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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
スアリザにて
197/277

セシル王子の正義

どこへ連れて行かれるのかと覚悟していたが、女は召使いが寝泊まりする小さな空き部屋の前で止まると私を押し込めた。

男はルビートを抱えたまま私を見下ろした。


「お前は朝までここで大人しくしてろ」

「ま、待って!!ルビートは!?」

「お前が逃げ出したり不審な動きを見せたと同時にこの男の首は飛ぶ。せいぜい静かに待つんだな」

「あ、ま、待ってよ!!」


私の叫びも虚しく扉は無情に閉められた。


「ベリサ…ベリサは!?」


ベリサの姿も見当たらない。

部屋に入る前に締め出されたのだろうか。


「そんな…。ベリサ!!ルビート!!」


どれたけ呼んでも返事などない。

私はすがりついていた扉からズルズルと崩れ落ちた。


「うぅ…オルフェ王子ぃ…。私どうしたらいいの…」


さっきの野獣男を思い出すと身が震える。

それにどこか人間離れして見えたケイド・フラットの二人。

あれらはたぶんオルフェ王子が今まで水面下で相手してきたものの片鱗だ。


…馬鹿だな。

私なんかがオルフェ王子の為に頑張るだなんて、思い上がりもいいところだったんだ。


「レイの言う通り、逃げるべきだったのかな」


私は床にへたり込むと膝を抱えて顔をうずめた。



その日の昼。

私を連れ出すために来たのは数人の衛兵だった。

長い黒髪の私に訝しげな顔を見せたが、詳しく事情は知らないのだろう。

私は扱いも荒く立たされては部屋から出された。


連れて行かれたのはやたら立派な応接室。

私は無理やりソファに座らされると衛兵に囲まれたまま待たされた。

次に扉が開いたのは一時間以上も経ってからだった。

衛兵たちは一斉に背筋を伸ばすと揃って頭を下げた。


…来た。


私は立ち上がると予想していた通りに現れた人をじっと見つめた。

その人は不遜な態度の私を気にもかけずに笑みを浮かべて言った。


「待たせてしまったね。北の黒姫」

「…」

「噂は散々耳にするがお目にかかるのは初めてだな。私はセシル。オルフェの兄だ」


この人が…スアリザ王国の第一王子。

オルフェ王子と腹違いの兄であり、今この国で最も力のある王子。


第一印象は悪くない。

堅実さが前面に出た眼差しからは大人の余裕を感じるし、落ち着いた声も安心感がある。

ブレン王子に比べれば余程好感の持てる人だが、この人はオルフェ王子を裏切った張本人だ。

私はぷいと顔を背けた。


「おい!!お前何だその態度は!!」


衛兵の一人が私に怒鳴りつけたが、セシル王子はすぐにそれを制した。


「やめなさい。お前たちはもう下がれ」

「いや、しかし…!!」

「私が構わないと言っている。下がれ」

「は、はい…」


衛兵たちは私とセシル王子を二人だけにすることに大いに躊躇ったが、皆大人しく部屋を出た。

セシル王子は私をじっくりと観察しながら対面に位置するソファに腰を下ろした。


「君も座りなさい」

「…」

「心配しなくとも今君をどうこうするつもりはない」


セシル王子は警戒心むき出しの私にふっと笑みを浮かべた。


「うちのが手荒な事をしたのならば謝罪しよう。ケイド・フラットというのはどうも扱いが難しくてね」

「…」

「あぁ、でも君には顔なじみの者もいたね。私と二人が落ち着かないのならそれに給仕をさせよう」


セシル王子は扉の向こうに声をかけた。

少しして入って来たのは、きちんと身なりを整えた少年従者だ。

私は息を飲んだ。


「レイ…」


レイは無表情のままセシル王子の後ろで跪いた。


「お呼びでしょうか、セシル様」

「今からこの者と話をする。お前が適当なもてなしをしてくれないか」

「…かしこまりました」


レイはすぐに立ち上がると黙々とお茶の用意を始めた。

何だかもどかしい思いでその背中を見ていると、セシル王子が再び私に声をかけた。


「さぁ、座りなさい」

「…」


今度は大人しくソファに座る。

セシル王子はすぐに本題を切り出してきた。


「黒姫。私が聞きたいのはオルフェの所在だ」

「…」

「報告によれば君と共にドラゴンに乗り消えたという。オルフェは…無事にアルゼラへ帰ったのか?」

「え…」


なんだこの人。

無事も何も、オルフェ王子を追放したのは自分じゃないか。

これじゃまるで心配しているみたいだ。

私が余程疑り深い顔をしていたのだろう。

セシル王子は困ったように苦笑した。


「君から見れば私はオルフェを裏切った冷酷な兄かもしれないが、私は最善を尽くしたまでだ」

「最善を…?」


不思議そうにしている私の前に、レイが静かに紅茶を置いた。

セシル王子はレイに話しかけた。


「お前もそう思うだろう?」

「…」


レイは返事もせずに仕事を終えるとセシル王子の後ろに控えた。


「オルフェは可愛い弟だが、危険思想の持ち主でもある。上手く牙を隠しているがこの者からの報告によれば王宮の崩壊を目論んでいるらしくてね」

「王宮の…崩壊?」

「そうだ」


あのオルフェ王子が??


「えと…オルフェ王子がそんなことをする意味は全くないように思いますけど…」

「勿論、それが本当の目的ではない」

「へ??」

「オルフェが成そうとしていることが、結局は王宮の崩壊になるということだ」

「成そうとしていること…?」


セシル王子の優しげな面差しが急に険しく変わった。


「そう。オルフェは、この王宮に沈むとあるものを解放しようとしている」


私ははっとした。

セシル王子は私の反応から事情を知っていることを察した。


「どうやら君もそれなりに聞いているらしいね。…ということはオルフェに加担し、王宮を乗っ取ろうとしたという話はあながちデマではなさそうだ」

「ち、違います!!」

「では何故君は側室としてオルフェの側に潜り込んだ?その意図を正直に話してくれれば君の言うことを信じよう」


私はバンと机に手をついた。


「私は…目が覚めたらオルフェ王子の側室にされていたんです!!」

「目が覚めたら…?」

「そうです!!何があったか事情を知りたいのはむしろ私の方なんですから!!」


セシル王子は考える顔になった。


「…つまり、君は自分の知らぬ間にオルフェの側室にされていたと?」

「そ、そうです…」

「その時にオルフェは何と言っていた?」

「へ?」

「それはどう聞いても異常事態だ。私ならすぐに表沙汰にして調べ尽くす」

「へ…、えと…」

「オルフェはもしや誰にも口外せずにそのまましばらく側室でいろと君に言ったのではないか?」

「え…」


私は畳み掛けるように言われてぽかんとした。

セシル王子の言うことは全くもってその通りだったからだ。


「やはりそうか…」

「ど、どういう意味ですか?」


嫌な予感に声が上ずる。

セシル王子は難しい顔のまま低い声で言った。


「黒魔女である君を無理やり側室として祭り上げたのは、恐らくオルフェ自身だろう」

「…。は?」

「どうやってイザベラ姫が黒魔女だと知ったのかは知らないが、オルフェは君を手に入れるために何らかの良からぬ手段を使い側室へと収めたに違いない」


私はすぐに反発した。


「そんなわけありません」

「何故そう思う?」

「だってオルフェ王子は最初私が黒魔女だなんて知らなかったんですから」

「そんなもの、いくらでも演技できる。特にオルフェは言うことと腹で思っていることは綺麗に別に出来る男だ」

「う…」


そ、そこは反論出来ない。


「で、でも、大体私なんか側においても仕方がないと思いますけど…?」

「いや、君は黒魔女だ。それだけでもオルフェの目論見には充分意味があるのかもしれない。実際ブレンは君を使い、人外の力を手に入れようとしている」

「…」


セシル王子は恐いほど真剣な瞳で私を見た。


「…そう、君も知っての通りこの王宮に眠っているのは悪魔だ」

「…」

「ブレンはその存在を利用し、スアリザを思いのままにしようとしている。そしてオルフェも…真意は分からないが悪魔を呼び起そうとしているのは間違いない」

「…」

「君はそんなこと間違っていると思わないか」


セシル王子は一呼吸置くとはっきりと言った。


「君に言うのは申し訳ないが、悪魔は所詮悪魔だ。私は眠っているのなら永遠に眠らせておくべきだと考えている」

「…」


私は何も言えずに拳を握りしめた。

セシル王子の言うことは真っ当にしか聞こえない。

逆に思い出したのは、オルフェ王子が私にひたすら隠していることがあることだ。


「オルフェがブレンのように悪魔の存在にすっかり魅了されているとは思わない。だが、あれはアルゼラで幼少期を過ごした者だという。恐らく私たちとは考え方の根本が違うのだろう」

「…」

「オルフェはある意味ブレンよりも危険だ。どんな手段を使ってでもいつかはこのスアリザから遠ざける必要があった」

「…どんな手段を使っても?」


…。

…ちょっと待て。

だって、オルフェ王子が王宮を追い出された原因といえば…。


「まさか…」


私は真っ青になった。


「貴方が、シウレ姫を…!?」


セシル王子は無表情になると首を横に振った。


「馬鹿なことを。彼女には何の罪もない」

「へ…??」

「こう言っては申し訳ないが、私が危険だと判断し排除することを決めたのは君だイザベラ姫。君が魔物に襲われ、挙句に命を落としたとなればオルフェも側室を維持できなくなる」

「じ、じゃあ、あの湖で襲われたのは…!!」

「私が仕組んだ」

「!!」


私は反射的に立ち上がると後ずさりしようとした。

だが大きなソファが邪魔でまたその上に尻餅をつく。


「じゃあ、やっぱり私の暗殺に失敗したからシウレ姫も殺したんじゃないですか!?」


セシル王子は凍るほど冷たい目で私を見た。


「私は、シウレ姫を殺させたのはオルフェではないかと思っている」

「は!?」

「イザベラ姫が襲われたとなればその噂は一気に広がる。襲われた理由を追求すればイザベラ姫が黒魔女であることも知れるだろう。それを避ける為にシウレ姫を殺害し、皆の意識をそっちに向けたとしたら…?」


何言ってんだこいつ!?

もういい加減何言ってんだ!?!?


「それは極論というやつですよ!!証拠もなく推測だけでそこまで言い切るんですか!?」

「では罪のないシウレ姫を殺害するほどの動機を持つ者が他にいるとでも?」

「それは…!!」


私はぐっと詰まった。

そんなの、わかるはずもない。

でも…オルフェ王子じゃない!!

絶対に!!


私は黙って聞いているだけのレイにも腹が立ってきた。


「レイ!!どうしてこんなに好き勝手なこと言わせておくの!?オルフェ王子がそんなことしないのは貴方が一番よく知ってるでしょう!?」

「…」

「どうして何も言ってくれないの!?」


レイはやっぱり一ミリも反応を見せない。


「レイ!!」

「無駄だ」


セシル王子はレイの腕を掴んだ。


「これは人形のようなものだ。君の前でどう振る舞っていたのかは知らないが、それは全て偽りの姿だ」

「え…」


セシル王子は立ち上がると私を振り返った。


「黒姫。本来なら今すぐにでも災いの種である君を始末したいところだが、もう一役買ってもらおう」

「私を、どうするつもりですか」

「まだオルフェに期待を抱くものを炙り出す」

「え…」


セシル王子はレイの肩に手を置いた。


「黒姫をペレツラの塔へ」

「かしこまりました」


セシル王子は私に背を向けると振り返ることなく部屋を出て行った。

扉が閉まると、レイは私の方へ歩いてきた。


「レイ…」


レイは無表情のまま私の前に立った。

次の瞬間、目にも留まらぬ速さで剣を引き抜くとその柄で私の腹を抉った。

私はあまりの衝撃に声を出す間も無く意識が飛んだ。

床に沈み込んだ私を見下ろすレイの瞳に一瞬だけ苦悩の光が混じる。


「この…バカが」


レイは剣を鞘に収めると私を横抱きにし、部屋を出た。

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