スアリザ王
レイ。
レイ…!!
レイがいる!!
考えたらレイがスアリザにいてもちっともおかしくない。
あれは間違いなくレイだった。
「ミリ!!どこまで行くの!?」
ベリサが慌てるのも当たり前で、私はぐんぐん階段を上へと登っていた。
開け放たれた玉座の間に入ると、一番奥の扉から誰かが出て行くのが見えた。
「レイ!?」
懸命にその後を追っていると、当たり前だが衛兵に止められた。
「止まれ!!こんな所で何をしている!!」
「いえ、私は人を探してて!!」
「この先は王族しか入れん。別を探すのだな!!」
「そんな…!!」
私は無情にも突き飛ばそうとした衛兵の腕にしがみついた。
「お願いします!!見つけたらすぐに出ますから!!」
「ならん!!」
「お願いします!!」
「ならんと言っている!!離せ小娘!!…ぐぁ!?」
衛兵は突然痺れると気を失って倒れた。
「あ…」
私の両手が熱い。
「貴様…一体何をした!?」
もう一人の衛兵が私に掴みかかる。
「うわわ!!ちょっ、私に触らないで!!」
私の手を掴んだ衛兵はまた痺れて気を失った。
まずい。
無意識のうちにやってしまってるんだ。
「ミリ、人が来るわ!!」
ベリサが後ろを振り向きながら耳を立てる。
こんな状況で見つかるのはまずい。
「こ、こうなりゃ前に行くしかないっての!!」
私は急いで衛兵を乗り越え更に奥へと進んだ。
どこへ向かっているのかなんて既に分からなくなったが、今度は見回りの兵に出くわした。
「な、なんだお前は!?」
「はわわ!!ご、ごめんなさい!!」
私は回れ右をすると急いで逃げた。
その廊下の先に、ふと角を曲がる藍色の髪が見えた。
「レイ!?」
急いで私も角を曲がるとまたまた兵が四人もいた。
「貴様、こんな所で何をしている!!」
「う…」
兵たちは一際豪華な扉を守っている。
私は一斉に槍を向けられ両手を上げた。
「なんだ…女?」
「何の用だ!!ここは王の寝所だぞ!!」
兵たちが騒いでいると、守っていた扉が内側から開き中から壮年の女が顔を出した。
「静かになさい。王の体に触るではないですか」
「に、女官長殿!!今出ては危険です!!不審な人物がここに…!!」
女官長…。
私はまさかと思い顔を上げた。
「あ…アイシャさん!!」
思わず声に出すと、アイシャさんは私を見て凍りついたように固まった。
だが聡明な彼女はすぐに顔を取り繕い落ち着いて言った。
「…この者は私が呼びつけました。不審な者ではありません」
「女官長殿が?」
「そうです。少し人手が欲しかったものですから」
アイシャさんは扉をもう少し開くと私に入るよう促した。
私はぎこちなく頭を下げ、出来るだけしずしずとその扉をくぐった。
「いいですか、貴方がたが騒いだおかげで王が寝付けずにいます。これ以上眠りを妨げぬよう少し離れて警備してください」
「は、はぁ…」
私を収容したアイシャさんは音もなく扉を閉めた。
そして警備兵が離れた音を確認してから青い顔で私に向き直った。
「イザベラ姫様…」
「アイシャさん…」
私は深々と頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとうございました」
「本当に、イザベラ姫様ですのね」
「はい」
アイシャさんは目にいっぱい涙を溜めた。
「あな、貴女は…オルフェ様と共に謀反の罪で追放されたと伺いました」
「…はい」
「ですが、ですが私はそんな事信じていません。あのオルフェ様が、そんなこと…」
私は嗚咽を漏らすアイシャさんの肩を抱いた。
「アイシャさん。おっしゃる通りあれはデマです。オルフェ王子は嵌められただけです」
「オルフェ様は、オルフェ様は今どこに…?」
「残念ながらスアリザにはいません。わけあって私だけ先にここへ戻る羽目になりまして…」
「無事に、生きてらっしゃるのですね?」
「はい」
私が頷くとアイシャさんはまたぼろぼろと涙を落とした。
私がつられて涙ぐんでいると、大きなベッドから微かな声が聞こえてきた。
アイシャさんは涙をぬぐい、すぐにベッドへ向かった。
そして何事かを聞き取ると私を手招きした。
「イザベラ姫様」
「は、はい」
「王がお呼びです」
「え…」
私は恐る恐る近づいた。
ベッドの中には弱り切った老人がいた。
「スアリザ王…」
この人が…オルフェ王子のお父さん。
アイシャさんは暗い顔で言った。
「王はオルフェ様が旅立たれてから少し後に倒れられて…。それ以来寝たきりなのです」
「え…?」
スアリザ王はアイシャさんに水を含ませてもらうと力のない声を出した。
「イザベラ…姫」
「はい」
「オルフェは…、アル…ゼラに…?」
「はい。アルゼラにいます」
王は懐かしそうに目を細めた。
そういえばこの王が愛したというオルフェ王子の母はアルゼラの人だもんな。
王はすぐに苦しげに咳をした。
「がはっ、ごふっ、わ…、わた…しが死ねば…ケイ…フラッ…とが」
「え?な、何ですか??」
「すま…な…い。全ては、わたしの…ごふっ、ごはっ」
咳が止まらなくなりそれ以上は言葉にならなかった。
アイシャさんはすぐに王を止めた。
「ダリス王、これ以上話してはお体に触ります」
私は邪魔にならないように後ろに下がった。
スアリザ王といえば一昔前までは唯我独尊で誰もが恐れる王として有名だったのだが、とても信じられない。
その姿からは既に威厳や風格などは感じなかった。
アイシャさんが懸命に王を宥めていると、廊下がバタバタと騒がしくなった。
荒々しくノックされると何の返事も待たずに扉が開く。
「な、何事ですか!?」
アイシャさんが怒るも、搔き消す勢いで雪崩れ込んできたのは数十人の兵だった。
隊長らしき男が私を見つけると声を上げた。
「たった今!!王の間に侵入者がいると通報が入った!!侵入者は何らかの手段で警備兵を気絶させ、深部へ潜り込んだとされている!!」
「え…」
アイシャさんは私を振り返った。
私が何も言えないでいると、隊長はツカツカと私に近づき腕を掴みあげた。
「侵入者は大罪を犯したイザベラ姫との報告を受けている!!これはセシル様のご命令だ!!お前は取り調べの為しばらく監禁させてもらう!!」
「イザベラ姫様…!!」
アイシャさんは止めに入ろうとしたが、私はアイシャさんに向けて首を横に振った。
これ以上庇うとアイシャさんまで罪に問われかねない。
私は隊長に引きずられるように王の間から出された。
「い…痛い!!」
「黙れ!!抵抗すれば即座に切り捨てるぞ!!」
私は沢山の兵に囲まれ長い廊下を歩かされた。
そして辿り着いた部屋に突き飛ばすように放り込まれた。
「入れ」
「うっ…」
間髪入れずに扉と鍵が締められる。
私は擦りむいた手をこすった。
「ったぁ…。乱暴なんだから…」
体を起こすとぴょんとベリサが膝に乗った。
「ミリ」
「あ、ベリサ!!」
「よかった…ぎりぎり滑り込めたわ」
ベリサは部屋を見まわすと首をひねった。
「どうやら閉じ込められたみたいだけど…随分素敵な部屋ね」
「へ?あ…」
見ればカーテンも絨毯も家具も、見覚えのある黒で統一されている。
ここは懐かしの黒薔薇の間だった。