死の川
私とネイカは突如として目の前で繰り広げられた争いに身を縮めた。
黒魔女の一人は至る所から氷を降らせ、またもう一人は縦横無尽に風を操る。
対するこっち側の男二人は手に持つ武器こそ銃だが、大地から盛り上がった巨大な石蛇を足場に高速で動き回っていた。
「これでどっちも本来の十分の一の力だなんて…」
ネイカは黒猫を私に渡し杖を握りしめた。
しばらくは互角に張り合っていたが、次第に男たちが押され始める。
このままじゃやられるのは時間の問題だ。
機を読んだネイカは爆煙の凄まじい方へそろりと動いた。
「ミリ、逃げるわよ」
「ま、待ってネイカ…」
私は頭を低くしながらネイカに続いた。
だが黒魔女の一人がすぐに私たちの目の前に立ちはだかった。
「逃しはしないよ!!」
「うわわっ!!」
四方八方から氷の刃が飛んでくる。
ネイカは応戦しようとしたが、杖を持つ手に真上から落ちてきた氷柱が突き刺さった。
「うぅっ…!!」
「ネイカ!!」
追い討ちをかけるように氷の刃が飛んでくる。
私はネイカに飛びつくと一緒に地面に転がりながらそれを避けた。
男たちはこっちに気付くと焦りを見せた。
「くそっ!!ベリサが!!この魔女め!!」
すぐに氷を操る黒魔女に攻撃を向けたが、男たちの動揺は隙を作った。
魔女の一人はにやりと冷たい笑みを浮かべると容赦なく背後から業火を浴びせた。
「ぐぁっ!?う、ぐわあぁ!!」
「ぎゃあぁああ!!」
男たちは堪らず転げ回った。
それでも一度ついた火は消えることはない。
「ほぅら、あっちに水があるよ」
風を操る魔女が突風を巻き起こし男たちを川へと叩き込む。
男たちは火が消えたものの恐怖にもがいた。
「た、助けてくれぇ!!」
「うわあぁあぁ!!」
死に物狂いで岸辺へ泳ぐが、川からは何百もの手が現れ無情にも一瞬で水の中へ引きずり込んだ。
私はネイカを抱えながらガタガタと震えた。
ここは…ここは人間の来るところじゃない。
なんて恐ろしいの。
男たちを片付けた黒魔女は、三人揃って私の前に降りてきた。
あれだけの魔力を消費したことが負担だったのか、呼吸は浅く顔色はやや悪い。
「さぁ、こっちへ」
私は落ちていたネイカの杖を掴むと黒魔女に向けた。
「い、行きません!!」
「あなたもフェヴリエンス様にお会いすればきっと至福を得られるわ。あのお方こそ、悪魔の化身…」
「行きません!!」
私は杖の先に力を込めた。
身体中に迸る熱が増幅され、一気に先端に集まる。
「うんん…っえい!!」
力の流れに任せて杖を振ると辺りに無数の閃光が大地に落ちた。
「なっ…」
私が心のままに杖を振るうたびに光の矢が魔女達に降り注ぐ。
ネイカは刺さった氷柱を自分で引き抜き私の持つ杖を掴んだ。
「ミリ…!!駄目!!」
「え!?」
「そんな無茶な使い方をしたら…!!」
ネイカが言い切る前に私の体から急に力が抜けた。
「あ…れ?」
何これ。
手にも足にも力が入らない。
私が地に膝をつくと、黒魔女たちはにやにやしながら取り囲んで来た。
「愚か者め。魔力の使い方も知らぬのか」
「我らは契約無くして強大な力は操れぬのだぞ」
黒魔女たちは私とネイカ、そして毛を逆だてる猫の周りで手を繋いだ。
「行きましょう。全てはフェヴリエンス様の為に」
黒魔女たちは冷たい笑みを浮かべると取り囲んだ私たちごとその場から姿を消した。
ーーーーーーーーー
オルフェ王子は城まで辿り着くと迷いなく地下へと向かっていた。
この広い城内でユラ王を探す方が手間だと判断したからだ。
途中で息を切らせたオディを抱え上げながら一息に地上のアルゼラへ降り立つ。
オディは雪景色に変わるとすぐに大声で呼んだ。
「みんな!!おねがい集まって!!」
オルフェ王子から飛び降り空へ手を伸ばす。
「みんな!!」
その声に応えるように地面の雪が舞い上がった。
それと同時にシシルブ、ゴズ、メウ、老婆が姿を現した。
「オディ、今度は何だい!?あんたの声は否応なくこっちに響くんだからね!」
蛇を首に巻いたシシルブは片手におたまを持ったまま怒った。
オルフェ王子は前に出ると簡潔に切り出した。
「ミリがユラ王に連れ去られた。何処か心当たりはないか」
「心当たりってそりゃあ…」
ゴズは一度言葉を切ると言いにくそうにごにょごにょ言った。
「あのお嬢ちゃんは、あれでも黒魔女なんだろう?」
「それがどうした」
「いや、お前、だからさ…」
ゴズは半歩下がると横目でメウを見た。
メウは無表情のままオルフェ王子を見上げている。
何だか気まずい空気が流れる中、口を開いたのは老婆だった。
「ユラ王が有無を言わせず連れ去ったのならば、恐らく雪の監獄じゃろう」
「雪の監獄…」
老婆はいつもの鏡をひと撫でした。
鏡は淡く光ると谷底を映した。
「ウェバとタスリルの間に深い地の割れ目がある。ユラ王はそこに特殊な結界を張っている」
「それが雪の監獄か?」
「そうじゃ。そこは最も奈落に近く死の川が流れる地。ユラ王は厄介な魔物や不当に魔力を操る者、黒魔女を見つけてはここへ送り込んでおる」
オルフェ王子の瞳が冷たく細められた。
「何故わざわざそんなことを?ユラ王ならばその場で全て八つ裂きにすれば済む話ではないのか」
「ユラ王とて無限の力を有するわけではない。特に悪魔などは悪魔同士でしか消滅させることは出来ん」
「閉じ込めて同士討ちをさせる腹か」
「その通りじゃ」」
オディは顔色を変えるとメウにしがみついた。
「メウ。メウも、いつかそこへ落とされるの?」
「いや、私は寸前で悪魔の呪縛から逃れたからな。ここから出ることは許されないが雪の監獄へは落とされまい」
「じゃあ、みぃは!?」
「…」
「みぃは、まさかそんなこわいところ、落とされてないよね!?」
メウは老婆の鏡を横目で見たがすぐに顔をそらした。
オディは泣きそうになりながらメウのスカートを握りしめた。
「そんな…」
「ウェバにいたウングルンドという黒魔女の方がミリより余程害があるように見えたが?」
オルフェ王子の冷静な声が割って入る。
メウは無表情で見つめ返した。
「あれも訳あって今は悪魔の呪縛が解かれているからな。私利私欲の塊のような奴だが、今のところアルゼラにとって害はなしと見られている」
「ミリにこそ害意も力もない」
オルフェ王子は剣を掴むとメウに背を向けた。
そのまま北へと雪を踏みしめる。
「お、おいオルフェ!!何処へ行くんだよ!?」
ゴズが慌てて後を追ったが肩に置いた手は冷たく払われた。
「オルフェ…、お前まさか」
「雪の監獄へ行く」
「ばっ!!馬鹿野郎!!外からあのえげつない結界に入れるものか!!」
勢いで怒鳴りつけたが、オルフェ王子の冷徹な目を見たゴズはぎくりとした。
「お前…」
「邪魔するな」
ハラハラしながら見ていたシシルブは、遠くから聞こえる羽音にハッとすると空を指差した。
「あれは…ドラゴン!?」
高速で近付いてきたのは二匹の若いドラゴンだ。
二匹は雄叫びをあげながらオルフェ王子の前に降り立った。
王子はドラゴンの頭をひと撫ですると片方に飛び乗った。
「オルフェ!!」
「おにいさん!!」
「オルフェ!!やめろこのバカが!!」
下から必死で止める声が聞こえたが、ドラゴンは猛々しく空に舞い上がるとそのまま北へと消えていった。