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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
王宮の陰謀
19/277

捕まったミリ

後宮を出てから、既に二週間が過ぎた。

オルフェ王子はまだ帰らない。


聞いた話だと頻発する領地争いを収めるために出向いたそうだ。

そりゃ時間はかかるよな。

町では華々しい噂ばかりが聞こえていたけれど、意外にも忙しく働いてるようだ。


「よし、出来た…」


いつもと趣向の違う帽子の出来に、私は満足しながら針を置いた。

ずっと女性の帽子ばかり手がけていたが、何となく今回は気分で貴族の少年向けに作ってみた。


「うん、我ながらすごく良い出来。誰かかぶって見せてくれないかなぁ」


凝り固まった肩をほぐし大きく伸びをしながら窓の外を見る。

ここのところ雨が続いていたが、今日は綺麗な快晴だ。


「ちょっとくらい外の空気でも吸おうかな」


高い窓から垂れ下がった紐を引くと、窓が少しだけずれて風が入ってきた。

私は爽やかな空気に深く深呼吸をした。

室内にこもるのは大好きだが、たまには外の空気もいいものだ。

この二週間出しっぱなしだった帽子作りの道具を片付けていると、ふと鏡に映った自分と目が合った。


「あ、そうだ。自分でこの帽子かぶればいいんだ」


そうだそうだ。

フィズになってかぶってみればイメージ通りに仕上がっているか分かるじゃないか。


部屋を綺麗に片付けてから、私は久々に髪を切り落とし少年貴族の服に着替えた。

ちゃんと髪をセットし、以前と同じきりりとした化粧を施す。

鏡の前に立つとドキドキしながらお手製の帽子を頭に乗せた。

精緻な刺繍で飾り付けた深紅の帽子は、あつらえたようにぴたりとフィットした。


「や…やだ、私…天才!?すごい!!似合う!!ちょっとすごい似合うわよフィズったら!!新たな開拓しちゃったんじゃない!?この路線も絶対売れる!!」


あまりにイメージ通りだったので、私は堪らず一人大興奮していた。

きりりと鏡の前でポーズを決めてはいやーんと盛り上がる姿は、はたから見たら怪しげなオカマ貴族少年だろうがそんなこと今はどうでもいい。

三十分ほど一人で大盛り上がりしていると、籠の中にいたサクラがきーきーと鳴き出した。

そういえばそろそろお昼ご飯の時間だ。


「はいはーい、サクちゃん。お腹すいたねぇ」


私はいつものようにサクラを籠から出した。

サクラは私が変装していようが全く動じることなく甘えてくる。

愛い奴め。

また少し大きくなったサクラを部屋の中に飛ばせていたが、そこで私は重大なミスをおかしていることに気が付いた。

そう、今日は窓を開けていたのだ。


「あ!!サクラだめ!!」


慌てて叫んだが既に時遅し。

サクラは風に誘われるように窓の隙間に身を踊らせるとそのまま外に出て行ってしまった。


「た、大変!!」


このままじゃ大騒ぎになってしまう。

そしてそんなことになればサクラは間違いなく王宮に取り上げられる。

私は脇目も振らずに部屋から飛び出した。

とりあえず外に出るなら中庭だ。

幸い今はドレスではないから走るのに支障はない。

廊下を行き交う人たちは驚いて振り返っていたが、私はなりふり構わず全力で中庭まで走り続けた。


向こうに青空の見えるガラス扉を開くと一気に新鮮な空気に包まれる。

久々に浴びた日光に一瞬くらりとしたが、その光の中には小さな影が見えた。


「サクラ…!!」


花のアーチをいくつもくぐりぬけ、庭の奥へ奥へと出来るだけ急ぐ。

まだまだサクラの姿は遠いが私の足は既に限界が近付いていた。


「さ、サクラ…お願い、戻ってぇ…」


へろへろと迷路のようなバラ園を抜け、噴水に辿り着くと私は地面にがっくりと膝をついた。

空を見上げると悠々と青空を飛び回る小さな影だけが見える。

どうすれば戻ってくるんだよサクラぁ…。


「あ…」


そうだ。

もしかしたら…。

私は指をはむと思い切り指笛を鳴らした。

弧を描いて飛んでいたサクラがその音に明らかに反応を見せる。


「こっちよサクラ!!戻っておいで!!」


もう一度指笛を鳴らして合図をするとサクラは方向を変えて急降下してきた。

ばさりと羽の音を響かせて私の伸ばした右手に着地をする。


「よかった。この音覚えていたのね。もう、勝手に外に出たら駄目じゃない」


頭を撫でるとサクラは目を細めて気持ちよさそうに喉を鳴らした。

私はサクラを両手に抱くとやっと周りを見る余裕が出てきた。


「ユセは今日はいないのかな」


噴水に腰掛けるとじんじんする足を撫でながら少しだけ休憩をする。

サクラがまた飛び出そうに翼を動かしていたので私は手を離した。


「ちゃんと合図したら戻ってくるんだよ」


やや不安ではあったが、サクラはたぶんかなり頭がいいから分かっているだろう。

私に応えるようにピーとひと鳴きすると嬉しそうに旋回しながら空へ昇った。


かわいいかわいい、私のドラゴン。

でも…いつまで一緒にいられるのだろうか。

ずっとというわけにはいかない。

それは分かってる。

王子やサクラと一緒にいるのも、今の僅かな間だけなんだろうな。


「…って、何考えてるんだか」


私は早く自分の家に帰りたいはずなのだ。

後宮から出た時の不安な感じがまた私の背中を僅かに冷やす。

私が帰りたいのは自分の家。

黒薔薇の間でも、ましてや王子のそばとかでもない。

私が帰りたいのは…自分の…。

言い聞かせるように心の中で繰り返す。

また混乱し始めた頭で目にも入らない緑を見つめていると、がさがさと草を踏み分ける音が近付いてきた。

私ははっとして立ち上がった。


ち、ちょっと待て。

私は今フィズの姿なんだよね!?

そしてここは王子が避けるように言っていた人気のない場所にあたるんじゃない!?

あれだけ警戒するように言われていたことを今更ながらに思い出す。

そうこうしているうちに目の前に衛兵が三人現れた。


「…お前はアルゼラの少年だな」


無表情で一人の男が私に迫る。

三人とも体が大きくぎっちりと引き締まっている。

捕まったら私なんてひとたまりもないだろう。

私はこの見るからに友好的でない男たちからすぐに距離をとった。


「何か、用ですか…」


頑張って声を出したがびびっているのはばればれだ。

男たちは薄く笑った。


「未開の地の野蛮な者などこの王宮に置いておけぬ。お前は秩序を乱す恐れがある」

「よって、身柄を拘束せよとの命令が出ている」


ほ、ほらぁ!!

やっぱりやばいじゃないか!!


「わた…僕の身分はオルフェ王子に保証されています」


一応冷静に返したものの、こいつらの上があのブレン王子なら効果なしだ。

男たちは全く動じずに手を伸ばしてきた。


「それは向こうできっちり聞こう。来い」


来いと言われて行けるわけがない。

私は踵を返すと迷路の中へ逃げ込んだ。


「追え!!逃すな!!」


後ろから聞こえてくる声に、私は真っ青になった。

身の危険をころりと忘れていたなんて私のバカバカ!!

緑の壁に隠れながら王宮への入り口を探したが、パニクに陥った頭はすでに方向感覚を失っていた。

おまけに二度も全力で走るほど私には体力がない。

すぐにぜいぜいと息を切らせていると後ろから腕を掴まれた。


「捕まえたぞ!!」

「は、離して!!」


他からも二人の男が近付く音が聞こえる。


や、やだ…恐い…。


がくがく震えていると私を掴んだ男が急に悲鳴をあげて飛びのいた。

男の肩にはサクラが食らいついていた。


「サクラ!!」

「こ、この!!チビドラゴンごとき、恐れる程でもないわ!!」


男はサクラを掴むと地面に叩きつけようとした。

私は咄嗟にその腕にしがみついた。


「やめて!!サクラ、逃げなさい!!」


男は逆に私の腰をがっちりと掴んだ。


「ドラゴンもアルゼラの少年も捕まえたぞ!!」


他の二人も別方向からこっちへ現れた。


「運んでいる最中に騒がれるのは良くないな」

「ああ。口に布を押し当てるか」


伸ばされるゴツゴツした手。

もう、どうしようもない。

ぎゅっと目を閉じると、後ろから凛とした声がした。


「その者を離せ!!オルフェ様の客人と知っての狼藉か!!」


年若い少年の声。

私は身をよじると聞き覚えのある声に叫んだ。


「ゆ、ユセ!!」


ユセは厳しい目で男たちを睨んでいた。

男たちは一瞬目配せをした。


「ユセ様。これは正式に上から下りた命令です。お邪魔をなさいませぬよう…」

「黙れ。それならばオルフェ様に先に話を通すのが筋であろう。フィズを離せ!!」


あのおっとりと優しいユセとは思えないくらい堂々とした態度に、私は目を丸くした。

さすがはインセント公爵家の男児だ…。

男たちが戸惑いを見せている間に、ユセは私の手を取った。


「フィズ、行こう」

「あ、ま、待って…!サクラが…!」


男の手の中できゅうきゅうと鳴くサクラをちらりと見ると、ユセは右手を男に突き出した。


「それもオルフェ様の客人のうちだ」

「…」


男は苦々しい顔で舌打ちをするとサクラを離した。

サクラは急いで私の肩に止まった。


「ごめんねサクラ。無事でよかった…」


ユセはすぐに私の腕を引いてぐんぐんバラの迷路を進んだ。

一瞬だけ後ろを振り返ると男たちが忌々しそうに睨みつけているのが見えた。


「ゆ、ユセ…。ありがとう…」

「フィズ。貴方とサクラの噂は耳にしました。まさかアルゼラの者だなんて…」


ユセは足を止めないまま私を振り返った。


「オルフェ様は出払っているはずなのに貴方が中庭に入るのを見たときはひやりとしました。今一人にはならない方がいいですよ」


ユセに言われて私は大いに反省した。

ユセの感覚はきっとオルフェ王子寄りだ。

その危険さは私なんかよりよく分かっているのだろう。


「ね、ねぇユセ。さっきのは…まさかブレン王子の…?」

「いえ。あれはおそらく…」


言いかけてユセは急に立ち止まった。

私の前に立つとその背で庇うように半歩下がる。

あと少しで王宮への入り口だと言うのに、その前に誰かが立っていた。

ユセの背中はぴりりと緊張している。

私はその脇から誰がいるのか覗いてみた。


それなりの歳なのに体がごつくて現役を感じさせる男が近付いてくる。

その服装は王家直属の近衛兵の物だ。

ってあのハゲ頭は…。


「古参近衛隊の…バッカト隊長です。まずいですね」


ユセが小さな声で言った。


バッカト隊長っつったら王子が近付くなと言っていたあの人だ…!!

どどど、どうしよう!!


私は無意識にユセの服を握りしめていた。

バッカトは私たちの前で立ち止まるとかっちりとユセに頭を下げた。


「これはユセ様。こんな所で何をしておられるのか」

「…友と中庭を散歩していただけだ」

「その者が、友と?」

「そうだ」


バッカトは鋭い目で私を見た。


き、きょわい…。


「その者はユセ様がお連れするには相応しくない者です。この由緒ある王宮を我が物顔でウロウロされるだけでも腹立たしい。オルフェ王子にも困ったものです。市民の間を行き来するだけでなくこの王宮にまで連れ込むとは…」


ユセは凛と顔を上げたまま言った。


「お言葉ですが、この者はアルゼラの者であり王子の客人だと聞きました。ただの民間人ではございません」


こんな怖そうな人にまできっぱりとした態度をとれるユセは何だかかっこいい…。

ってそんな場合じゃないだろ私。

バッカトは鼻で笑うと太い手を腰に置いた。


「ユセ様。その抗議はセシル様に直接なさってください。私は王宮を守る者としてこの者を放置するわけには参りません」

「バッカト隊長!!」

「これ以上邪魔をなさいますと貴方も一時身柄を拘束することになりますが」


ユセはぐっと黙り込んだ。


「さぁ、その者をこちらへ」


えっ…。

え…?


「ユセ…」


ユセは振り返ると私の肩を掴んだ。


「フィズ。僕まで捕まると貴方を助けに行けない。すぐに父上と掛け合ってきますので…少しだけ待っていてくれませんか」

「ゆ、ユセ…!!」


やだよ…恐い…。

でもユセまで巻き込むことはできない…。

私の肩でサクラがきゅうと鳴いた。


「サクラ…おいで」


私が襟元を開くとサクラはその中にするりと入ってきた。

せめてサクラだけでも、ちゃんと私が守らないと。

私は自分からユセの前に出た。

バッカトは高圧的に見下ろしてくるとすぐに私の腕を掴んだ。


「ゆくぞ」

「い、痛い!!」


こんな華奢な腕をそんな力で握らなくてもいいじゃないか!!

女、子どもに対してちょっと大人げないんじゃない!?

大体ねぇ、オルフェ王子のこともさり気に文句言ってただろ!!

王宮を守る者としてだなんて、冗談はハゲ頭だけにしろ!!


…引きずられて歩きながら散々悪態をついたが、それは一言も声になることはなかった。

なんて弱虫な私。


ユセはすぐにどこかへ向かったようでその姿はもうない。

バッカトは見覚えのある地下まで私を引っ張り込んだ。

こ、ここは王宮を正面から出ようとして捕まった時に入れられた場所…。

つまり牢屋の一環だ。

だがそこは素通りされ、さらにその奥の大部屋の扉が開かれた。

私はそこに荒々しく突き込まれた。


「ここは王宮で問題を起こした者が入れられる、まぁ反省室のような部屋だ。お前もしばらくここの住人だ」

「え、ちょ…!!わた…僕は何もしてない!!」

「黙れ下賤の者。ドラゴンごときで王子に取り入るとは破廉恥極まりない奴だ。お前の処分は後々決めるゆえ、それまでここで大人しく待っておれ」

「出して!!ここを開けて!!」


扉にすがりつくがバッカトはさっさと身を翻すと行ってしまった。


「そんな…」


こんなことになるなんて…。


「王子ぃ」


情けない声で呼ぶと、後ろで人が動く気配がした。


「これはまたえらくお綺麗なのが放り込まれたな」


びくりと肩が勝手に動く。

恐る恐る振り返るとそこには十人くらいのガラの悪そうな男たちがいた。


「こっち来いよ新入り」


や…やばいって…。

これで女だなんてばれたらそれこそ何されるか分かったもんじゃない。

がくがくと足が勝手に震えだす。

服の中でサクラがもぞもぞと動いた。

サクラ…。

サクラだけでも守らないと…守らないと守らないと…!!

でもどうやって!?

背が低く醜い顔をした男が岩のような手で私を掴んできた。


…万事休す。

私は顔面蒼白でただ冷や汗を流しながら固まっていた。

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