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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
旅へ
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鼻持ちならないヤドカリ

最後の屋敷を出発した時には、オルフェ王子とその護衛が五人、荷馬車が二台と世話役が十人、そして私とレイだけになった。

それでも結構な人数だが、出だしを思うとすごく少なく見えるから不思議だ。


「今日は国境沿いの町ハイドランタに向かう。馬で半日はかかるな」


レイが恒例のように私に予定を教えてくれる。

いつもならその度に嫌な顔を見せる私が文句ひとつ言わなかったので、レイは訝しげに見上げてきた。


「…今日はえらく機嫌がいいな」

「え、そう?」

「朝の稽古もいつもより張り切っていたし…」

「そ、そんなことないよ!!ただ体が慣れてきただけでしょ」


慌てて首を振ると私は先に歩き出した。

レイは私の背中をじっと見るとため息をこぼした。


「…やはり昨夜王子はミリのところにいたのか」

「えっ…」

「よその姫君の屋敷でミリに構いつけてはいけないとあれだけ言ったのに」

「ちち、違うよ!!確かに来たけど、何だか疲れてたみたいだし、少し話をしただけで王子はすぐに帰ったから!!」


レイは苦い顔で私を睨みつけてきた。


「ミリの前で疲れた顔を見せたのか。あのオルフェ様が…」


レイはついと先頭の王子に視線を投げかけた。

つられてそっちを見るといつもと変わらない華やかで精悍な顔つきの王子が馬上にいる。

ぼんやりと王子を見ていると、護衛騎士の一人がこっちへ馬を寄せてきた。


「もう姫君たちはいないのにお前らのせいで速度を上げられん。ここは王子に配慮して後から来るというのはどうか」


そばかすの目立つ年若い騎士は明らかな侮蔑を込めて見下ろしてくる。

きんきらきんきらと必要以上に着飾っているあたり自己顕示欲が強いというか、いかにもな身分重視のいけ好かない感じだ。

レイは背筋を伸ばすと頭を一つ下げた。


「ごもっともな意見、痛み入ります。ですがそれは王子の判断されることでございますので」


若い騎士は鼻を鳴らすと嘲るような笑みを浮かべた。


「ふんっ、王子に取り立てて頂いただけの下賤の者よ。己の立場をわきまえる頭があるのなら今すぐ消え失せるんだな」


言い捨てると騎士は王子の隣に戻って行った。


「な、なにあれ…。めちゃくちゃ感じ悪いじゃないの…」


私は不快感に顔をしかめたが、レイは歯牙にもかけず無関心な顔をした。


「こんなことでいちいち腹など立てていたら王宮では暮らせないぞ」

「あぁ、やだやだ。これだからお貴族様っていうのは鼻持ちならないっていうかなんていうか…」

「上流階級では、あれが普通だ。オルフェ様がやはり変わられておられる」

「ふぅん…」


権力?身分?

生まれ落ちた場所が違うだけで、あたかも自分が無条件で偉いとか思ってんのか?

…まぁ、実際そうなんだろうけどさ。


「フィズ、あからさまにそんな顔をするな。…インセント公爵家の三男みたいになるぞ」

「え?それってユセのこと?」

「そうだ。…お前は知り合いなのだそうだな」

「うん。そういえばユセ、どうしてるのかなぁ」


進み始めた列に遅れないように歩きながら私は心配になってきた。

レイはちらりと横目で私を見た。


「王宮を出る前に王子の元へ現れたぞ。お前を牢屋から出すために父親に掛け合って逆に屋敷に閉じ込められていたようだ」

「え、えぇ!?そうなの!?どうしよう…迷惑かけちゃったよねやっぱり」


怒られたりしたのかな…。

ごめんねユセ。


レイは落ち込んだ私を気にもかけずに冷静に言った。


「あの三男は元々気性が真っ直ぐすぎて既に結構な目に遭っている。お前がかけた迷惑くらい、何てことはないだろう」

「え?どういうこと?そういえばユセみたいになるってどういう意味?」


レイは厳しい顔で前を見据えたままさっきの騎士を顎でしゃくった。


「あれは現国王の甥の子だ。世間的な評価は…まぁ親の七光りを存分に受けた身分だけが取り柄のバカといったところだな」

「ちょっ…、だ、だめよレイ。聞こえたりしたらどうするのっ。っていうかそれレイの評価でしょ?」


レイは薄く笑った。


「奴はセスハ騎士団に所属してるが、まぁあいつが入団したせいであの騎士団は酷い有様になった。ユセ様も先に幼い頃からそこに見習いとしておられたが、色々あったようで結局あのバカに追い出された」

「…何だか、軽く想像するだけでも色々腹立ちそうな気がするんだけど」

「いや、多分ミリが思っている以上だろう。かなり揉み消されたようだが…率直に、よく立ち直ったものだと思う」

「ひえぇ…」


やだやだ。

周りは何も言わなかったのだろうか。

いい歳した大人だって沢山いたはずなのに情けない。

一人勝手にぷりぷりと怒っていると、レイが小さく笑った。


「だから、そう簡単に不快感を顔に出すな。あいつに…リヤ・カリドに目をつけられたら厄介だぞ」

「うん…」


私は頷きながらもリヤ・カリドとかいう奴をまだ睨んでいた。


だって、ユセはあんなにいい子なのに!!

後から入団したくせに虐めて追い出したなんて信じられん!!

あんのヤドカリめっ!!


私はあんな奴に見下されたくなくて出来るだけ背筋を伸ばして歩いた。


半日歩き続けても、私は体があまり疲れていないことに気がついた。

歩く速度も上がってる。

毎日レイにしごかれてる成果は着実に出ているようだ。

今日の目的地、パブリンカ公爵の屋敷が見えて来ると王子は一度馬を止めた。


「レオナルド」


振り返って呼び寄せたのはレイだ。

レイはすぐに反応すると王子の元まで駆け寄り跪いた。


「ハイドランタの者たちには急遽多数の姫君の受け入れで負担をかけたはずだ。街へ出て民の声を拾って来い。実害が出ていたり必要以上に生活が乱された者には適切な補償を約束しても構わない」

「かしこまりました」


レイは短く応えるとすぐに王子のそばを離れて行った。

王子は今度は私を振り返った。


「フィスタンブレア」

「は、はい…?」


え、私も?

颯爽と動くレイとは天と地の差で私はのろのろと王子に近付いた。

だって、貴族の騎士たちの視線が痛い痛い…。

王子は無情にも私に命令を下した。


「レオナルドが戻るまでは俺の隣にいろ」

「へ…?」


やだよそんなの。

ほら見てよヤドカリの顔を。


「行くぞ」

「え、あ、ちょっと…王子…!!」


後ろに戻ってもレイはいないし、これは嫌でも王子の横を歩くしかない。

私はできるだけ騎士たちとは目が合わないようにぎこちなく前だけ見て歩いた。


王子御一行が屋敷に入ると、中は既に盛大な宴の準備が整えられていた。

パブリンカ公爵から歓迎の挨拶を受け、廊下を奥へと進む。

大きな扉を開けば、大広間では先日別れた側室の姫たちが華やかに着飾り、王子を心待ちにしていた。


「オルフェ王子。お待ちしておりました」


姫君を代表して声をかけてきたのはアリス姫だった。

その顔は初めて見た時のように、氷のように冷たい。


私は思わず首を傾げた。

だって、私を助けてくれた時のアリス姫はあんなに優しい人だったのに…。

アリス姫の隣に控えているサトさんも何だか冷たい顔だ。

サトさんは私に気付きはっとした。

周りに気づかれない程度に会釈したが、サトさんはさっと視線を逸らしこっちを見ようとはしなかった。


晩餐が始まると姫たちは代わる代わる王子に挨拶をしに寄り集まった。

皆王子の隣を狙っていたのであろうが、アリス姫の厳しい視線を浴び続ければ長居など出来はしない。

節度ある挨拶を終えるとすごすごと元の場所まで引き下がっていった。


「ふはぁ。アリス姫…すごい」


独り言のつもりだったが、聞こえてしまったのか振り向いたアリス姫とばちりと視線が合った。

私は何故か焦ってわたわたと頭を下げた。


「あ、あの…、先日は…」


助けてくれてありがとうと言おうとしたが、アリス姫は完全に私を無視して前に向き直った。


こ、こわっ。

これ本当にあのアリス姫と同一人物なのか??

ぽかんとしているとひと段落ついたオルフェ王子が私を呼んだ。


「フィズ」

「あ、は、はいはい」


我に返り王子の側に行くと、王子はそっと耳打ちしてきた。


「適当に腹に入れたらお前は先に俺の部屋で待機してろ」

「王子の部屋で?」

「後でサクラを返してやる」

「えっ…!?」


王子は釘を刺すように言った。


「だから俺が戻るまでは目立たぬよう大人しく待っていろ。すぐにレイも戻るはずだからそっちに寄越す」

「はい!!」


私は満面の笑みで返事をすると王子の側を離れた。


嬉しい!!

やっとサクラと会える!!


待ちきれない私は適当な果物だけを摘むとさっさと会場を出た。

王子の部屋を目指してうきうき廊下を歩いていると、後ろから誰かに呼び止められた。


「フィスタンブレア様」


振り返ると、サトさんが小走りでこっちへ来た。


「さ、サトさん!!」

「先程は目が合いましたのに…すみませんでした」


サトさんは私の前で立ち止まると深々と頭を下げた。

私は慌てて首を振った。


「いえ、いいえ。こっちこそ助けて頂いたのにろくなお礼も言えず仕舞いで…」

「オルフェ様がお連れしたと伺っておりましたが、ご無事そうで安心しました」


顔を上げたサトさんはあの時と同じ優しい顔をしていた。

私はなんだかほっとした。


「アリス姫にもちゃんとお礼を言いたかったのですが…」

「わたくしからお伝えしておきます。今はアリス様にはお近づきにならない方がよいでしょうから…」


意味深な言葉に私は首を傾げた。

やっぱりあの冷たいアリス姫には何か事情でもあるのだろうか。

サトさんはにっこり笑った。


「ここでお会いできて良かったです。フィスタンブレア様は最後まで王子の旅に寄り添うのでしょうか」

「そうですね。たぶん…」

「よい旅をお祈りしております」


ひとつ頭を下げると、サトさんは踵を返して大広間へと戻って行った。

なんだ。

やっぱりサトさんはいい人だ。

私はちょっぴり心温まると再び王子の部屋に向けて歩き出した。

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