っている。
「あの…」
「無駄口は叩くな。行くぞ」
ベッツィにぴしゃりと言われて私は押し黙った。
促されるままに歩き、とぼとぼと列の最後尾に並びに行く。
その間は誰も口を開かなかった。
隊列より少し離れた場所まで着くと、ベッツィはコツンと私の頭を肘でつついた。
「…道中問題起こすなよ、フィズ」
「え…」
さっきと違う砕けた声に、私は思わず顔を上げた。
ベッツィは片目をつぶって見せた。
「ベッツィ…」
何だかほっとしていると、今度は反対側から背中を叩かれた。
「俺はまだまだお前に期待してるけどなっ」
「ズー伯爵…」
「おっと、俺のことはビオルダと呼んでくれて構わないぞ。騎士団の中では爵位など邪魔なだけだ」
にやりと笑うビオルダさんの顔はどこか愛嬌があった。
どうなることかと思ったけれど、この二人なら何だか安心だ。
そっと胸を撫で下ろしていると、側面から行列が近付いてくるのが見えた。
「オルフェ様だ」
「王子がお着きになったぞ」
ざわざわと騎士団から声が上がる。
「オルフェ王子…」
王子は列の一番前。
私は列の最後尾。
並みの列じゃないのよ。
顔すら見えないっての。
私の視線の先を追ったレイはそっと隣で囁いた。
「ミリ。王子の側には近付くなよ」
「…」
「それがオルフェ様の為だ」
「うん…」
レイが何を思ってそう言うのかは分からないが、なんとなく私にも王子の邪魔はしてはいけないという気がした。
出発の合図はすぐにあちこちから鳴り響く。
私はサクラをひと撫ですると黙々と歩き始めた。




