十人の黒魔女
黒魔女。
それは悪魔と契約を交わし莫大な魔力を得た魔女、もしくはその素質を持つ乙女のこと。
その数は少ないながらも、皆冷徹な心を持ち歴史にも何度も大きな爪痕を残したという。
…その黒魔女が、今目の前に十人もいる。
「あ、あの…」
「ミリ。相手にしちゃ駄目よ」
ネイカは手にした杖を魔女たちに向けた。
「ふふ。おどきよ。そこの新入りは私たちのお仲間でしょう?」
「ミリはあなた達とは違うわ!!」
「相変わらず邪魔な子だね。そろそろそこの川に放り込んでやろうかしら?」
私は我慢できずに声を上げた。
「あ、あの!!あなた達は、その…もう悪魔と契約させられた黒魔女なんですか!?」
魔女達は目を光らせた。
「させられるのではない。私は父様との契約を望んでいた」
「え…」
「忌まわしきユラ王め…。私は父様と契約する直前に引き離されこんな所に閉じ込められたのだ」
周りの魔女達も揃って静かな怒りを口にした。
「私たちは選ばれし者。蟻のような人間共とは違う」
「悪魔こそ至高の存在。お前ならそれが分かるはずでしょう?」
「ユラ王め。いつか彼奴を廃し、結界の消えたアルゼラを父様と共に闇の世界へ引きずりこんでくれるわっ」
黒魔女たちが手を空へ向けると、急に竜巻のような黒い風が舞い込んだ。
ネイカは私を庇うように立った。
「エアラ!!」
杖を一閃させると空間の切れ目からエアラが現れる。
だがその姿はいつもと違った。
身体中には毒々しい棘が生え、かぱりと開いた大口からは今までなかった牙が生えている。
それに一番違うのは…
「目!!目だ!!目がある!!」
「いいからこっちよ、ミリ!!」
「あのエアラ出して大丈夫なの!?」
「あいつらに対抗出来るのは皮肉にもそれしかないのよ!!」
エアラは凶暴な唸り声を上げると黒魔女たちに襲いかかった。
激しい爆発がエアラの周りで何度も起こる。
「あの人たちとはどんなに話しても無駄よ!!ぼやぼやしてたら殺されるのはこっちだから!!」
「え!?」
ネイカの言う通り、私のすぐ上の岩が連続で爆発音を響かせた。
「くっ…!!」
ネイカは落ちてくる岩をエアラに防がせると私の手を掴んだ。
「逃げるわよ!!」
「で、でもどうすればいいの!?」
「どうもこうも、走って逃げるしかないの!!」
後ろではまだ引っ切り無しに破壊音が響き渡る。
エアラが黒魔女を引き止めている間に、私たちは出来うる限り遠くまで逃げた。
「はぁ…はぁ…え、エアラ放置で大丈夫なの!?」
「ここではどれだけ暴れても平気だから…」
上流まで来ると川がだいぶ近くなる。
二人揃って肩で息をしていると上から笑い声がした。
「はははっ。相変わらずネイカの化け物はすごいな」
「バナ!!」
ネイカはキッと空を睨んだ。
「コウモリのグループの奴よ。黒魔女の対抗勢力ってとこだけど、タチの悪い連中だわ」
「コウモリ…?」
頭上にある岩から男がひらりと飛び降りてきた。
何だか野性味の溢れる体の大きな男だ。
その目は濁り、卑しい笑みを浮かべている。
「あれ?見ない顔だな。もしかして新しい黒魔女?」
「ミリはあの人たちとは違うわ」
「へぇ、ミリちゃんっていうの?どう見ても黒魔女だけどなぁ」
男はじろじろと私を見ると急に胸を鷲掴みした。
「んなっ!!」
「うーん、貧相」
「はっ、ちょっ!!だっ!?」
私は男の手を叩き落とした。
「なっ…ななな、なにすんのよ!!」
「黒魔女だし体は貧相だしあんまり可愛くないし…。お前、俺たちの仲間にはあまり歓迎されないかもな」
ネイカは真っ赤になって怒ると杖を男に向けた。
「消えて!!」
「あらら。また怒った?」
「消えなさい!!」
「はいはい」
男はにやにや笑いながら何処かへ行った。
「い、一体なんなの…?」
「ミリ、もう少し先へ行くわよ」
ネイカはまだ肩を怒らせながら複雑な岩場まで私を引っ張って行った。
辺りが静かになった事を確認するとやっと杖を下げ、話し始めた。
「ここはざっくりと二つに勢力が分かれてるわ」
「黒魔女たちと、そのコウモリっていうグループ?」
「そう。実は私、バナたちに拾われたから不本意だけどそこのグループにいるの。でも黒魔女たちもあの人たちも大嫌いだわ」
ネイカは吐き捨てるように言った。
この十日間、かなり嫌な目にあったのだろう。
その顔つきは剣呑だ。
「ここにいるのは強力な魔の使い手ばかりだそうよ。雪の監獄では魔力が十分の一に落ちるとは聞いたけど…」
「強力な魔の使い手?黒魔女以外にも?」
「そう。でもやっぱり黒魔女が断然最強よ。たった十人でバナ達と渡り合ってるもの。さっきのだって彼女たちに遊ばれただけよ」
「うぇ…」
私はとんでもない所へ落とされたものだと身震いしたが、ふとあることが頭をよぎった。
そんなに黒魔女がいるなら、私の知らないことが分かるかもしれない。
例えば…例えばだけど、悪魔と契約しなくて済む方法があるとすれば…?
「ネイカ。どうにか黒魔女たちと話って出来ないかな?」
「え!?」
ネイカは予想外の質問に目を大きく見開き、思い切り首を横に振った。
「ぜ、絶対無理よ!!あいつらのこと、その目で見たばっかりでしょう!?」
「でも、私も黒魔女だし話くらいしてくれないかな」
私は必死に訴えた。
「私…私、自分の未来の可能性をもっと知りたい」
「ミリ…」
「お願いネイカ。何とか出来ないかな」
ネイカは真剣な私に困ってしまった。
しばらく考え込んだが、それでもやっぱりゆるゆると首を横に振った。
「あの人たちは、絶対無理」
「…」
「でも、話ができそうな黒魔女なら一人知ってるわ」
「え!?」
私は身を乗り出した。
「どこ!?どこに!?」
「多分、ミリはその人に会えばショックを受けると思う」
「大丈夫!!何でもいいから会わせて!!」
ネイカはしばらく俯いていたが意を決すると顔を上げた。
「その人がいるのはバナたちの隠れ家よ」
「え…?」
「行く?」
そっち側に居るとは意外だっだが、私はすぐに頷いた。
ネイカは服にかかった雪を払い落とすと私を連れてすぐにまた歩き出した。