表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
スアリザにて
185/277

ミリとルシフ

始まりの地は、スアリザ王国。

目覚めた自分がしなければならない事は、黒魔女の素質を待つ赤子を探し出し、機が熟せば主である悪魔の元に連れて行くこと。

悪魔はもう殆ど動けない。

アルゼラで受けた致命的な傷は、核まで傷つけた。


それは現し身であるこっちにまで影響を及ぼした。

力は思うように使えず、ともすれば人の形を維持する事ですら危うい。

何としても赤子を手に入れなければならないが、それを育てるほど力も残っていない。


赤子を守る人間の女がまた厄介だった。

怯んだのは初めだけで、決して赤子を離そうとはしなかった。

それどころか赤子が大きくなるまでこっちで育てるから待てと堂々と言い張った。

こんな場合でなければこの女を八つ裂きにして奪い返すのだが、この際女を利用し自分は赤子の中で眠りに入ることにした。


赤子にそっと闇名を送る。

これでいい。

後は赤子の中から成長を見張り、時が来れば奪うまでだ。

全ては、一八年後に…。





ーーーーーーーーーーー



…。

…。

…冷たい。


身体中に冷たい粒が当たり、ザァザァと雨の降りしきる音が聞こえる。


「んん…」


目を覚ますと、私を抱いたままぐったりと座り込むルシフの顔が間近にあった。

その目は閉じたままだ。

周りを見ればここは小高い丘のようで、眼前には街が広がっている。

私たちは大きな木の下にいたがそれでも激しく降りしきる雨はしのげずにびしょ濡れになっていた。


「え…と??」


私はわけが分からず這いながらルシフから離れた。


「…オルフェ王子?」


いない。

誰も。

私は左手の薬指を撫でた。

…よかった。

指輪はある。


街の端にある王宮の形には見覚えがあった。

雨で霞んでいても間違いない。

あれはスアリザのフゼルカ王宮。

ということはここはスアリザ…。


「オルフェ王子…」


どうして、いないの。

オルフェ王子も、母さんも。

私は不安と寂しさに震えた。

いない。

いない。

誰もいない。

その場に座り込み子どもみたいに小さくなっていると、後ろから名を呼ばれた。


「リセッカ」


私の体が勝手にびくりと反応する。

振り返れば気怠く木にもたれかかったままルシフが私を見ていた。

その肩にはオルフェ王子から受けた傷が生々しく刻まれている。

ルシフはもう一度呼んだ。


「リセッカ、来い」

「…」


私は頭がぼんやりすると、勝手にふらふら立ち上がった。

ルシフの前に立つとぺたんと座り込む。

ルシフは私の胸に手を当てる。


「これが、お前の魔力…」

「…」

「機は熟した」


ルシフは私を引き寄せようとしたが、肩の傷に顔をしかめた。


「う…忌々しいあの男め。やっとリセッカを手に出来るという時に…」


私の頭はさっきから甘く痺れ全く動かなかった。

今は闇名を呼ぶルシフの声しか聞こえない。

ルシフは私の肩に顔を埋め低く呻いた。


「あの家へ…帰ろう、リセッカ」

「…」

「それがお前の望みでもあるはずだ。全てを忘れ、俺を受け入れろ」


帰る…。

母さんと過ごした、あの家へ。

そうか。

そうすれば今までのこと、全て忘れられるんだ。


それはどこか甘い誘惑だった。

ルシフの言う通りにすれば、きっともう何も悩むことなんてない。

でも…。

私はじっとルシフを見つめた。


「…いや」

「なに…?」

「忘れたく、ない」

「…」

「忘れたくないよ」


私を見下ろすルシフの目が冷たく光った。


「リセッカ」

「…違う。それも私の名前じゃない」


私は絡みつく何かを振り払うように頭を振った。


「私は、私はミリフィスタンブレアアミートワレイ。…ミリなの」

「お前はリセッカだ」

「ミリ。母さんが闇名を消して、オルフェ王子が呼んでくれた名前。それが私なの。私が欲しいのはあなたじゃない」


声に出すほど意識が戻ってくる。

ルシフは私の腕を掴んだ。


「…あの男のことは忘れろ。所詮黒魔女のお前に興味本位で近付いた男だ。人間など皆腹のなかではお前を利用することしか考えていない」

「違う…!!」

「違わないさ。お前は惑わされてるだけだ」

「違う!!違う違う!!」


私は何度も首を横に振った。


「だって、オルフェ王子はあれから一度も私の闇名は呼ばなかった!!」

「…」

「その名を知っても、私がどうなるのか知っても!!思い通りになるのに、いつも、どんな時でも、ミリって呼んでくれた!!」


そんな事、他に一体誰が出来るだろう。

自分で言葉にしながらオルフェ王子の愛情の深さに熱いものがこみ上げる。

ルシフはそんな私に冷たい視線をくれた。

そして私を地面に押し付け、そのまま食らいつくようにキスをした。


「ん…!!んん!!」


まるで唇から凍りついていくかのように冷たさが広がっていく。

押しのけたくとも力が入らない。


「や…ルシフ…!!」


弱々しくも抵抗していると、突然蒼い炎が私を包んだ。


「う…」


私の胸元から光の玉が飛び出たかと思うと、それは黒猫がになり地面へ降り立った。


「ミリ!!」

「あ…ベ…リサ?」


ルシフは忌々しそうにベリサを睨んだが、負傷した肩を押さえると私の上に崩れ落ちた。


「ぐっ…核さえ傷ついてなければ…お前さえ手に入れていれば、これくらい何でもないものを…」


ルシフは私を抱きしめるとそのまま私の中へと消えた。

触れてみると胸のコンパスもない。

ベリサは炎を散らしその場にへたりと倒れた。


「…ミリの中へ戻ったのね」

「私の中?」

「でもあれでは少し眠ったらまた出てくるわ。ミリ、絶対に…自分から、呼んじゃダメよ…」


ベリサは呼吸が浅くなると顔も地につけた。


「ベリサ…」


私は懸命にベリサを引き寄せ抱きしめた。


「もしかして…死の川に落ちた時に私についててくれたの?」

「…」

「ずっと、ベリサも私を…守ってくれていたの…?」


ベリサはか細い声で一声鳴いただけで動かなくなった。

雨の音だけが世界を包んでいく。

私はまた一人になった。

そのうちに体は冷え切り意識が朦朧としてきた。


「オルフェ王子…」


私はベリサを抱いたまま意識を手放した。



その数分後。

どやどやと馬に乗った兵が何人も押し寄せた。


「おい、この辺りだ」

「星が流れ落ちたというのは本当なのか?」

「町に落ちなくて幸いだ。さぁさっさと調査を終わらせて報告書を作ろう」


兵たちは丘の上に立つ大きな木に近付いた。


「ん?人…?」

「女だ。女が倒れてるぞ!!」

「おい、すぐに救急班に連絡しろ!!」

「手配している方が時間を食うな。俺が馬に乗せて王宮までひとっ走りしてやるよ」


私の周りを兵が取り囲む。

私は抱えあげられると王宮へと運ばれて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ