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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
スアリザにて
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ミリとルビート

深夜の図書室はやっぱり鍵が開いていた。

そっと忍び込むと以前と同じようにわずかな明かりが部屋から漏れている。

私が奥の部屋にそっと顔を覗かせると、ルビートがすぐに気付いた。


「やぁ、フィズ」

「こ、こんばんは…」

「ちょうど良かった。一人で調べ物をするのに飽き飽きしてた所なんだ」

「ここ扉はわざと少し開けているの?」

「そう、窓もないし換気口が一つしかないから暑いんだ。…あれ?猫だ」


ルビートは何の躊躇いもなくベリサを抱きかかえた。


「フィズの飼い猫か?可愛いな」

「ベリサっていうの」

「ベリサか。マスラー語で言うと一輪の薔薇だな。綺麗な名だ」


慣れた手で撫でられたベリサは嫌がらずに身を任せた。


「動物好きなの?」

「特に猫がな。昔十二匹も家にいたから」

「十二匹…」


考えるだけでうっとなる。

わらわらと動物がいるのは勘弁願いたいな。


私は広げてある本を寄せて腰を下ろした。

ルビートはベリサを下ろすと今日はクッキーの缶をあけてくれた。


「そのうちフィズが来ると思って。食べる?」

「ありがとう」

「ほら、ベリサ。お前も」


ルビートは缶の蓋を裏返すとクッキーを小さく砕いてベリサの前に置いた。


「…美味しい」

「だろ?これは島国マンツィオの果物を使った特産品なんだ」

「ルビートは物知りだね」

「そうか?普通だろ?あ、そういえば島国といえばこの前さ…」


飽き飽きしていたと言うだけあり、ルビートは溜まった鬱憤を晴らすかのように沢山喋り始めた。

だがその話題は豊富で軽快で嫌味もなく、聞いていてやっぱり楽しい。

ひとつひとつに相槌を打ちながら聞く私に安心したのか、ルビートは段々身の回りのことも話し始めた。


「…でさ、俺が珍しく本なんかで調べ物してるもんだからって、オヤジの奴サボってるって決めつけて怒鳴りつけやがるんだ」

「だからこんな夜中に?司書長ってルビートのお父さんなの?」

「まさか。父上の先輩で昔から何かと俺にもガミガミ…っとと、まぁ世話になってるのさ」

「ふふ。僕も昨日怒られたよ」

「昨日?」

「そう。ちょっと図書室で大きな声出しちゃって」

「そりゃダメだ」


ルビートはうひゃひゃと笑った。

本当気さくだなこの人。

お貴族様には正直偏見と苦手意識しかないが、こんなに親しみやすい人もいるんだ…。


「オヤジは昔軍隊長だったらしくてさ。老いてもあの迫力だろ?幼い頃は俺だけじゃなくペドロア卿やブレン様までよく一緒に怒られててさ」

「ブレン王子…」


私はぴくりと反応したが、ルビートは気付かずにただ懐かしそうに目を細めた。


「今思えばブレン様はとんでもなくやんちゃだったんだろうけど、俺たちにとっては常にヒーローだったな。強いし賢いし、何より優しい」

「優しい??」


あのブレン王子が?


「ブレン様は俺が稽古場の窓ガラス割った時も庇ってくれたし、秋桜の間にある立派な棚にこっそり集めていた蛇や虫の抜け殻コレクションが見つかった時も一緒に怒られてくれた」

「…ルビートの方がとんでもなくやんちゃな気がするけど」


すかさず私が言うとルビートは楽しそうに笑った。

それからも嬉々としてブレン王子の話をしてくれたが、やはりどうも聞けば聞くほど実際に見た人物と同じとは思えない。

話がひと段落すると私はそれを率直に口にした。


「ルビート」

「ん?」

「僕は最近のブレン王子しか知らなくてさ」

「…」

「正直、さっきからルビートの話すブレン王子といまいちイメージが合わないんだけど…」


ルビートはさっきまでの明るい顔から一転、急に暗い目になった。


「今のブレン様は、本当のブレン様じゃない」

「え…」


ルビートは大人しく床で伏せるベリサの背を撫でた。

何度も何か言いかけては口を閉ざす。

私がじっと待っているとルビートは意を決して顔を上げた。


「今のブレン様は…悪魔に取り憑かれている」

「えっ」


どきりとして変な声が出た私に、ルビートは真剣な目で続けた。


「数年前からブレン様は突然おかしくなられた。俺たちとの関係を断ち、常に苛立たれ、そのうちに良からぬ噂ばかり耳にするようにまでなった」

「良からぬ噂…」

「ああ。色々あるが総じて言えばセシル様を出しぬき、オルフェ様を遠ざけ覇権を狙っているというものだ」

「…」

「俺は…信じられなかった」


ルビートは悔しそうに拳を握った。


「確かにブレン様はスアリザを愛していた。国を守るのだという確固たる信念を持っていた。それでもセシル様を押しのけてまで覇権を握るだなんて…ブレン様らしくない発想だ」

「ブレン王子が急におかしくなった心当たりは?」

「分からない。俺だってブレン様に何かあるならと押しかけたさ。でもその時ブレン様がおっしゃったことが…」


悪魔を手に入れなければならない。


その一言だけだという。

ルビートは自信なさげに俯いた。


「俺はブレン様の気が触れたのではないかと本気で案じた。だがブレン様はその日以来何度訪れても俺にお会いしてくれない…」


昔からブレン王子と親しくしていた者たちは徐々に離れていき、残ったのは私利私欲丸出しで王子に媚びを売る者たちばかり。

当のブレン王子は人前に出ることが減り、怪しげな力の噂を集めては手を出そうと躍起になっているという。


「みんな俺にもブレン様に早く見切りをつけろとか言うが、俺は…俺とオヤジだけはずっとブレン様の味方だ」


私は迷いなくきっぱりと言い切るルビートに何だか好感を持った。

そしてこの人に慕われるブレン王子の事も改めて考え直す気になった。


悪魔の存在を知り、ただ大きな力に目がくらんだのだろうか。

いやでもルビートの話から滲み出るブレン王子の質からは確かにそういう人には思えない。

じゃあ一体ブレン王子に何があったのだろうか…。


ちらちらと揺れる灯りの中で二人で考え込んでいると、突然ベリサが扉に向けて低く唸り声をあげた。


「ベリサ?どうしたの?」


私が振り向くと同時に少し開いていた扉が音を立てて閉じた。

そのすぐ後にがちんと鍵をかけられる音が響く。


「え!?ちょっ…」


私より早くルビートが立ち上がり扉を調べた。


「開かない。閉じ込められた??」

「誰かいたってこと!?」

「たぶんな。でも何故そんなことを…」


心当たりのないルビートは困惑顔で首を傾げているが、私は焦って何度も扉をがちゃがちゃと引いた。


「落ち着けよフィズ。誰のいたずらか知らないがどうせ朝になれば当番が気づくさ」

「でも…!!」


ベリサは何かにはっとするとぴょんぴょんと本の山を登った。

それから換気口の匂いを嗅ぐと鳴き声をあげたが私には一向に伝わらない。

ベリサは待ちきれずに叫んだ。


「ミリ!!薬品の匂いよ!!」

「え!?」


驚いたのはルビートだ。


「今…ベリサが…」

「扉を壊して!!早…く…!!」


ベリサは私の足元まで飛び降りるとそのまま体勢を崩した。


「ベリサ!!」


私は手足が痺れて痙攣しているベリサを抱き上げた。

ルビートはすぐに危険を悟り頭を切り替えた。


「どけ、フィズ!!」


ルビートは何度も体当たりをしたが古い木の扉はみしりと音を立てるだけで壊れる気配はない。


「この…!!」

「待ってルビート!!私がやる!!」

「なに!?」

「ベリサをお願い!!」


私はベリサを預けるとルビートの持ち込んでいたペンを拾い取っ手に向けた。

こっちから鍵穴は見当たらないが、この扉は取っ手自体が金属で出来ている。


「これなら…いけるはず!!」


私は集中力もそこそこにペン先で魔力を高めた。

おざなりに引き出された力は凄まじい音を立て、取っ手を吹き飛ばす勢いで破壊した。


「なっ…」

「えい!!」


私が体当たりすると、古い扉は今度は軋みながら開いた。


「ルビート!!」

「あ、あぁ…」


私は図書室を飛び出したもののそこで立ち往生した。


「えと…」

「フィズ、こっちだ」


ルビートは私の腕を掴むと慣れた足取りで進み始めた。

見張りに見つかるのではとひやひやしたが、ルビートの選ぶ道には全く人の気配がない。


「…誰もいない」

「この時間なら中庭を迂回する方を行けば誰にも見つからない」

「そうなの?」

「夜間の見張りなんて動きはパターン通りだからな」


さすが。

伊達にやんちゃしてないな。

ルビートはポケットから鍵を一つ取り出すと目当てにしていたらしい扉を開けた。


「入れよ」

「ここは…?」

「客用の部屋の一つだ。まぁ、俺の隠れ場所の一つでもある」


ちょっぴり気まずそうなところを見ると、どうやら勝手に合鍵でも作ったらしい。

私は逆らわずに部屋へ入った。

ルビートは扉を閉めると中側から鍵を閉めた。


「ベリサ。ベリサは?」

「待てよ。明かりがないと何も見えない」


私にベリサを預け、棚を漁る。

マッチを取り出すとテーブルに置いてある燭台にひとつだけ火をつけた。


「ベリサ…」


ルビートはベリサを受け取ると床に座り込みあちこち調べた。


「…大丈夫だ。命に関わりそうではない。このまま回復を待とう」

「う、うん…」


私がベリサに手を伸ばすと、その手をルビートが掴んだ。


「フィズ。…お前は一体何なんだ?」

「え…」

「それに、お前…」


ルビートは掴んだ私の手の小ささに、改めて私の顔をまじまじと見た。


「やっぱり、女?」


…しまった。

さっきからずっと素が出てしまってたよな。


「あ、あの…」

「…」


ルビートの真っ直ぐな視線に動けなくなる。

早く誤魔化すか逃げないといけないのに、私はその視線をそらせずにいた。

ルビートは私の鬱陶しいほど下ろしていた前髪を横に流した。


「さっきのは、魔法とかいうやつなのか?」

「…」

「…お前が、今噂の消えたイザベラ姫なのか?」

「…」


静かに緊迫した空気が流れる。

頷けばこのまま首でも閉められそうで、私は小さく震えた。

ルビートは今にも泣きそうな私に詰めていた息を吐くと手を離した。


「そんな顔するなよ。俺がいじめてるみたいだろ」

「…」

「で?何で黒魔女さんが変装してまで俺なんかに近付いたんだ?」

「…」

「ブレン様に近づきたかったのなら残念だったな。さっき言った通り俺も会えないからな」


ルビートに冷たく言われ、私は何だかひどく落ち込んだ。

王宮の事情が知りたかっただけだが、ルビートを利用しようとしたことには変わりない。


「…ごめん」


辛うじてその一言を落とす。

ルビートは気弱に項垂れるだけの私にやや困惑した。


「お前、そんなんで本当にこの王宮乗っ取るつもりだったのか?」

「…そう見える?」

「は…?」

「王宮なんてくそくらえだっての」


投げやりにこぼすと、ルビートの目が丸くなった。

窓の外は少しずつ薄日が差してきている。

ルビートはしばらく考え込んだ後ベリサを抱えたまま立ち上がった。


「イザベラ姫」

「…」

「明日の…いや、もう今日か。深夜前にこの部屋へ来い」

「え…」

「俺もお前に聞きたいことが色々とある。いいな」


一方的に言うとルビートはベリサを連れて部屋を出て行ってしまった。

ベリサが人質というわけだ。


一人残された私はしばらく呆然と座り込んだまま動くことが出来なかった。

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