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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
スアリザにて
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不幸中の幸い

一度ユセに借りた部屋へ戻った私は、昼まで待ってから身支度を整え直し再び廊下へ出た。

このとき時間はまだ午後三時。

人通りは多く、図書室の前を通ると何人もの人とすれ違った。


「…ベリサ」


きょろきょろと辺りを見回してもやっぱりベリサは現れない。

一人で歩くのは何だかとても心細い。

私は懸命に背筋を伸ばし、指定された客間へと足を運んだ。

辿り着いた扉に手をかけるとすんなりと開く。


「…よかった。今朝のままだ」


きっと私が出たきり誰も出入りしていないのだろう。

私は中に入ると内側から鍵を閉めた。


「どうせならここで待たせてもらおう」


問題なく戻ってこれたことに安心すると気が抜ける。

元々仮眠を取るつもりで先に来た私はさっさとソファに横になった。


「仮眠…ていうか今からなら六時間以上はぐっすり眠れるか。すっかり昼夜逆転してるな」


何だか九時過ぎにはいつもベッドに入っていた頃が懐かしい。

早く平穏な日々に戻りたい。

私は掛け布団がないことにやや不満を感じながらもすぐに深い眠りに落ちた。



…夜。

急に肩を揺すられ、すっかり意識が途切れていた私は間抜けな顔で目を覚ました。


「…おい、おい!!しっかりしろ!!」

「うぇ…?」

「フィズ!!」

「あぇ?だれ??」


辺りはほぼ真っ暗で相手の顔がよく見えない。

私はだるい体を起こした。


「うぅ…体痛い…」

「大丈夫か!?また誰かに何かされたのか!?」

「あれ?…ルビート??」

「そうだよ!!」


ルビートは私の体を支えながら真剣に心配していた。


「何かあったのか?」

「ううん。ごめん、先に来てたから…寝てた」

「寝てただと!?」

「うん」

「寝てただけか!?」

「え、うん」


私がきょとんとしていると、ルビートは盛大に肩を落とした。


「はぁ…。驚かすなよ!!昨日の今日だしまた薬でも盛られたのかと思っただろ!?」

「え、ご、ごめん」

「まったく…俺はこれでもかなり気を張り詰めてお前に会いに来たんだぞ!?」


私は暗い部屋を見回した。


「…ベリサは?」

「まだ寝ていたから置いてきた。水は飲ませたから起きれば勝手にベッドから出て来るだろう」

「そっか…」


ルビートは布をかけた小さなランプを床に置いた。

ぼんやりとした光が優しく床を映し出す。

外に光が漏れないようにそれをソファの裏側にずらし、私はカーペットの上に座らされた。


それと同時に時計の針が午前零時を指した。

私の前に腰を下ろしたルビートは顔を上げた途端に絶句した。


「…フィズ?」

「え?」

「髪が…」


あ。

伸びてる。

私はかりかりと頭をかいた。


「えーと。これが本来の私なんですけど」

「黒魔女…」

「うん」


ルビートは警戒心も露わに私を上から下まで観察した。

あまりにも真剣に見られるので居心地が悪くなり身じろぎすると、ルビートが困惑して言った。


「その…」

「うん?」

「全く禍々しい者には見えないんだが」

「うん…」

「なんて言うか…」

「うん?」

「可愛いし…」

「…」


私は途端に真っ赤になった。


あ、あれ!?

今までだってイザベラ姫の時に可愛いとか言われても全然平気だったのに!!

何だろう!?

何でかすごい恥ずかしいぞ!?

本気で狼狽えているとルビートが小さく吹き出した。


「こんなに暗くても分かるくらい真っ赤だぞ、お前」

「だっ、だって!!さらっとそんなこと言うから…!!」

「姫君のくせに言われ慣れてないのか?」

「慣れてなんかないし!!」

「オルフェ王子はお前のこと可愛いと褒めてはくれなかったのか?」

「えっ…」


急にオルフェ王子の名を出されて私は固まった。

見ればルビートの目はもう笑ってはいない。


「あ、あの…」

「イザベラ姫。お前は何の目的で再び王宮へ戻ってきた」

「…」

「返事次第ではこのまま衛兵に突き出す。それに俺は嘘で言い逃れられるほど甘くはないぞ」

「…」


ルビートの腰には昨日は見なかった剣が下げられている。

事と次第によっては本気で私を斬る覚悟もあるのだろう。

私はごくりと喉を鳴らすと、出来るだけ真摯に答えた。


「私…私は、王宮で起きていることを正確に知りたいだけ」

「なぜ?」

「それは…オルフェ王子が濡れ衣を被せられて流刑になったから」


他にも色々あるが、一番理解してもらいやすい理由はこれしか思い浮かばない。

ルビートは難しい顔になった。


「濡れ衣、か。フィズを見ていなければそんな戯論聞く耳持たないところだが…」

「…信じてくれる?」

「…」


窓ガラスが風でカタカタと音を立てる。

話していた私たちは息を飲むと揃って身を縮めた。


「同じ場所にいるのは危険だな」

「…うん」


ルビートは私の腕を掴むとランプの火を消して立ち上がった。


「信じる信じないは今すぐには何とも言えないが、俺に協力するならとりあえず衛兵に突き出すのはやめる」

「協力?なんの?」

「悪魔探し」


私ははっとルビートを見上げた。

明かりを消したせいでその顔は見えなかったが、私を掴む手に力が込められる。


「ブレン様の言う悪魔とは一体何のことなのか、黒魔女のお前なら分かるんじゃないか?」

「…」

「黒魔女は悪魔と契約した女だという。その悪魔とは具体的には何を指す?」


私はどう答えるべきか躊躇った。

親しみやすくともルビートはやはりきっちりと教育を受けた者だ。

見識が広いだけでなく頭の回転が早く、芯もしっかりしていて隙がない。

しかもファッセのように価値観が凝り固まっておらず、思考が柔軟だ。


この手のタイプは恐らく一を聞けば十を知るタイプだ。

今の微妙な状態からは迂闊には何も言えなかった。

そんな私の代わりに答えたのは、足元から聞こえた別の声だった。


「文字通り、悪魔は悪魔よ」

「ベリサ!!」


私から姿は見えなかったが、どこから現れたのかベリサはぴょんと私の肩に飛び乗った。


「ミリ、心配かけたわね」

「ベリサ、もう大丈夫なの!?」

「ええ。ルビートのおかげでね」


ルビートは手探りでベリサを探しぽんぽんと背を撫でた。


「起き上がれるようになったのか」

「手厚い看護をどうも」

「やっと口をきいてくれたな。あれだけ話しかけたのに…もしかして寝たふりをしていたのか?」


ベリサは尻尾でぺしぺしとルビートの手を叩いた。


「貴方、本気でスアリザの悪魔のことを知りたいの?」

「べ、ベリサ…」


私は慌てたがベリサは落ち着いて言った。


「ミリ、こっちこそ協力してもらいましょう。ここでは私たちだけじゃ自分の身を守れないわ」

「で、でも、ルビートを巻き込んじゃうよ」


ルビートは私の両肩を掴んだ。


「フィズ!!やっぱり知ってるんだな!?」

「え!?えっと…!!」

「スアリザの悪魔とは何だ!?スアリザ建国の謎とやはり関係はあるのか!?」

「しーっ!!ルビート、声が大きいよっ」


長い間孤独な戦いを続けてきたのだろう。

ルビートはやっと見えた光に必死だった。

ベリサは落ち着いて言った。


「私たちもその存在をはっきり知っているわけじゃないの。…でも悪魔の居場所なら多分分かるわ」

「え!?」


これには私とルビートが同時に驚いた。


「ミリ、ブレン王子に連れていかれそうになった通路を覚えてる?」

「えっ」


私の反応は鈍かったが、ルビートはすぐに食いついた。


「お前…ブレン様にお会いしたのか!?いつだ!?」

「落ち着いてルビート。ミリはブレン王子に無理矢理悪魔に捧げられそうになったのよ」

「何…!?」


ルビートは少なからずショックを受けた。

あのブレン様がと顔にありあり出ていたが事実は事実だ。

ベリサは私に向き直った。


「あの通路の先で濃厚におかしな気配を感じたわ。床のかなり下からだったから、きっと深く掘り下げられた地下ね」

「じゃあ、本当にそこに…?」

「他に考えられるものがなければね」


スアリザの悪魔…。

オルフェ王子も幼い頃に辿り着いたという極秘の牢獄。

ベリサは早くも逃げ腰になりそうな私に厳しく言った。


「こそこそと王宮を逃げ回っていても仕方がないわ。こっちから行ってみましょう」

「い、今すぐ!?」

「私たちは昨日既に狙われたのよ?それは変装していても貴女がイザベラ姫だと知る誰かがいるってことなのよ」

「あ…」


そうか。

フィズでいても安全ではないんだ。

それにしてもまさか今からそんな本題に迫るなんて…。


「俺は行く」

「ルビート、でも…」

「俺は正直言ってオルフェ王子も黒魔女もそこまで興味はない。俺が知りたいのはブレン様をおかしくした原因だ」


きっぱり言うとルビートは私からベリサを奪い取った。


「案内しろ」

「…いいわ」


私は慌ててルビートの服の袖を掴んだ。


「ま、待ってよ二人とも!!」

「お前はどうするんだ?」

「い、行く、行くから!!一人にしないで!!」


ルビートは一瞬私の手を振り払おうとしたが、目が合うと困惑した。


「お前、本当に悪名高い黒魔女なのか?」

「へ?」

「なんか調子が狂うというか…あまりにも頼りないというか…」

「わ、悪かったわねぇ。私だってやりたくて黒魔女やってるわけじゃないわよ。大体昔から偏見に晒されて迷惑してるのはこっちなんだからねっ。悪いことがあれば全部私のせいになるし…」


ぶちぶちと拗ねて言い返すと、ルビートは目から鱗な顔になった。


「それは…確かに大変そうだな」

「そうでしょう!?」


勢い込んでいうとルビートは少し安心したように私の手を取り直した。


「分かった。噂だけでお前を敵認定はしない。何が正しいのかは自分の目で見て判断するよ。図書室でお前と話すの、結構好きだったんだからな」

「ルビート…」


なんて公正な人なんだ。

こんな王宮でルビートみたいな人と出会えたのは不幸中の幸いだったのかも。


私たちは客間を出ると、ルビートの見張り回避術を駆使し、ベリサの案内で悪魔の潜む地下通路を目指した。

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