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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
ミリとオルフェ
169/277

美しい幻

ミズリィの工房に来てから早くも一週間以上が経過した。

それらしい短剣は中々見つからないが、私は思いの外ここで楽しく過ごしていた。


「えぇと、これで出来上がりっと」


深皿に並々注いだのは熱々のクリームスープ。

その隣にあるのはキノコとクルミで作ったソースをかけたお肉に、しっかり煮込んで味をつけた根菜、そしてバジルをたっぷり使ったサラダだ。


うん。

我ながら会心の出来だな。

母さんは料理下手だったから昔は私がよく作ってたんだから。


私はお盆にそれらを乗せるとキッチンから出た。

周りの景色が一瞬で洞窟になると二つ隣の横穴へと向かう。

その穴の先に着くとまた景色が変わった。

今度はゆったりとした客間だ。


「お、重い…」


私はよたよたしながら三往復して運んだご馳走を全て広いテーブルに並べた。


「よし。ディナー完成!みんなを呼ぶか」


客間を出るとゴミ倉庫とガラクタ部屋に足を運びオルフェ王子とミズリィに声をかける。

二人はそれぞれ適当に作業を切り上げるとちゃんとすぐに客間に来た。


「う…わぁ!!ミリさん!!今日もお、お、美味しそうですぅ!!いい香りぃ!!」

「ここまでちゃんとした料理を作れるのは凄いな。手の加え方もどれも丁寧だ」


ミズリィは感激のあまり後ろにひっくり返りそうだし、オルフェ王子はいつも私の手料理をきちんと評価してくれる。

毎回褒められる私はご機嫌で二人に椅子を勧めた。


始めのうちは私も一日中短剣探しを手伝っていたが、今はこうして生活面のことと半々にしている。

やっぱり長丁場になるなら三食きっちり食べて体調も整えた方がいいだろうしね。


この客間を見つけてからはミズリィも誘い三人で食べるようにした。

最初はミズリィも困惑気味で中々来ようとはしなかったが、私の手料理にがっちり胃袋を掴まれた後は喜んで来るようになった。


「王子、短剣はまだ見つからなさそうなんですか?」


私はサラダを取り分けながら話しかけた。


「そうだな。半分以上はもう見終わったがまだ数日はかかりそうだ」

「手の傷、また増えてますね。一度ちゃんと消毒しに部屋に来てくださいよ」

「これくらいで一々手当てなんかしてられるか」

「駄目ですよ!もう…案外面倒くさがりなんですから」


ミズリィはウキウキしながら私と王子の会話を聞いていた。


「いいですねぇ。恋人同士って感じですねぇ。憧れますぅ」

「えっ」

「二人はどうやってお付き合いを始めたのですか?」


ぐっ…。

こ、これは微妙な質問を…。

私はトマトを掴んだまま固まったが、オルフェ王子はさらりと答えた。


「始めは遊びだったんだ」

「えぇ!?そ、そうなんですか!?」

「だが俺が負けた」

「負けた??」


ミズリィはきょとんとしたが、私は手元のトマト並みに真っ赤になると俯いた。

オルフェ王子のこういうところ、本当に参る…。


私は内心一人であわあわしていたが、食卓は今日も至って和やかに囲まれていた。

食事が済むと私はせっせと片付けをしてから倉庫へ顔を出した。


「オルフェ王子、手伝いましょうか?」


姿は見えないが奥から返事が返ってくる。


「ここは今崩れやすくなっているから近付くな。明日また頼む」

「分かりました。王子も無理しないでくださいね。えと…おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」


おやすみ、か。

この瞬間って何故か変なくすぐったさがあるよな。

私は一人照れながらそそくさと倉庫を出た。

そのまま部屋へ帰ろうとしたが、その途中でミズリィにまた会った。


「あれ?どうしたの?」

「あの…ミリさんに、ちょっと…」

「へ?私?」


ミズリィはもじもじしながら上目遣いをした。


「あの、ミリさんに、よければ見せたいものがありまして。あ、でも、迷惑なら全然!!全然いいんですけれども!!」

「いや、別に大丈夫だけど…?」


ミズリィはほっとすると私がまだ行ったことのない洞窟の先を指差した。


「こっちです」

「うん」


私はミズリィに連れられて歩いた。


「この先はどこへ繋がってるの?」

「えと、じつは一つだけウェバの外へ繋がってる場所があるんです」

「え?」

「ウングルンド様も多分気づいていません。…私の、秘密の場所です」

「そこを私に教えてもいいの?」


ミズリィは紅潮した頬を両手で覆った。


「あの…、その、ご飯のお礼がしたくて…」

「お礼って、食材とか全部ミズリィのを使わせてもらってるんだし」

「えと。…わ、私、実はああやって誰かと食卓を囲むことって初めてだったんです!」

「え、そうなの?」

「はい!だ、だから、…最近ご飯の時間が、凄く楽しくて…」


ミズリィの声は段々小さくなった。


「オルフェ様は…お優しいですね」

「え、あぁ、まぁ。あの人はいつもあんな感じだけど…」

「ミリさんも、お優しいです。私…人にこんなに優しくされたことって、初めてです」

「え…」


ミズリィはぼそぼそと自分のことを話した。


昔から変わり者と言われ周りから孤立していたこと。

見た目でいじめられてきたこと。

原石が大好きでずっと石を相手にしながら生きてきたこと。

何故かウングルンドに目をつけられてここにいること。


「け、結構大変なんだねミズリィも…」

「いえ。確かにウングルンド様は恐いですが、私ここで過ごせて今とても幸せなんです」

「でも、寂しくない?」

「はい。誰かといても、傷つくだけですし」

「…」


普通の人ならミズリィの言う事が理解できなかったかもしれない。

でも私にはその気持ちがよく分かる気がした。


「でも、オルフェ様とミリさんは違います。馬鹿にしたり、蔑んだ目で私を見たりしません。それに、私の話をちゃんと聞いてくれます。お二人といると、た、た、楽しいです。私、お二人が、大好きになりました」


ミズリィはぎこちなくにっこりすると、私の手を取り何もない空間に足を踏み入れた。

その瞬間、視界はがらりと変わり私は風にさらされた。


「うわっ、外!?ついたの??」

「はい。ウダムの北西にあるバム・トトのビネツェ湖です。上を見てください」


ミズリィの人差し指につられて上を見ると、そこには降って落ちそうな一面の星と巨大な光がひらめいていた。


「う…わぁ!!すごい!!オーロラ!?」

「はい!!綺麗でしょう!?」


ミズリィはうっとりと空を見上げた。


「このオーロラは地上のとは違って、豊富な魔力の流れなんですよ」

「え、そうなの?」

「はい、だから色が少し違うし周りの星も見えるんです。ミリさん、こっちの方が湖にも反射してもっと綺麗ですよ」


私は空を見上げながらゆっくりと歩いた。

ユラ王に連れられた空間で見たオーロラを同時に思い出す。

オーロラって、なんて不思議なんだろう。

こんなに綺麗なのに体が震えるほど圧倒的な存在感だ。


「本当…凄く綺麗…」

「そうでしょう!?私、ここにいると嫌なこととか全部忘れちゃえるんです。だってほら、このオーロラは私の事なんて悩みごと飲み込んじゃうんだもの!」


ミズリィはいつもよりはしゃぎながら両手を伸ばした。

私はミズリィと一緒に湖のほとりに腰を下ろした。


「ミズリィ、ここへ連れて来てくれてありがとう」

「えへへ…。喜んでくれたなら、嬉しいです」


私は膝を抱えながら水面に映ったオーロラを見つめた。


「あのね」

「はい?」

「私の話も、していい?」


ミズリィはレンズに映った巨大な目を更に大きくさせたがすぐに何度も頷いた。

私は一つ呼吸をしてから言った。


「私、黒魔女なの」

「…え?」

「ほら、髪とかウングルンドと一緒でしょ?」

「え、で、でも…。そんな、ミリさんは恐ろしい黒魔女になんて全然見えませんよ!?」

「それはたぶん、オルフェ王子と一緒にいたからじゃないかな」

「でも…」

「それから、育ててくれた母さんのおかげかも」

「お母様、ですか?」

「うん」


私は今までのことを何一つ隠さずに話し始めた。

世間から全く切り離された場所で暮らすミズリィだからこそ、話そうと思えたのかもしれない。

出足こそ躊躇いながら話していたが、イザベラ姫となりそこから始まった冒険話になると、私は段々楽しくなってきた。


「それでね、やっぱり魔物に取り憑かれた人を殺させるわけにはいかないじゃない?」

「それはそうですよ!!見捨てるなんてひどいです!!」

「やっぱり!?そうでしょう!?だから私、団長に啖呵切ってその男の人取り押さえることにしたの!!」

「え!?どうやって!?」

「お菓子袋に放り込んだの!!」

「えぇ!?うそ!?」


ミズリィは目を大きくさせると何度もケラケラ笑い転げた。

その時々は結構大変だった事も、こうして話せば何でも笑い話になるものだ。

しかも話のネタは捨てるほどある。

私の話は延々と続いたが、ミズリィは終始楽しそうに聞き続けていた。


やっと話がウェバまで辿り着くと流石に喋り疲れて喉が枯れてきた。

ミズリィも笑いすぎて引きつった頬を撫でながら後ろに寝転がった。


「…はぁ、すごい。私がミリさんならもう十回以上は死んでますよ」

「いや、私も自分でよくここまできたなぁと思う」

「私なら…アリス姫様のお茶会の時点でまず死にます」

「あれはある意味一番きつかったかも」


私がわざとらしく眉間にぎゅっと皺を寄せるとミズリィはまた笑った。


「ミリさんのドラゴン、見てみたいです」

「うふふぅ。サクラは可愛いよ?生まれた時なんかこんなに小さくてね」

「オルフェ様に頂いたんですよね?」

「そうそう。あの時はなんでドラゴンかと思ったけど、今思えば納得しかないわ」


オルフェ王子との事は出来るだけフラットに話していたが、ミズリィは恋愛に憧れがあるようで思いのほかそこに食いついてくる。

私がアルゼラを抜けてまで王子を助けに駆けつけた話など、目を輝かせながら大興奮で聞いていたくらいだ。


「はぁ…。それにしてもいいですねぇ。まさに本物の恋ですね」

「いい、のかな」

「だって、色々乗り越えて今お二人はあんなに仲睦まじいじゃないですか」

「…」

「…ミリさん?」


ミズリィは急に表情の消えた私に気付くと体を起こした。

私は膝を抱えなおすとどこまでも輝くオーロラを見上げた。

美しく夜空を染める光のカーテン。

だがそれはここを出ては見ることすらできない幻の光。


そう、幻なんだ。

今の私とオルフェ王子も。


「いいことなんて、ないよ」

「え?」

「私は、黒魔女なんだから…」

「あ…」


ミズリィは私の言いたいことに気付くと声を飲んだ。

私はぎゅっと膝を強く抱えた。


「ここを出たら、悪魔と契約する約束もしてる。オルフェ王子と一緒にいられるのは…アルゼラを出るまでなんだ」

「ミリさん…」


サクラの事が落ち着いたら。

それがルシフと約束をした期限。

だってあの時はもう二度とオルフェ王子に会うことはないと思っていたから…。

私はずっと胸の奥で閉じ込めていたことを口にした。


「たぶん、もう、逃げられない。私は悪魔と契約して本物の黒魔女になって…そして、そして一人で死ぬの」


言葉にした途端ぼろぼろと瞳から涙が溢れた。


ずっと、ずっと昔から受け入れ続けていた未来。

平気だと思っていた。

仕方がないとも思っていた。

そこまでどう生きるかを考えればいいって…。


それなのに、それなのにそれなのに…!!


「私、今すごく幸せなの…。お、オルフェ王子がそばにいて、た、楽しくて、嬉しくて…。それが、辛い…。こんな思いするなら、で、出会わなければよかった!!出会わなければ、よ、かったよぉ!!」


私は誰にも言えなかった心の叫びをぶちまけると我慢できずにわんわん泣いた。

ミズリィはつられて涙ぐみながら私の肩を揺すった。


「ミリさん!!そ、そんなこと、そんなこと言っちゃ駄目です!!駄目ですよ!!」

「だって!!だって!!」

「出会ってよかったに決まってます!!決まってますから!!今の二人を、ど、どうか否定しないでください!!」

「う、ふぅ、だ、だってぇ…う、うわあぁぁん!!」

「み、ミリさ…う、ふえぇぇぇ」


ミズリィは私を抱きしめると大声で一緒に泣いてくれた。

私は体中で泣きながら、どうかこの幻の世界がいつまでも消えないでと無駄にオーロラに願い続けていた。

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