変わり始めたミリ
いつもよりは食べてよく眠った翌朝は、なんだか少し体が軽い気がした。
レイは朝から準備体操を始めた私にかなり驚いたようで慌てて走り寄ってきた。
「ミリ!?お前ついに本格的におかしくなったのか!?」
「あ、おはようレイ。心配かけてごめん。今日からちゃんと朝食も頂くから」
私はいつも携帯しているナイフを手に取るとざっくりと長くなった髪を切り落とした。
「レイ、長剣とはいかなくてもこの短剣の扱い方くらい教えてくれないかな。従者なのに何も出来ないのはやっぱりまずいかなと思って」
「…」
「レイ?」
レイは探るように私を見つめてきた。
こうも急に変わったのは、明らかに昨日の事が関係している。
レイは何か聞きたそうにしたが、そこをぐっと飲み込み静かに頷いた。
「…分かった。着替えて朝食を終えたら出発までの間にみてやる」
「ありがとう」
礼を言うと私はさっさと着替えた。
朝食は各部屋に運ばれてきた。
焼きたてのパンにサラダ、ミルクがたっぷり入ったスープ、それに何種類かのチーズとハムが添えられている。
「頂きます」
きちんと手を合わせると、私は時間をかけながら出来る限りの物に口をつけた。
正直味なんてよく分からなかったし、途中で三回ほどえずいたが何とか食べ続ける。
頑張れ私。
サクラの為だ。
黙々と口を動かす私を訝しげに見ながらも、レイは紅茶をいれてくれた。
後宮で飲んだのとは違う種類だったが、レイがいれてくれる紅茶はやっぱり美味しい。
「…これだけはほんと美味しいと思える。ありがとうレイ」
「…」
「レイ?さっきから何かおかしくない?」
「おかしいのは…」
何か言いかけてレイはまた口をつぐんだ。
「とにかく、短剣の使い方が知りたいんだろ?身なりを全て整えたら屋敷の庭に出てこい」
「分かった」
私がにっこり笑いながら頷くと、レイは何だか不機嫌そうに部屋を出て行った。
「なんか、レイはいつも怒ってるなぁ…」
私は首を傾げたが言われた通りにすぐ身なりを整えレイの後を追った。
長い廊下を歩いていると屋敷の侍女たちと沢山すれ違う。
朝はやっぱり皆忙しそうだ。
ふと目が合った侍女ににっこりと笑いかけると、その子は真っ赤になりながら頭を下げた。
そういえばフィズは中々の男前なんだったっけ。
不思議なもので昨日まで背中を丸めてよろよろとしていた自分には誰も振り返りはしなかったが、背筋を伸ばしきりりと顔を引き締めながら歩く私には皆はっとした顔を見せた。
エントランスを抜けて中庭に出るとレイが待っていた。
「お待たせ。で、どうすればいい?」
小走りで寄るとレイはだだっ広い庭の先を指差した。
「まずはこの庭をニ周走ってこい」
「えっ…」
「そんな体で武器を振り回せるとでも思っているのか?先にやるべきことは体力作りだ」
「えぇ…」
「早く行け」
私は渋々歩き出した。
「たらたらしていたらもう一周追加するぞ!!」
「うは、はい!!」
相変わらずレイは厳しい…。
元々引きこもりな上に、この数日はへろへろながらも散々歩かされた。
おまけに昨日までは殆ど食べていなかった私はまたすぐにへばった。
「足が痛い…」
そういえばマメだって出来てたんだから。
足にマメが出来るなんて初体験だって。
一周目を終えた時点で足が震え始める。
もうだめだと座り込もうとしたが、それを阻止するようにレイが私の手を掴んだ。
「行くぞ。二周目だ」
「え、えぇ…?だってこの後今日も歩くんでしょう?」
「すぐに弱音を吐くな。無理してでも…頑張るんだろ」
私ははっとした。
レイはそれ以上何も言わずに私の手を引いた。
レイは気付いている。
私が何も考えずにとにかく形からでも何とかしようとしていることを。
我ながら浅はかだとは思うが、レイは笑うでも諌めるでもなく黙って付き合ってくれるようだ。
「レイ…」
「何だ」
「レイって、厳しいけど…優しいね」
「バカなこと言ってないでさっさと自力で走れ」
「うん…」
私は顔を上げると痛む足を引きずりながらも頑張って走った。
日が高くなると、屋敷の前に馬車と人が並んだ。
最初よりかなり人数は減っている。
このペースでいけば一週間くらいで国内は済みそうだ。
「本格的な旅は他国の姫を送る時から始まるからな。それまでに毎日運動量を増やしていくぞ」
「わ、分かった。何とか頑張る」
気合を入れていると、正門がわっと賑やかになった。
オルフェ王子が出てきたようだ。
私はこの少し離れた場所から冷静にそれを見ていた。
うん、大丈夫。
別に王子が何してようと今はさほど気にならないな。
「サクラは…?」
そういえば王宮を出発してからサクラの姿を見ていない。
私はそんなことに今更気づいた。
「レイ、サクラは今どうしてるか知ってる?」
「あのトカゲはずっと籠の中だ」
「え!?出してもらってないの!?」
「仕方がないさ。オルフェ様だってつきっきりで面倒は見ていられないからな」
だからって、ずっと籠の中だなんて可哀想すぎる。
サクラを返してもらって私が飛ばしてあげないと。
「早く元気にならなくちゃ…」
私は出発の合図と共に、今日はできるだけ遅れずについていこうと自分に言い聞かせながら歩いた。




