仕掛けられた罠
王宮では蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
何せあの森は数キロ離れていても国の管理下の土地だ。
そこでよもや魔物が現れ、更に賊に襲われるなど前代未聞の大事件だ。
オルフェ王子の傷に皆揃って青くなったが、当の本人は周りが止めるのも聞き入れずにさっさと王に断りを入れ、自ら近衛兵団を率いて犯人探しに乗り出した。
その怒りは普段温厚な王子からは想像できないほど凄まじいものだった。
「草の根を分けてでも必ず探し出せ!!手足を斬りとばす分には構わんが必ず生け捕りにしろ!!」
「はっ!!」
物々しい数の近衛兵が森を一斉に捜索し始める。
一時間ほどすると無表情で指揮をとる王子の後ろの茂みががさりと音を立てた。
「オルフェ様」
他の誰もが今の王子に声をかけられない中、その影は淡々と告げた。
「見つけました。湖に流れ込む小川の上流です。ただ…」
「息はなかったのだな?」
「はい、自害した後でした。身なりや弓矢に特徴もありません」
「そうか」
報告をした影、レイは片膝をついたまま頭を下げた。
王子は獰猛に唸った。
「あの魔物もそいつらの仕業だと思うか」
「おそらく。狙いは初めからミリ一人だったようです」
「殺害するつもりだったのは間違いない。だがフィズならともかく、こんな形でイザベラ姫の命を狙うとなると一体誰が…」
「まさか…ミリをイザベラ姫にした者、ですか?」
「いや。一概にそうとは言えん」
もしそうだとすればわざわざイザベラ姫にしてから殺す意味が分からない。
王子は怒りに光る瞳で腕を組んだ。
その気迫はレイですら思わず一歩下がるほどだ。
王子は身を翻すと団長に向けて声を上げた。
「小川の上流を捜索させよ!!些細な手がかりでも何かあればすぐに報告を回せ!!日が落ちるまでにありとあらゆる証拠をかき集めるのだ!!」
「ははっ!!」
張り詰めた空気が森中に広がる。
レイは王子に一つ頭を下げると兵たちとは反対側に走り出した。
ここにいてももう自分が役に立てることはない。
それよりも今一人のはずのミリが気になった。
「…嫌な予感がする」
胸騒ぎを抑えながら、レイは王宮に向かった。
ーーーーーーー
私は黒薔薇の間で手当を受けているサクラを必死で見守っていた。
王子が手配した初老の獣医は初めて見たドラゴンに冷や汗をかいたが、そこはキャリアで踏ん張ってくれた。
「よしよし、よく我慢したな。さすがはドラゴンの皮膚じゃ。傷はそこまで深くはない。幸い毒もついとらんしすぐによくなるだろう」
「ほ、本当ですか!?よ、よかった…」
私の手の中でサクラは弱々しく鳴いた。
「痛かったね。あんなに危険を知らせてくれていたのにごめんね…サクラ」
安心した私の瞳からぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
その滴が顔に当たったのか、サクラは頭をすり寄せてきた。
獣医は不思議そうに私を見てきた。
「そのドラゴンは随分と人懐こいのですな。王子の従者が管理しとると聞いたが姫様にもえらく懐いとる」
「え!?あ、そう。そうなんです!触れ合う機会が増えるうちに懐いてきたみたいで…」
しどろもどろ言い訳をしていると、急にひどい目眩がした。
「あ、あれ…?」
それはいつもとは段違いな眠気だった。
獣医は立ち上がると労わるように言った。
「姫様もお疲れなのでしょう。少し休まれては?」
「は、はい…そうしま…す…」
言葉すらうまく出てこない。
私は最後の力を振り絞りサクラを手に抱きしめたままベッドに横になった。
ーーーーーーー
レイは王宮に着くと真っしぐらに黒薔薇の間に飛び込んだ。
「ミリ!!」
汗を拭いながら部屋の奥まで入ると、ミリはすやすやとベッドで眠りについていた。
「こんな事態でよく眠れるな…」
とにかく今のところ危険はなさそうだが、まだ油断はできない。
レイは内側からありとあらゆる鍵を掛けると、最後にミリを隠すように天蓋のレースを全て下ろした。
自分が出て行く扉の鍵を掴むと部屋の外からも施錠する。
とりあえずこれで安心かと思っていると、隣の部屋を従者の一人が真っ青になって叩いている激しい音がした。
「オルフェ王子!!オルフェ様!!いらっしゃいませんか!?」
レイはその従者に駆け寄った。
「何事か。この騒ぎを知らぬのか?オルフェ様は今森の捜索に出向いてらっしゃる」
「す、すぐに呼び戻すのだ!!こっちも緊急事態だ!!」
「王子の場所は私が把握している。私から王子に伝えよう」
従者は明らかに十歳と少しくらいの少年に不信な目を向けた。
その反応を重々承知しているレイはいつも首からかけているペンダントを服の中から取り出した。
従者の顔色はそれを見てはっきりと変わった。
「あ、貴方はまさか、ケイド・フラット一族の…!?」
「要件はなんだ」
従者は辺りを見回すとごくりと生唾を飲んだ。
「お、オルフェ様の御側室…シウレ姫様が亡くなられました…」
「何だと!?」
まさかのタイミングにレイの顔色が変わった。
これが自然死なはずがない。
「死因は!?」
「三階の出窓から突き落とされたようです。下は、石畳の通路で、発見された時にはもう…」
襲われたミリ。
王子の伴侶として有力候補でもあるシウレ姫の突然死。
これは偶然なのだろうか…。
とにかくオルフェ王子にとって厄介な事態に傾いていることは間違いないようだ。
レイは急いで従者と現場へ向かった。




