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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
番外編
276/277

ミリの婚前活動 4

オルフェ王子と話しをしてから、私はずっと落ちつかない思いで二日を過ごしていた。

何せ式が間近に迫りすぎてやる事が多すぎる。

ゆっくり考える間も無くいよいよ明日というところで、やっと午後三時過ぎから二時間だけ空き時間をもらえた。


王宮にいても何も考えられないので、私は街に出てみることにした。

護衛をつけるということで部屋で身支度をしながら待っていると、ノックが聞こえた。


「はい、どうぞ」


長い黒髪を帽子に隠しながら返事をすると思わぬ人が入ってきた。


「うげっ、ソラン!?」

「相変わらず失礼な女だな。俺だって好きでお前の護衛に来たわけじゃない」

「護衛!?護衛ってソランなの!?」

「文句あるか」


文句しかないぞ。

確かに信頼の置ける護衛をつけるとは言っていたけどよりによってソランとは…。


「全く、式を目前にして街を見たいなどと、もう少しくらい我慢はできなかったのか。セシル様はお前に甘すぎる」


私に負けずに不満混じりの文句がぶつぶつ聞こえてくる。

私とソランは互いに仕方なく連れ添って街へ出ることになった。


馬車に乗り込み始めに向かったのは私の家の近場だ。

家はきちんと片付けてきているからいいとして、ご近所から商店街の方へとゆっくり進んでもらう。

ソランは大人しく窓の外を見つめている私につっかかってきた。


「なんだ、まさかマリッジブルーとかいうのではないだろうな」

「え…」

「俺は女の感傷に付き合ってる暇はないぞ」

「いや、むしろこうして改めて見てもやっぱり街に思い入れなんてないな、って思って」

「思い入れがない?」

「うん」


元々学校にすら通ってなかったし外の用事は母さんがしてくれていた。

オルフェ王子と巡った国を思い出すと、何だか少しでもスアリザを知りたくなってきた。


「ねぇ、一番スアリザらしい所ってどこ?」

「あ?」

「スアリザといえば何が有名なの?」


ソランは今更何を言っているのかと眉を寄せたが、高い建物が聳え立つ中心街を顎でしゃくった。


「スアリザといえば勿論海だ。この辺りで魔物が出ない海域はここしかなかったからな。南国諸島との交易があるのもスアリザだけだ。中心街まで行けば南ならではのガラス細工や織物が沢山売られているぞ」

「中心街か…。ちょっと寄れるかな?」

「買い物などしてる時間はないぞ」

「うん、見るだけでいい」


ソランは時間を見ながら考え頷いた。


「いいだろう。先に言っておくが騒ぎは起こすなよ?」

「…起こしませんってば」


馬車は軽快に進み、二十分程で中心街へと辿り着く。

馬車から降りると大勢の人が行き交う通りが目の前に広がった。


「うわぁ、本当にガラス細工の店がいっぱいだ」


風が吹けばガラスで作った飾りがあちこちで繊細な音を立てながら揺れている。

その幻想的な音は道行く人の足を止め、空を見上げさせた。

色鮮やかな織物はあちこちの店で壁一面に飾られ、織り込まれた絵柄は南国の花が一番多い。

私は色々な物を手に取ったり眺めながら、しばらくその通りを歩いた。


…知らなかった。

私が生きてきたこの国は、こんなに美しかったのか。


太陽はすぐに傾き始め空は茜色に染まっていく。

小川に架けられた橋を渡ると、川下から突風に煽られ帽子が飛ばされた。


「あ…」

「何をやってるんだ」


ソランはすぐに橋の向こうまで転がる帽子を追いかけた。

流れる黒髪が風に煽られなびく。

それを目にした人たちは次々と足を止めた。


「黒姫様?黒姫様ですよね」

「ああ!!オルフェ様の黒姫様!!」


私に気付いた人々がどっと押し寄せる。

私は急に囲まれて逃げ腰になったが、集まった人たちは皆嬉しそうに話しかけてきた。


「黒姫様、御結婚おめでとうございます!!いよいよ明日ですね!!」

「こんな街中でどうされたんですか?何かお探しですか?」

「もしかしてお一人ですか!?よろしければ私が王宮までお送りしましょうか?」


年若い女性が二人、はしゃぎながら手にしていた花を私にくれた。


「あの、これ。よかったらどうぞ」

「私たち、心を込めて黒姫様の幸せをお祈りします!!」


私はぽかんとしながら花を受け取り礼を言った。

みんなが、祝福をしてくれている。

心から好意的な笑顔を私に向けてくれている。

戸惑いは大きかったが、何だか嬉しくて顔が真っ赤になった。

もたもたしているとソランが人を押しのけながら戻ってきた。


「道を開けろ。こんな橋のど真ん中で集まるなっ」


帽子を私の頭に乗せると、ソランは人集りを解散させた。


「時間だ。王宮へ帰るぞ」

「あ、うん」


私は沢山の人に見送られながらその場を後にした。


「はぁ、びっくりした…」


馬車に乗り込みながら、まだどきどきと音を立てる胸を手で押さえる。

私は窓の外で流れ始めたガラス細工の街をぼんやりと眺めながら、今起きたことを反芻していた。


…もし。

もし、私がスアリザに残りたいと言ったらどうなるのだろうか。

オルフェ王子ならきっと私の意思を尊重し反対はしないだろう。

私はさっきのようにどこへ行っても温かな手に囲まれ、最高級の生活水準の中で暮らし、何も悩むことのない幸せな日々を送ることができるだろう。

それはきっと、誰もが望む理想の日々。


「…」


私はここへきてやっと気付いた。

私が捨てなければならないのは過去ではない。

この約束された理想の未来なんだ。


窓の外は溶けそうなほど眩しい夕日が落ちようとしている。

馬車は大通りを闊歩し、滑るように王宮へと帰って行った。



その日の夜。

私はネイカの部屋を訪れていた。

すっかり寝る準備を整えていたネイカは、驚きながらも私を招き入れてくれた。


「何やってるのよミリ。今夜はユシュフ神の前で一晩中祈りを捧げないといけないんじゃなかったの?」

「うん、本当ならそうなんだけど…」


意味深な言葉に小首を傾げながらも、ネイカはすぐにお茶の用意をしてくれた。

ソファに腰を落ち着けると覚えのあるいい香りが漂ってきた。


「これ…」

「ヒス国の紅茶よ。お茶の種類といれかたも教えてもらってたから…」


ネイカは言いかけた口を気まずそうに噤んだ。

そう、これはレイがよくいれてくれた紅茶。

私はそっと一口飲んだ。


「…やっぱり美味しい」

「そうね」


私が微笑むとネイカは少し寂しそうに笑った。

ネイカだってレイが消えて悲しんでいたに違いない。

意気地のない私が話題にすら出せなかったから、触れずにいてくれただけだ。


「ネイカ、あのね」

「ん?」

「聞いて欲しいことがあるの」


私は姿勢を正すとオルフェ王子との事を包み隠さず話した。

それから、今日街で思ったことも。

ネイカは拙い話を最後まで静かに聞いていた。

だが私は話しをするにつれ自信がなくなり、罪悪感に身を縮めた。


私はスアリザを捨てる。

私を愛してくれている人達も、目の前のネイカでさえも。


話が終わると重い沈黙が訪れた。

私はすっかり項垂れていたが、ネイカは飲み干したティーカップをテーブルに置くといつもの調子で言った。


「で?ミリは何をそんなにしょげているの?」

「え…?」


顔を上げると、私のよく知る、そして久々に見せる呆れ顔でネイカは肩をすくめた。


「結局ミリが捨てるのはただの一つの未来ってことでしょ?別にみんなを捨てるわけじゃないじゃない」

「え…」

「それとも私の事まで忘れたいの?」


私は慌てて首を横に振った。

ネイカは笑いながら腕を組んだ。


「ミリは変なところ考え過ぎなのよ」

「…ネイカ。怒ってないの?」

「私が?どうして?大体、私は常々ミリとオルフェ王子が王宮に縛られながらめでたしめでたし、なんて似合わないと思っていたわ。二人ともそんな事微塵も望んでないのにね」


対面に座っていたネイカは私の隣に座りなおし、ぽんぽんと私の背中をたたいた。


「なんて情けない顔してるの。しっかりしなさいよ」

「だって…」

「まったく、まんまとオルフェ王子の罠に引っかかってるんだから」

「…へ?」


意外な言葉に私の目が丸くなった。

ネイカはわざとらしく難しい顔をした。


「ミリ、これは優しさに隠されたオルフェ王子の罠よ。だって王子は元々これっぽっちもミリを離す気も、スアリザに残る気もないもの」

「え、でも…」

「そうやってミリ自身にしっかり悩ませて、選ばせることで後戻りできないようにするつもりなのよ」

「えっ、えぇ!?」

「馬鹿ね。いい加減あの人のやり方に気付きなさいよ」

「いやいや、でも!!いくらなんでも!!」


ネイカは焦る私にくすりと笑った。


「実は昨日、オルフェ王子がここへ来たの」

「えっ!?」

「その時に大体のことは聞いたわ。律儀にミリを連れて行くことになるだろうからってお詫びを言いに来たのよ」

「そうなの!?」

「まったく、うまく転がされちゃって。オルフェ王子に負けてちゃだめよ。私は…もう側に居てあげられないんだから」


その一言が胸に刺さる。

私はぐっとへの字口になるとネイカを抱きしめた。


「…ごめん、ごめんねネイカ」

「何を謝るの?一緒に行けないのはむしろ私の都合だわ。それに私にはエアラがあるもの。いつでもミリに会えるわ」


ネイカは気丈に言うと私を抱きしめ返した。


「ぐだぐだ迷ってないで自信を持って。ミリがミリらしくいることが、きっと正解なんだから」

「うん…」


私は私らしく。

それは昔から私を支えてくれていた魔法の言葉。


ずっと私の中でもやもやとしていたものは、ネイカの叱咤激励で嘘のように晴れていった。

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