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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
旅へ
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深夜の来訪者

国内を回りきるには結局十日もかかった。

遠方の姫君は流石に向こうからの迎えが来たが、それでも長い。

私は出された夕食を完食すると大きく伸びをした。


「はーぁ、お腹いっぱい。今日も疲れたなぁ。ごちそうさまでした」


レイは絶妙なタイミングで私のグラスに水を注いだ。


「大分慣れてきたようだな。それによく食べられるようになった」

「うん、結構頑張ってるでしょ」


レイは私の手に出来まくったマメを見て眉を寄せた。


「あれしきの稽古でそんな手になるのか。姫の手らしからぬ傷だな」

「あ、あれしきって…。結構がっつりだったと思うけど」


私は見るからに以前より健康的になった。

ちゃんと食べる量も日に日に増えているし、運動だって毎日してる。

目標があるってすごい。

レイはさっさと私の食べ終えた食器を片付けテーブルを拭いた。


「俺は今日は王子のところへ戻る。明日は国境沿いの町に向かい明後日からは国外へ出るからな」

「あ、ま、待ってレイ!!オルフェ王子の所へ行くの!?」


私は慌てて立ち上がった。


「あの、それなら伝えて欲しいことがあって…」

「オルフェ様はお忙しい。用があるなら後日にしろ」

「いや、あの!!サクラの…!!」


事なんだけど、という前に扉はぴしゃりと閉められた。


なにさ。

ちょっと伝言するくらい引き受けてくれてもいいじゃないか。

私は座りなおすと目の前にあった水をゆっくりと飲み干した。


「…そろそろサクラを返してもらっても大丈夫だと思うんだけどな」


一人テーブルの上で頬杖をつきながら考えていると、うつらうつらと眠くなってきた。


「ふぁぁ…。さすがに…疲れが溜まってるな…」


ちょっとだけ休憩しよう。

うん…十分だけ。

テーブルにうつ伏せると、私はそのままぐっすりと眠り込んでしまった。


次に目が覚めたのは深夜を知らせる時計の音がした時だった。


「はっ、い、今何時…!?」


言ったものの長く伸びた髪を見れば結構な時間が経っていることは分かる。

部屋は明々とランプがついたままだ。


「からだ…死にそう…」


ぎしぎしいう身体を動かしながら私は水場を目指した。

タオルを熱いお湯で濡らしてから全身をさっぱりと拭き取り、最後に髪だけ水で洗う。

従者の身分で出来るのはこの辺が限度だ。


「いたたた…石鹸しみるなぁ…」


手にも足にも出来たマメはいくつかじゅくじゅくと潰れて血が滲んでいる。


しまった。

寝ぼけていたけど短く切り落としてから洗えば楽だった。

まぁここまで洗ってしまえばもういいか。


濡れた髪を丁寧にタオルで拭いながら、私は簡易椅子に腰掛けた。

ぼんやりと眠い目をこすりながら使い終わったタオルを籠に入れようとすると、部屋の方から僅かに物音がした。


え…まって…。

だって、…今、何時…?

タオルを握りしめたまま私は全く動けなくなった。

どくどくと心臓は嫌な音を立て腰が引ける。


「れ…レイ?」


自分に用事があって来るのならばレイしか思いつかない。

でもさすがにこんな時間に部屋に入ってきたりはしないだろう。


私は無意識に脱いだ服と一緒に置いていたナイフを手に取った。

矢を向けられた時のことを思い出すと、ひやりと背筋が冷える。

一人泣きそうになっていると、扉の向こうから声が聞こえた。


「ミリ」


…え。


「開けるぞ」


ちょ…、え?

だってこの声は…。


少しだけ開いた扉を、私は全身体当たりで思い切り閉じた。

バン!!と中々派手な音がしただけあって結構な衝撃を自分でくらう。


「ミリ…」

「だめです!!帰ってください!!何しに来たんですか!?ここは従者の部屋で、王族立ち入り禁止です!!」


扉が開かないように体で押さえながら私は懸命に声を振り絞った。

刺客ではなかっとことに安心する間も無く、私は思わぬ来訪者に違う意味でパニックに陥っていた。


「王族立入禁止なぞ聞いた事ないぞ。いいからここを開けろ」

「い、嫌です!!来ないでください、オルフェ王子!!」


何しに来たの!?

何しに来たの!?

せっかくここのところ王子と離れて落ち着いてきたのに!!


「明かりが見えたから起きているのかと思って寄っただけだ」


扉の向こうの声は、どこか疲れているように聞こえた。


「えと、心配せずともさっきまでうっかりうたた寝していただけです」

「疲れているな」

「それは…、王子もでしょう?」


扉に背をつきながら言うと、王子は少し間をあけた後で言った。


「ミリ、着替え終わったら出てこい」

「え…でも…」

「顔を見るだけだ」

「は、はぁ…」


私の顔なんか拝んでも別に御利益なんてないのに。

あ、でもサクラのことを交渉するいい機会かも。

私は扉から離れるとさっさと用意していた部屋着に袖を通した。


部屋の外からは何の物音もしない。

でもきっと待っているんだろうな。

どんな顔して会えばいいんだろう…。

私は支度を終えると恐る恐る扉を開いた。


「あ…」


王子はソファに腰掛けながら目を閉じていた。


「王子、王子起きてください。お待たせしました…」


以前は近付いて離してもらえなくなったから、今度は少し離れて声をかける。

王子は薄く目を開くと私を見上げた。


「ミリ…」

「…何しに来たんですか?」

「さっきも言った。顔を見に来ただけだ」

「そんなに疲れているのにわざわざ私の顔を見に来たんですか?」


不信感丸出しで言うと、王子は少し笑った。


「ミリ」

「…なんですか」

「何か、欲しいものはないか?」

「…。へ?」


此の期に及んで何を言っているのやら。


「あのですね。私が今一番欲しいのはサクラだけです。サクラ、弱ってきてるんでしょう…?」


王子は体を起こすとじっと私を見つめてきた。


「なぜ知っている?」

「え…」

「サクラは籠に入れたまま今は出来るだけ人目に触れぬように細心の注意を払っているはずだ」

「あ、えと…」


ルシフのことを言うべきだろうか。

いや、でも。

これはやっぱり私の問題だ。


「わ、分かるんです。サクラは私がそばにいないとダメなことが」


下手な誤魔化しに、王子は目を逸らそうとしない。

私は身を乗り出すと真摯に訴えた。


「王子、サクラを返してください。私ならもう大丈夫です。体もすっかり元気ですし」

「この手はどうした」

「いっ、痛い!!」


王子は私のマメだらけの手を掴んだ。


「お前は一体何をしてる?」

「痛い痛い!!は、離してください!!これは健康になるための指導をレイに受けているだけですから!!」

「健康になるための指導?」

「そうです!!痛いってば!!」


王子は立ち上がると何やら探し始めた。

あちこち引き出しを開けては閉めている。


「…何してるんですか?」

「巻くものを探している。レイならいつでもすぐにそういう物を出してくれるのだが」

「巻くものって、もしかして包帯のことですか?」

「他に何がある。…だめだ、分からないな」


王子は違う棚からガーゼを見つけるとそれで妥協して戻ってきた。


「手を貸せ」

「…嫌ですよ」

「そのままにしておくと寝ている間も痛むだろう?」

「手当慣れしてない人に傷を触られるほど怖いものなんてないじゃないですか」

「失礼なやつだな。剣の習いがある者ならこれくらいの心得はあるぞ」

「ふはぇ…」


嫌そうな声を漏らした私に王子はむっと眉を寄せた。


「いいから貸せ」


王子は私をソファに座らせるとその前に座った。

そのまま丁寧に私の両手にガーゼを巻く。

確かに、思ったよりは手付きは悪くない。


「ありがとう、ございます…」

「…」


時計の音だけが響く静かな部屋。

王子はガーゼを巻き終えるとそのまま私の手に頬を寄せた。


「あの…」

「お前は、とことん無欲だな」

「はぁ…」


王子は顔を上げると手を伸ばし私を引き寄せた。


「うはっ、た、この体勢、結構きつ…」

「軋轢なく姫達を返すにはそれなりの詫びが必要となってくる。多額の金で済むならまだしも、長年欲しがられていた土地や宝を望まれるのが大概だ。だがそんな話を容易に受け入れ続けては国内のバランスが崩れる恐れもある 」

「へ…、へ?」


急に真面目な話をされて私は間抜けな顔になった。

王子は立ち上がるとふわりと私を抱え上げた。


「まさに欲の塊をずっと相手にしていたからな。しかも本番は明日以降の他国の姫君だ。要求は倍以上に跳ね上がるな」


すたすたとベッドに向かうと私を下ろす。

王子はそのままぎしりと乗り上げてきた。

…。

これは、もしや俺様疲れてるから体で慰めろとか言われるやつなのか?


「ミリ」

「却下」

「おい」

「駄目です」

「あのな…」

「無理です。癒しならこの屋敷の姫様によろしくしてもらってください。そんなことばかりしてたんでしょう?」


王子は軽く目を見張った。

え?違うの?


「だって、レイから聞きましたよ?」

「レイから?」


私はレイから聞いたままの話をした。

王子は黙って聞いていたが、話が終わると体の力を抜いて私の膝の上にうつぶせた。


「…まぁ、確かに間違ってはいない。が、流石に毎日旅と交渉を繰り返しながら姫と夜を共にするほどのゆとりはないな。後宮で代わる代わる相手にするのとは話が違う」


思わず王子のふわふわ頭を触りそうになった右手はぴたりと止まった。


「…ど、どっちにしても華やかですねぇオルフェ王子さまは。はっ」


明らかに不機嫌そうな声が出てしまう。

王子は閉じていた目を開くと顔を覗き込んできた。


「おまえがそんなことを言うなんてな」

「こ…これは、ただの一乙女としての反応です!だって王子は王子じゃなければただの遊び人じゃないですか」

「王子じゃなければ、か…。お前は面白いことを言うな」


王子は体を起こすと顔が触れるほどの距離で問いかけた。


「もし、俺が王族ではなくなれば、ミリはどうする」

「えっ」

「他の者達はきっと誰一人俺の元には残らず俺は何も持たないただの人に成り下がる。そんなことになったら、どうする?」


どうするとか言われてもな。

だいたい成り下がるって…それって一般人に普通に失礼だし。

私は後ろに下がりながら割と真剣に考えた。


「…そうですね。今王子にはお世話になってることですし、その恩返しということで次の働き口が決まるまでは仕方がないのでうちの帽子屋で居候くらいはさせてあげますよ?」


疲れの濃かった王子の目がまん丸に開かれた。

ついで王子はこっちがびっくりするほど楽しそうに笑い出した。


「お、王子??」

「は…働き口…か。ミリは良くも悪くも現実的な庶民だな」


な、なにさ。

堅実な答えじゃないかっ。

働き口なかったらのたれ死んじゃうんだからね!


そんなに笑われることを言ったつもりのない私は膨れっ面になった。

だが余程予想外の答えがおかしかったのか、王子はベッドの上で体をくの字に折ってしばらく笑い続けていた。

結局、この日の夜はたわいない会話をしただけで王子は部屋を出て行った。


「本当に、一体何しに来たんだか…」


首を傾げながら一人ベッドに転がる。

でもそういえば、何だか久しぶりに王子とちゃんと喋ったな。


この日の夜、私は何故だか久々に心穏やかにぐっすりと眠ることが出来た。

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