ミリとユセ
ベリサは早足で歩く私の隣で心配そうに言った。
「そのユセって人、本当に信用できるの?」
「うん、いつも助けてくれた子なの。私より年下だけどしっかりしてるし。って、えぇと、こっちだっけな…」
私はあちこち彷徨い歩いた。
何せユセの部屋なんか一回しか行ったことがないし、しかもそれもたまたま辿り着いただけだ。
何とか見覚えのある絵画や装飾品を辿っていると、やっと思っている場所に出た。
「あ、あった!!この扉じゃなかったかな!?」
私はきょろきょろと辺りを見回した。
うん、見たことある…気がする。
思い切って扉をノックをしてみたが中からは何の反応もなかった。
「…ユセ。ユセ、いないの?」
取っ手に手を伸ばすと小さな音を立てて扉が開いた。
私は中を覗いてみた。
「…こんにちは」
一応挨拶したもののやはり誰もいない。
だがそこは記憶にあるままのユセの部屋だった。
きちんと整えられてはいるが、椅子にかけられた服や机に置かれたペンには使われた形跡がある。
「スアリザには帰ってきてるんだ」
扉の前で待っていようかと思ったが、その時廊下の向こうから険しい声が聞こえてきた。
「急げ!!白百合の間だ!!見つけたらしいぞ!!」
荒々しい足音がこっちに近付いてくる。
「あわわっ。私のことかな!?」
「ミリ、部屋へ入らせてもらいましょう」
ベリサに促されて私はユセの部屋に入った。
出来るだけ静かに扉を閉めると廊下を何人かが通り過ぎた。
「…行っちゃった」
私じゃなかったのかな。
本当に王宮内がなんだかピリピリしてるな。
「仕方ない。ユセが戻ってくるまで部屋で待たせてもらおう」
ユセなら事情を話せばきっと許してくれる。
私はしばらくソファに腰掛け大人しく待っていた。
だが廊下からは何度も行き交う人たちの荒い声が聞こえてくるので、落ち着くに落ち着けない。
「ユセ、遅いなぁ…」
私はそわそわと立ち上がると扉から離れるように部屋の奥へ歩いた。
奥には寝室へ続く扉があり、開きっぱなしになっている。
別に人の部屋をじろじろ見るつもりはなかったのだが、ふとユセのベッドの隣の棚に目がいった。
「あれ!?え…?あれって…」
棚の上には見覚えのある帽子が置かれていた。
それは珍しい貴族の少年用の帽子。
間違いなく私が作った物だ。
なくしたと思っていたのにどうしてこんな所にあるのだろうか。
もっと近くで本物かどうか確かめたかったが、その時何の前触れもなく部屋の扉が開き廊下から人が入ってきた。
私はびっくりして飛び上がったが、その人を見ると破顔した。
「ユセ!!」
「え…」
ユセは誰もいないはずの自室に見慣れぬ少年がいて固まっていた。
「ユセ、無事にスアリザに帰ってたんだね!!勝手に部屋に入ってごめんなさい」
「だ…誰」
「わた…僕、フィズだよ!!」
「フィズ!?」
「うん、ほら!!」
前髪をかきあげるとユセは愕然とした。
「ふ、フィズ…。本当に??」
「うん!!」
「え、だって…フィズは…」
ユセは混乱しながら私を上から下まで見た。
「…。イザベラ姫…?」
「え」
私はどきりとした。
ユセははっとすると慌てて言った。
「あ、ごめん。ずっと、フィズとイザベラ姫が似てると思っていたから…。それに今王宮では急に現れて消えたイザベラ姫の話で持ちきりで…」
なるほど。
それでいきなりフィズが現れたらもう同一人物じゃね?ってなるか。
バレているなら話も早い。
元々ユセに話すつもりだった私はあっさりと肯定した。
「隠しててごめんなさい。ユセの言う通り、私イザベラ姫なの」
「え…じゃあ、本当にミリさま…?」
「うん。えと、ずっとわけあってフィズになったりイザベラ姫になったりしてたんだけど…」
騙していたことに急に引け目を感じて私は黙り込んでしまった。
ユセは真顔で私を凝視している。
「イザベラ姫は、北国パッセロがから来た黒魔女なんですよね」
「え…」
「王座を乗っ取るために、オルフェ王子が企てた陰謀に加担したんですよね」
淡々と言うユセに私は慌てて首を横に振った。
「ち、違うの!!陰謀に陥れられたのは私たちの方なんだから!!」
「…」
「お願いユセ、私の話を聞いて!?」
しまった。
そうか、ユセもセスハ騎士団にいたということはオルフェ王子が追われた時にいたということだもんな。
ということは大いなる誤解をされたままなんだ。
私は警戒を見せるユセに誠心誠意を込めて懇願した。
「ユセ、お願い。私は敵じゃないわ」
「…」
「話を聞いて」
しんと部屋が静まり返る。
ユセは長い時間考え込んでいたが、やがていつも通りの優しい顔に戻った。
「分かりました。話を聞いてから判断します」
「ユセ…!!」
「そのかわり、全部教えてください」
私は何度も頷いた。
ユセは私にソファをすすめると以前と同じように紅茶をいれはじめた。
「あれから少しは上手にお茶の準備が出来るようになったんですよ?」
「あ…」
ユセに言われて、私は初めて出会ったときのことを思い出した。
「ごめんなさい。私ってずっとユセに助けられてばっかり」
「いえ。ヒューロッド卿に絡まれた時は僕がフィズに助けてもらいました」
「あ、あれは…」
ただのお節介で余計なことだったはずだ。
私は真っ赤になったが、ユセは微笑みながらカップを私の前に置いた。
「ありがとうございます。おかげであの後は初めて騎士団の中でも友が出来ました。フィズにはちゃんとお礼も言いたかったんです」
「…」
「魔物の傷を負って清めるために団を離れたと聞きましたが…。そういえばルーナ国で入れ替わるように現れたのはイザベラ姫でしたね」
ユセは私の前の席に座ると先にその辺りの話を色々してくれた。
「みんなフィズのことを心配してましたよ」
「う…。ほんとごめん。あの後みんな酷い目にはあわなかった?」
「元々見習いとして来ていたヒューロッド卿たちはルーナ国からすぐにスアリザへ帰国したので、その後は平和でしたよ」
「そっか…」
それは良かった。
私はほっと胸をなでおろした。
「あの、ユセ…」
「はい」
「今セスハ騎士団はどうなってるの?パッセロは…?」
聞くのは怖い気もしたがここは気になる。
ユセは苦い顔になるとぼそぼそと話した。
「パッセロはスアリザにとんでもない言いがかりをつけられたと今でも怒り心頭です」
「やっぱり…」
「オルフェ様とイザベラ姫様が行方不明になったことで真相は更に闇に包まれ…しかもいくら王を押さえているからといってパッセロの者たちが大人しくしているはずもなく、結局僕たちは追い立てられる形でパッセロを出ました。関係の修復はこれからになります」
うわぁ。
最悪だな。
「スアリザへはいつ帰ってきたの?」
「ごく最近です。まだ数週間と経ってないですよ」
「え…と、ごめん。オルフェ王子が消えてからこっちでは何日経ってるの?」
「え…」
不自然な質問だが仕方がない。
アルゼラにいたことですっかり自分の時間感覚が狂っている。
不審な私にもユセは真面目に答えてくれた。
「まだひと月と半分です」
「え?じゃあほぼひと月でスアリザまで帰ってこれたの?」
「帰りはどこの国にも寄らずに最短ルートで戻れますので」
「…そっか」
よく考えればもう姫達もいないんだし急いで帰ってくればそんなもんか。
「ユセも大変だったね」
「いえ、僕などはまだましな方です。団長は…オルフェ様に味方したことで今だに王宮に監禁されています」
「え、じゃあセスハ騎士団は…」
「一時解散されました。リヤ・カリド様はまだ躍起になって他にオルフェ様と繋がりのあるものがないか探しています」
「うわぁ…」
もう、うわぁとしか言葉が出ない。
ユセはため息をこぼした。
「帰ったら帰ったでスアリザでもおかしな事が頻発していると聞いて、もう何が何やらです。皆しばらくは様子を見るしか出来ない状態だったんですけど、そこへきてミリさまが現れました」
私はユセの視線を受けてなんだか小さくなった。
「さ、騒がせてごめんなさい。私もどうしてスアリザの王宮に居たのかいまいちよく分からなくって…」
ユセは聞きの姿勢になると背筋を伸ばした。
今度は私が話す番だということだ。
どこから話したものかと考えていると、不意に扉がノックされた。
「ユセ様!!ユセ様はいらっしゃるか!?」
穏やかではない声だ。
ユセは無言で私を立たせると急いで部屋の奥へ誘導した。
私は逆らわずにカーテンの影へ隠れた。
「ユセ様!!」
「今出ます」
ユセは部屋の中を覗き込まれないように扉を開くとすぐに廊下に出て閉めた。
私が息を殺して隠れていると、ベリサがそばへ来た。
「あ、ベリサ。どこにいたの?」
「邪魔だと思ってソファの下に隠れていたの」
ベリサは私の腕に飛び乗ると声を潜めて言った。
「ミリ。あの子に全てを話すのはやっぱり危険だと思うわ」
「え?で、でもユセは本当にいい子で…」
ベリサは少し考えてから言った。
「あの子がどうとかじゃなくて、スアリザにも悪魔が絡む問題があるのならミリの情報をだだ流しにするのは危険だわ」
「そう、かな」
「そうよ。あまり何でもかんでも話してしまうと後から来るオルフェ王子も不利になるかもしれないわ」
「あ…」
そっか。
そんなこと考えてなかった。
「でも、それじゃあどうやって話せばいいんだろう?」
今濁せばユセの信用なんて得られない。
私が困惑しているとベリサは考えながら言った。
「嘘をつく必要はないけれど、詳しく話さないようにすることね。それと、相手の質問には極力答えないこと」
「へ?」
「質問をするという事は、その情報を欲しがっているということだもの」
「うーん…」
何だか難しくなってきたぞ。
私にそんな器用な真似が出来るのか??
でも、確かにオルフェ王子のことを思うと下手な事は出来ない。
考えがまとまらないうちに話を終えたユセが部屋へ戻ってきた。
「ミリさま。お待たせしました」
私がカーテンから顔を出すとユセはきちんと迎えにきた。
「そんな所へ追いやってすみません。こちらへ」
「…うん。さっきの人、大丈夫なの?」
「はい、問題ありません。…あれ?猫…」
「あ、ごめん。私の猫なの。さっき一緒に入り込んでたみたいで」
「ミリさまの?」
ベリサはソファに腰掛けた私の膝に飛び乗ってきた。
どうやら私が喋りすぎないようにそばにいてくれるようだ。
ユセは不思議そうに黒猫を見たが、それ以上は突っ込まずに自分も腰を下ろした。
「あの、ミリさま」
「…違うの」
「え?」
私はベリサをなでながらユセを見つめた。
…嘘はつかない。
それならばやっぱりこれだけは先に言わないと。
「私、ユセにミリさまなんて呼ばれる身分じゃないの」
「え、でも貴女はパッセロの…」
私は首を横に振った。
「私の本当の名前はミリフィスタンブレアアミートワレイ。呪いをかけられてイザベラ姫にされただけの、ただの…黒魔女なの」
ユセの動きは完全に止まった。