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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
スアリザにて
189/277

図書室のルビート

私たちが部屋を出てから数刻後、闇に紛れて誰かが黒薔薇の間に近付いた。

手袋をはめた手で鍵を確認するがここで異常に気付く。

そっと取っ手を引くと扉は音を立てて開いたのだ。

部屋を探し回ったがやはり誰も見つけることが出来ない。


「…逃げたのか」


黒い影はそっと黒薔薇の間を出ると、足音も立てずにまた闇の中へと消えて行った。



一足早く部屋から遠ざかっていた私は、三階の物置の中に隠れていた。

深夜だというのに見回りの衛兵は多く中々思うように歩き回ることが出来ない。

じっと息を潜めているとベリサが戻ってきた。


「ミリ、もう出て大丈夫よ」

「うん」


人の気配を察知するベリサの能力はとても高い。

私は指示に素直に従い何とか見張りの目をかいくぐっていた。

ベリサは辺りに気を配りながら聞いた。


「それにしても、行くあてはあるの?」

「うーん…。本当は武器庫に行きたいんだけど」

「武器庫??」


思わぬ場所にベリサが首を傾げる。

私は色々考えながら頷いた。


「そこの管理者にちょっとした知り合いがいる…かもしれなくて」

「知り合い?信用できる人なの?」

「多分。オルフェ王子の味方であることは間違いないんだけど」


私が考えていたのは、牢屋に入れられた時に助けてくれたダム達のことだ。

もう随分前だし、一度会っただけだし、顔を覚えているのかと言われれば正直自信はないが…。


「水面下ではオルフェ王子の支持者は結構いると思うのよね。その人たちに会えれば色々分かると思うんだけど…」

「なるほどね。で、武器庫はどこにあるの?」

「…えと」

「まさか、分からないの??」


私は頭をぽりぽりかいた。


「何となくオルフェ王子に案内された時に見た気もするんだけど…」

「場所も特定できないのに夜に探すのは至難の技よ」


ベリサは廊下の奥に目を凝らした。


「あっちは書物庫みたいね」

「書物庫?」

「誰もいないみたい。行きましょう」

「あ、待ってベリサ」


私は走り出したベリサの後を慌てて追った。

たどり着いたのは書物庫というより、巨大な図書室だ。

ガラス張りの扉の向こうには沢山の本棚が見える。


「鍵は?」

「…閉まってないみたい」


私は中へ入ったが、ベリサはそのまま廊下に残った。


「ミリはここで身を隠していて。私は武器庫を探してくるわ」

「えっ…」

「朝には戻るわ」


ベリサはあっという間に暗闇に紛れて行ってしまった。

急に一人になった私は心細さに小さくなった。


「…奥に入ろ」


薄っすらと立ち並ぶ棚の影。

充満するインクの匂い。

恐々入ったものの、少し慣れてくれば案外落ち着く場所だ。


「あれ?」


一番奥にちらりと明かりが見える。

近づいてみると小さな木の扉があった。

弱々しい明かりはそこから漏れているようだ。


私はそっと中を覗いてみた。

そう広くない部屋に沢山の本が山積みにされている。

部屋の真ん中では三つの燭台に囲まれて本を読みふける青年がいた。


こんな時間まで随分勉強熱心な青年だな。

それにしてもどうしてこんな人目をしのぶように灯を落としてるんだろう。

少し気にはなったが、私は見つからないうちにそこから離れようとした。

だがその時青年が苛々と頭をかきながら声を上げた。


「あぁ、くそ!!やっぱり分からん!!一体どうすればブレン様を引き戻せるんだ!?」

「え…」


ブレン王子の名に思わず足が止まる。

その気配に青年が勢いよく振り返った。


「誰だ!!」


逃げる間も無く木の扉が開く。

警戒心むき出しだった青年は、私を見ると意外そうな顔になった。


「誰だ??こんな時間に何をしている」

「え…!?え…と」


まずい。

ここで騒がれればまた捕まってしまう。

動けずに固まっていると、青年に腕を掴まれ部屋の中へ引きずりこまれた。


「ちょっ…」

「静かに」

「え…」

「とにかく騒ぐな。見つかったらまたオヤジにどやされるんだからな」


私は燭台の真ん中に一緒に座らされた。


「…お前、見ない顔だな」

「は、はぁ…」


灯りに浮かぶ青年の身なりはかなり立派だ。

歳は私とそう変わりなく、健康的に焼けた肌とはきはきした話し方が好印象だ。

対して私は少し鬱陶しいくらいに前髪を残した地味な少年の出で立ちだ。

青年は大人しい私に余裕を取り戻して言った。


「ここで何してたんだ?まさか冒険心から深夜の王宮をうろついてたんじゃないだろうな。今の王宮はピリピリしてるから危ないぞ」

「いや。わた…僕は、その…」

「お前名前は?」

「えっ。えと、ふ、フィズ…」


適当な名前を言えばよかったのだが、咄嗟のことで気が回らなかった私は馬鹿正直に答えた。


「フィズ?やっぱり知らないな。俺はルビート。なぁ、ここに俺がいたことは誰にも内緒にしておいてくれないか」


ルビートは意外にも人懐こい笑みを浮かべた。

どうやら悪い人ではなさそうだ。

私が頷くとルビートは開いたままの本を手にとった。


「お前さ、歴史とかって詳しいか?」

「歴史…」

「そう。例えば…このスアリザが建国された事情とか」

「えっ」


私はぶるぶると首を横に振った。

迂闊に知っていることなんて口には出来ない。

ルビートは本を床に置き直すと伸びをした。


「そぅ、だよなぁ」

「…」


そのまま床に寝転がる。

高身分のぼんぼんにしては砕けた人だ。


「なぁ、お前は今のスアリザをどう思う?」

「えっ」

「いや、異常な事態なのは分かるぜ?オルフェ様は国外追放されるし国王陛下は病に倒れるしで…」


私は床に伏せた国王を思い出した。


「王様って、そんなに重病なの?」

「あぁ。…いや、あれは本当に病なのか?それにしてもこのタイミングなんて…」


後半はルビートのひとり言だったが、私はすぐに食いついた。


「何か不審な点があるの?」

「…」


ルビートは出会ったばかりの私に対して、思うことを口にしていいものかと迷っている。

私は自分から仕掛けた。


「実は、僕も今の王宮はおかしいと思っていたんだ」

「…」

「オルフェ王子のことだって、おかしいよ」


国外追放なんて、という意味だったが、ルビートは急にすごい勢いで私の肩を掴んだ。


「やっぱりか!?お前もそう思っていたか!?」

「る、ルビート、声が大きい…」


ルビートははっとすると声を潜めた。


「そうなんだ。全てはオルフェ様が招き入れたイザベラ姫という黒魔女が来てからおかしくなった」

「…」

「オルフェ様はその黒魔女の力で王宮を乗っ取ろうとした。まぁそれはセシル様の賢明な判断でうまく国外追放できたから良かったけどな」


とんだ悪役だなオルフェ王子。

いや、私もだけど。


「俺はそれで王宮は落ち着くと思ってたんだ。ところが王宮どころか、今度は国中が不安定に傾いた。ちまたではオルフェ王子の呪いがかかったんじゃないかと囁かれてるぜ」


うん。

ある意味間違いではない。


「そんな時に陛下が倒れたんだ。いっときスアリザは大変な混乱に陥りかけただろ?」

「…」

「それを今も支えているのがセシル様とブレン様だったんだけど…」


ルビートは顔を曇らせた。


「二人はやっぱりここへきても仲違いしてさ」

「仲違い?」

「というか、ブレン様が国中で起こる問題の原因はセシル様がオルフェ様を不当に国外追放へと追いやったからだと一方的に主張し始めたんだ」

「おぉ…」


なんかそんなこと言ってたな。


「ブレン王子って…何かと自分勝手で問題を巻き起こす人なんだね」


私は率直な感想を言ったが、ルビートは途端に暗い顔になった。


「…違う」

「え?」

「ブレン様は…、いや、ブレン様ほどスアリザを愛している方はいない」

「…」

「俺はあの人が三王子の中で一番好きだ。ブレン様は昔から正義感が強く、真っ直ぐで、常に何がスアリザにとって最良かを考えられていた」


ルビートの顔は真剣そのものだ。

それに盲目的に言っているわけでもなさそうだ。

私は意外な話に反応出来ずにいた。

ブレン王子なんて私から見れば己が実権を持つ為にギラついただけの人に見えたが、どうやらそれだけではないらしい。


「それなのに…一体どうして…」


ルビートは悲しげに呟きを落としたが、はっと我にかえると頭をかいた。

何かを誤魔化すかのように明るい声になる。


「まぁ、なんだ。とにかく今のスアリザはやっぱ変だよな」

「…」

「それよりフィズ、今流行ってるルロッタって店知ってるか?」

「え」


急な話題転換に私は目を瞬いた。

ルビートは持ち前の茶目っ気のある笑顔で言った。


「やっぱり知らないか。これがめちゃくちゃ上手いチョコレート売ってる店でさぁ。実はいくつか持ち込んでるんだけど、食う?」


棚の上から持ってきたピンクゴールドの箱を開けば、中から宝石のように磨かれた色とりどりのチョコが顔を出した。


「わぁ…綺麗」

「だろ?まぁ食えよ」


ルビートは水色の飴でコーティングされたチョコを私に一粒くれた。

促されるがままに食べると、カリッとした食感がしてカカオの香りが口の中いっぱいに広がった。


「お、美味ひぃ…!!」

「だろぉ!?次はどれにする!?」

「いいの?」

「勿論だ!」


私は三粒もらうと次々と口に放り込んだ。

そういえばチョコレートなんて一体いつぶりに口にしただろう。


「幸せぇー。幸せの味だぁ」

「ふふっ。大げさなやつ」


ルビートは私の反応にいたく満足しながらチョコレートの蓋を閉じた。


「その、さ。いきなり辛気臭い話もちかけて悪かったよ。何だかフィズと話してたら少し落ち着いた」

「え、そう?」

「そう。最近ずっと苛々してるの自分でも分かってたんだけど止められなくて」

「苛々してたの?」

「まあな」


ルビートは笑みを浮かべた。


「俺夜はよくここにいるんだ。良かったらまた遊びに来いよ」

「いいの?」

「勿論!…でも誰にも見つかるなよ?特にオヤジに知れたら大目玉くらうぞ」

「オヤジって?」

「ここの司書長さ。年寄りのくせにえらく迫力もあるし何より頑固ジジイだ」

「…それは恐そう」


私が首をすくめるとルビートが楽しそうに笑った。

そこからは本当にたわいない話ばかりした。

ルビートは話題豊富で話上手だから夜明けまではあっという間だった。

夜中一睡もしていなかった私は知らぬ間に横になっていた。

数時間で目を覚ましたがその時には既にルビートの姿はなく、代わりに上着が掛けられていた。


「うぅ…眠い」


寝ぼけ眼をこすっているとドアの隙間から黒猫が入ってきた。


「ミリ、ここにいたの」

「ベリサ…」


ベリサはぴょんと私に飛び乗った。


「さぁ、騒ぎになる前に武器庫まで行くわよ」

「あ、見つけたの!?」

「ええ」

「騒ぎって…?」

「イザベラ姫が部屋から逃げ出した事に気づかれる前に、ってこと。ほら、起きて」

「あ、うん」


私はぎしぎしいう体を起こしてほぐした。


「ミリ…甘い匂いがするわ」

「あ。うん、昨日チョコレートもらったの。ごめんベリサの分も残しておけばよかった…」

「誰かといたの?」

「うん、それがね…」


私は図書室を歩きながらルビートのことを簡単に話した。

ベリサは呆れて言った。


「全く…ちゃんと隠れてなきゃ駄目じゃない。その人がとんでもない人だったらどうするの」

「う…ごめん。でもさ、私はルビートと話せて良かったと思う」

「え?」


ブレン王子は、敵とは限らない。

オルフェ王子が本当に敵と見据えている人物は他にいるはずなんだ。

ルビートと話していて私はそれを思い出したのだ。


「もっと視野を広げないと」


もっと、もっと情報が欲しい。

私の足は知らぬ間に早くなると広い図書室を飛び出した。

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