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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
ミリとオルフェ
167/277

ウングルンドの話

蜘蛛の巣にまみれていた部屋は、気がつけば普通の部屋へと変わっていた。

家具などはやはり全て黒いがどれも高級品で、これは私も愛せる美しさだ。

しばらく考え込んでいたウングルンドは、面倒そうにテーブルに置かれていたパイプを引き寄せた。


「…スアリザの黒魔女を、とある女性の姿にかえてほしい。仲介を経てあたしが受けた依頼はそれだけさぁ」


骨と皮しかない手で火をつけ、ゆっくりと煙を吸うとにたりと笑う。


「それだけで、屋敷が丸々買える程の報酬をもらうんだ。こんなおいしい話はないだろう?まぁ、姿変えの呪いができる者はアルゼラでもそういないからねぇ」


骸骨もかくやという笑みだが、王子は顔色一つ変えずに率直に聞いた。


「うまい話には裏があるものだ。素直に受けたわけではないだろう?」

「ひひ…。あたしに害がないなら大概なことは引き受けるさ」

「害が有るか無いかはどう見分けている?人間は殆どが嘘をつく。胡散臭い依頼なら尚更だろうよ」


ウングルンドはスッと笑みを消した。


「…その通りさ。だからこっちも遠慮はしない」

「俺たちみたいに魔物を差し向けるのか?」

「そんなことをしたらあたしの可愛いペットが減るじゃあないか」

「それなら自白剤の類か」

「…ひひひ。そんなものに頼るものか。あたしは依頼してきた者はとりあえず一通り拷問するのさ。洗いざらい喋ってそれでも依頼したいと言う者にしか力は貸さない」


大人しく聞いていた私はウングルンドの笑い声に背中が冷えた。

…なんて悪趣味なんだ。

王子はさっさと結論を促した。


「そうまでしてミリ…スアリザの黒魔女の姿変えを目論んだ奴は誰だ?」

「さてねぇ。名前なんて一々覚えちゃいないさ」

「覚えていない?」

「一度きりの契約なんだ。それが済めば後は知ったこっちゃないしねぇ」


王子は傍目にも厳しい顔になった。

これでは一番肝心なところが分からないままだ。


「それならば、ミリをイザベラ姫に変えたそいつの目的は?」


ウングルンドは今度はぎょろりと私を見ると声を立てて笑った。


「ひひひひ!!聞きたいかい?」

「…」

「それはねぇ、スアリザの眠れる悪魔にこいつを捧げるためさぁ!!」


えっ。

…は??

思わぬ答えに私は目が点になった。

私を…何だって??


王子を見ればこっちがぎくりとするほど怖い顔をしている。

ウングルンドは嬉々として煙を燻らせた。


「あいつらはどうにかしてスアリザの眠れる悪魔を蘇らせたいみたいだねぇ。…ひひ、バカな連中だよ」

「蘇らせる…」


スアリザの悪魔は封印されていると王子が言っていた。

その悪魔は私を…黒魔女を捧げればその封印を解いて動き出すということだろうか。


「あんた、心当たりはないのかい?あいつらは町で何とかお前を連れ去ろうとしたらしいよ」

「…へ??」

「まぁ、あんたの悪魔が何かと邪魔していたらしいけどねぇ」

「ルシフ…?」

「それならばとあの手この手で何とかお前を王宮に引っ張って捕まえようとしたらしいけど、あぁんた引きこもって中々出てこなかったらしいしねぇ」


オルフェ王子は怒りを押し殺した声で言った。


「…つまり、ミリをイザベラ姫に仕立て上げたのは、王宮に閉じ込め最終的には悪魔に捧げる為だというのか」

「そうだよ。人間ってのはあたしらより悪どいねぇ。ま、あたしはその理由が気に入ったから引き受けたんだけどさぁ。ひひひ」


うそ…。

呑気に王宮で過ごしていたけど、ま、まさかそんな恐ろしい目的があったなんて!!

というかそれってオルフェ王子が気まぐれで私をそばに置かなければもうアウトだったんじゃないか??


オルフェ王子は身震いする私の手を取り、珍しく苛立たしげにウングルンドに詰め寄った。


「ウングルンド。どうにか契約者の名を思い出せないか。顔や特徴でもいい」

「思い出したところでそいつはどうせ間者だろうさぁ。お前が求める人物には辿り着きやしないさ」

「…では、紋章は?」

「なに?」

「服や小物でもいい。その者が身につけていた物で何か紋章らしきものはなかったか」


ウングルンドは考える顔になった。

煙を吸い込みながら天井を見上げ、あぁと小さい声をこぼす。


「そういえば、奪った短剣に何か記してあった気もするねぇ」


王子はすぐに反応した。


「その絵柄は」

「…そんなもの、いちいち覚えてるもんかい。だが、短剣そのものならまだあるかもしれないねぇ」

「どこに!?」


ウングルンドは王子の反応を良しとするとにやりと笑った。


「こっちばかり喋らされるのはよくないだろう?」

「…」

「さぁ、先におまえが差し出すものを言いなぁ」


オルフェ王子は舌打ちをした。

…あの王子が、舌打ち。

私は途中から様子のおかしくなった王子に内心首を傾げていた。

オルフェ王子は一呼吸置き、冷静さを取り戻すと口を開いた。


「ドラゴンの聖域に出入りできる方法、だったな。簡単な理屈だ。無事にあそこへ行きたいのならばドラゴンに頼めばいい」

「なに…?」


ウングルンドは訝しげな顔になった。


「何を馬鹿げたことを。ドラゴンでも飼えと言うのかい?」

「その通りだ」


ウングルンドの顔に怒りが混ざった。


「貴様…ふざけてんじゃないよ!!」

「別にふざけてなどいない」


オルフェ王子は幾分いつもの調子を取り戻すと努めて冷静な声で言った。


「ドラゴンは頭が良く人間なんかの手には負えない代物だ。だがラカラカ・ムーの森では何匹か人と共存しているドラゴンがいることは知っているだろう?」

「あれはドラゴンの管理者が仲介に入ってこそだ」

「その通りだ。その中でもよりドラゴンを人に懐かせる方法というものがある」

「んん?」


王子は淡々と続けた。


「ドラゴンの卵を人の手で孵すんだ」

「人の手で…?」

「そうだ。そうすればドラゴンとの間に特別な絆が刻み込まれる。俺のドラゴンは何年離れてもちゃんと俺の声を聞きつけパッセロまで迎えに来たくらいだ」


ウングルンドはさすがに訝しげに王子を見た。


「お前は一体…」


王子は私が残した交渉のカードをここぞとばかりに切った。


「俺は俗に言う聞こえる者。その中でもドラゴンの管理者だ」

「なに…?お前が!?」


ウングルンドはぎらりと私を睨んだ。


「お前!!さっきドラゴンの管理者はウダムにいると…!!」

「いやだから、私二人知ってるって言いましたよね?」


私が答えるとウングルンドは歯ぎしりをした。


「お前は…お前は本当にドラゴンの管理者なのか!?では、では本気でドラゴンをあ、あ、あたしに寄越すつもりかい!?」

「ああ。それも双頭竜だ」

「な…!!」


ウングルンドは今度は絶句した。


「そ、双頭竜!?」

「そうだ。俺の言うことには従順な可愛いドラゴンだぞ」

「馬鹿を言うな!!双頭竜といえばドラゴンの中でも凶暴極まりない危険生物ではないか!!やはりお前の言うことは全てデタラメか!!」

「さっきの話になるが、その双頭竜は俺が卵から孵した。一年間丹精込めて育てたが至って穏やかな性質になったぞ」


オルフェ王子は窓の外に視線をくれた。


「その双頭竜の名はユイオン。実は今瘴気に当てられウダムで体を癒している最中だ。だがそのお陰であそこのドラゴンとも面識は出来ただろうから次からはあの聖地にすんなり入れるはずだ」

「…」

「水晶を掘りたくなったらユイオンに連れて行って貰えばいい」


ウングルンドはパイプを放り投げて長椅子の背もたれに体を投げた。

余程予想外だったのだろう。

その目はまだ動揺に揺れている。


「ドラゴンなんて、バカバカしい。お前がいないと結局制御できずに持て余すに決まってるさぁ」

「まぁ、全くリスクがないとは言わん。だがここなら瘴気に当てられることはないからな。余程のことが無い限り暴れたりはせんだろうよ」

「…」


ウングルンドは理性と欲の狭間で唸った。

危険は承知でもドラゴンを手中に収めるチャンスなど恐らく二度とない。

長椅子から立ち上がると、しばらくウロウロと部屋を歩いた。

やがてその足はぴたりと止まり、ゆっくりと王子を振り返った。


「短剣は、ミズリィの工房にあるはずだよ」

「工房?」

「ミズリィはウダムで手に入れた水晶をアクセサリーに加工している奴さぁ。工房はこの屋敷から西へ少し行った先の洞窟にある」


ウングルンドはふと何かを思いついたのか、にやりとした。


「…そうだねぇ。そのドラゴンはミズリィに任せよう。ひひ、名案だ。お前らは本当に双頭竜が来るのか見届けるまではその洞窟からは出られないようにしておくよぉ」

「構わん。ミリ、行くぞ」


王子に促されて私は足早に扉へ向かった。

後ろからはまだ視線を感じるが振り向くことは恐くてできない。

私たちは一階まで降りるとすぐに屋敷を後にした。

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