イザベラ姫の部屋
さて。
売り言葉に買い言葉はいいがこの先どうしたものか。
軟禁された地下牢から出してもらった私は、そのまま王宮の二階にある日当たりのいい部屋に連れてこられた。
だがどこからどう見ても、きらっきらしたお姫様仕様の内装に思わず一歩下がる。
王子は逃すまいと私の右手首を摑んだ。
「ミリ、ここが今日からお前の部屋だ。本来側室は一階の東に独立してある後宮に部屋を構えるのだが、この部屋は側室の中でも一番俺に引き立てられた者が使用する部屋だ」
「…そんなことされたら私は今いらっしゃる側室の皆さまに言われのない恨みを買うのでは?」
王子はにやりと笑うと摑んだ手に力を込めた。
「お前は頭の回転は悪くなさそうだな。だが仕方あるまい。お前が本物のイザベラ姫ではないというのなら、それが他に漏れるのは色々危険だからな」
「危険…?」
「とにかく、お前は常に俺の監視下に置く。少なくとも何故こんなことになったのかはっきり分かるまでミリも余計なことは一切他言するな」
私は黙り込むと何が危険なのか考えてみた。
1、詐欺を働いたとみなされ投獄、処刑される
2、権力者の側室様に遠慮なく闇に葬られる
3、今回の黒幕に邪魔になったからと消される
うん。
危なそうなのはこの三つくらいか。
よし、ふざけんな。
…これは王子と馬鹿な勝負をしている場合ではないのではないか。
「ミリはしばらくはイザベラ姫としてここで過ごすんだ。あまり目立つようなことはするなよ」
こんな部屋に入れられたら既に嫌でも目立つだろうが。
文句をつけたいところだったが、王子は私の手を引くと部屋の中へ強制的に入れた。
「じゃあまた後で来る。黒いドレスは用意させるからちゃんとそれを着ておけよ」
王子は手を離すと今入ってきた入り口とは違う扉から出て行った。
…ん?
待てよ。
ここは特別に寵愛を受ける側室の部屋。
「まさか…」
嫌な予感がして私は王子が消えた方の扉をそっと開いてみた。
そこは小さな繋ぎの間がありその奥にはなんだか立派な扉が見える。
この作りは聞いたことがある。
つまり、この先にあるのはオルフェ王子の私室だ。
まずいな。
この部屋じゃ王子のやりたい放題だ。
「一晩ならまだしも…毎晩とかになったら相手してられない…」
自慢じゃないが体力はない。
一度許せば絶対王子も好き勝手にしてくるはずだ。
やはりここは一発目から防がなければ…。
レースの天蓋がかかったベッドに腰掛けながら唸っていると、廊下に繋がる方の四角い扉がノックされた。
「はい…」
「イザベラ様、失礼致します」
落ち着いた声音で入ってきたのは母の歳と変わらなさそうなきりりとした女性だった。
「お初にお目にかかります。わたくしは貴方のお世話係りを仰せつかまつりました女官長のアイシャと申します」
「はぁ…」
恐そうな顔だけどなんだか可愛らしい名前の人だな。
呑気なことを考えていると女性は急に私の前で感慨深げに目を潤ませ深々と頭を下げた。
「あのオルフェ王子がついにこのお部屋に迎える女性をお決めになるなんて…。嬉しいことです」
「えっ」
「王子はああ見えて他人に警戒心が強く、本当の意味で心を開ける相手を作ろうとしません。これがきっかけでイザベラ様がオルフェ王子の安らぎとなれば一安心でございます」
いや安らぎどころか戦おうとしておりますが。
だがこんなに涙ぐましく語る女官長にそんなことは言えないし、何よりさっきオルフェ王子に余計なことは言うなと言われたばかりだ。
私ができることは是とも非とも言わずに曖昧に引きつった笑みを返すだけだ。
「わたくしで出来ることでしたらいつでもおっしゃってください。出来うる限りイザベラ様がゆったりとお過ごし頂けるようにさせましょう」
女官長は恭しく頭を下げるとそのまま部屋を出て行った。
再び一人になると何だかどっと疲れが出てきた。
考えたら朝起きたら別人になっていて、王宮を出ようとしたら捕まって、王子とよく分からない勝負をすることになって、やたらと恨みを買いそうなこの部屋で他人として過ごすことになったのだ。
「そりゃ疲れる。お腹もすいたし」
このままじゃ夜に現れるであろうオルフェ王子に抵抗する力もないままに惨敗は決定だ。
まずはお腹いっぱい食べて寝て、それから夜までに作戦を練らないと。
私はさっきの女官長に頼み軽食を運んでもらうとそれを全てたいらげ、豪華なベッドに体を預けた。
「…何このベッド。すごい気持ちいい」
まるでベッドに食べられちゃったみたいな心地よさ。
仰向けでもうつ伏せでも、触れる肌に吸いつくような滑らかな手触り。
これは素晴らしい睡眠を約束されたようなものだ。
私は現状をあえて忘れてそのまま夢に導かれるようにぐっすりとお昼寝をした。