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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
ミリとオルフェ
161/277

エメラルドの涙

アルゼラ八地域のうちの一つ、ウダム。

そこは見るからに危険そうな場所だった。

まず聳え立つ山々が険しすぎる。

厚い雲からは稲光がチラホラ見え、その下を何匹ものドラゴンが飛び交っている。


「こ、ここですか?」


私は眼下に広がる氷の世界に身震いした。

まるで死の国だ。


「ミリの結界があって助かったな」

「これ、逆になかったら死んでませんでした?」

「いや、ここまで来ればユイオンの力が少しは戻るはずだからな。それで何とか凌げたはずだ」

「ここは何なんですか?」

「ここは別名竜の聖地と呼ばれている」


竜の聖地。

こんな厳しい環境が??

疑問に思っているとオディがこっちにミランを寄せてきた。


「おにいさん!!この先はどうしたらいいの!?」

「この後は俺が先導する」

「でも、ここのドラゴンはきっとあぶないよ!?」

「大丈夫だ。そのかわり俺からは決してはぐれるな」

「わかった!!」


オディは素直にミランをユイオンの後ろにつけた。


「本当に大丈夫なんですか??」


私は結果が消えないように気を配りながらもう一度周りを見渡した。


「心配ない。俺は一度ここへ来たことがあるからな」

「こんな所へ何しに来たんですか?」

「ドラゴンの巣でウダムがあまりにも美しいと聞いたからな。好奇心で一度連れて行ってもらった」

「…それって、ドラゴンにですか?」

「そうだ」

「…」


普通に言うなし。

普通じゃないからな、それ。

もしかして王子が物事に万事落ち着いてるのって、子ども時代の過ごし方が刺激的すぎた反動なんじゃ…。


「ミリ」

「はい」

「そろそろ結界を解いてくれるか。魔力はドラゴンたちを刺激するかもしれん」

「え?あ、分かりました」


私は胸に手を当てると魔力を収めた。

だがその途端に揺れや風にダイレクトに襲われる。

ユイオンの結界はやはりまだ弱々しいみたいだ。

王子は私を抱き寄せた。


「すぐに着く。伏せてろ」

「ふ、ふぁい…」


私は王子に身を預けながらも目だけはしっかり開いていた。

やがて見えてきたのは険しい山々の中でも一際大きな山だった。

その頂きは雲の中に隠れるほどで全く見えない。

私たちがその山に近付くと、すぐに無数のドラゴンが取り囲んできた。


うわ…。

うわうわうわうわ。

これはまずい。

威圧感が半端無い!!

まるで飢えたサメの群れに裸で放り込まれた気分だぞ!!

私は汗に濡れた手で王子の服をぎゅっと握りしめた。


「お、王子…」

「静かに」


王子は群がるドラゴンを一通り見回すと声を上げた。


「騒がせてすまない。この双頭竜を癒しにきただけだ。用が済めばすぐに立退く」


王子が話しかけたのは群れの中でも一際立派な赤いドラゴンだった。

その風貌と群れの配置からすると恐らくここのボスなのだろう。

ボスは呼吸と共に口から火を吹き零しながら私たちの頭上を旋回した。

王子は真っ直ぐそれを見つめている。

しばらくはただそれだけが続いた。

私は緊張感に耐えられずに体が震え始めた。

時間にすればほんの僅かだろうが、まるで永遠に続くかのようだ。


やがてボスドラゴンは一つ大きな炎を吐くと私たちから離れて行った。

それに伴い他のドラゴンも散っていく。

どうやら助かったのだと分かった瞬間私の腰が砕けた。


「し、しぬ…」


王子は私を支えながら片膝をついた。


「大丈夫だと言っただろう?」

「なんで、大丈夫だったんですかね」

「あの赤い竜なら俺を覚えていると思ったからな」

「もしその竜がいなかったらどうするつもりだったんですか」

「その時はその時だ」

「…前から思ってましたけど、王子って案外平気で博打っぽい事しますよね?」

「適度な勝算はあるぞ」

「適当な、じゃなくてですか?」

「まぁ、否定はしない」


軽口を叩きながらも王子はユイオンを山の裏側へ誘導した。

裏側の麓にはよく見ればぽっかりと穴が空いている。


「あそこだ」

「え?あの中へ入るんですか?」


ユイオンはよたよたしながらもその洞窟を目指した。

オディとミランも私たちの後をついてくる。

中に入ると次第に視界が悪くなった。


「暗いですね」

「すぐに明るくなる。この先がドラゴンの憩いの場だ」

「憩いの場…」


目を凝らしていると進行方向からエメラルドグリーンの光が差してきた。


「う、わあぁぁ!!」


視界が開けて感嘆した事は何度もあるが、ここはその中でも一際美しい場所だった。

天井から真っ直ぐ降り注ぐ光が泉に反射し、だだっ広い洞窟内全てをエメラルドに染めている。

あちこちでは天然の水晶が剥き出しになり、更に輝きは増していた。

それなのにちっとも眩しくはなく、むしろその光は優しい。

泉の周りにはドラゴンが寝そべり、まさにそこは憩いの場といった眺めだった。


「綺麗…」

「俺も初めて来た時は言葉を失ったな」


オルフェ王子は懐かしそうに目を細めた。

ユイオンは自分で場所を選ぶと泉のそばに着地した。

そのすぐ隣にミランが並ぶ。

私たちはユイオンの休憩の邪魔にならないようにそっと背から降りた。


「ここは天と地両方からドラゴンの力に必要なエネルギーが吸収できる恵みの場だそうだ。傷ついたドラゴンは必ずここへ来る」

「だからユイオンを連れて来たんですね」


オディはミランから滑り降りて来ると王子にしがみついた。


「おにいさん!!」


その手はぶるぶると震えている。

無理もない。

私ですらあんなに怖かったんだから、オディは一人で心細かっただろうな。


「オディ、大丈夫?」


私が頭を撫でながら言うとオディは興奮しきった顔を上げた。


「おにいさん!!すごいよ!!ここすごい!!すごいすごい!!」


王子は苦笑しながらオディを離した。


「騒ぐと怒られるぞ。ここはドラゴンの病院みたいなものだからな」

「うん!!ねぇ、あちこち見てきていい!?」

「無闇にドラゴンには近づくなよ」

「わかってる!!」


オディは本当に一人でうきうきと行ってしまった。


「あの…行かせてよかったんですか?」

「心配ない。オディも話しかけていいのと悪いのくらい判断できるだろう」


いや、心配の次元が違うぞ。

やっぱりドラゴンの管理者ってメンタルが普通じゃないのか。

オルフェ王子は私の手を取った。


「俺たちもこの奥で少し休もう」

「泉の奥ですか?何があるんですか?」

「特にここと変わりはしないが、狭くなっているからドラゴンが入れない」

「なるほど…」


私は王子に連れられるまま歩いた。

辿り着いた先には王子が言う通り一匹もドラゴンはいない。

王子はサラサラと流れる水を跨ぎ、壁際に腰かけた。

となると私も自然とその隣に座ることになる。

そこは不思議とほんわりと温かかった。


「あ、オディここって分かるかな?」

「オディもしばらくは帰ってこないだろうな」

「え?」

「俺は初めて来た時三日はうろうろしていたぞ」

「三日もですか!?」

「ここは不思議と飢えもないからな。気がつけば三日経ってた。ユイオンが癒えるのも少し時間がかかるだろうが、ここなら問題ない」


…。

…ということは。

しばらく王子と二人だけ?


私は急に意識すると固まった。

今までだってずっと二人でいたはずなのに、それとは何かが違う。

ここは全てから隔離された本当に二人だけの空間だ。

私はぎこちなく膝を抱えたが、オルフェ王子が肩にもたれかかってきたものだから体が更にびくりと強張った。

王子は喉で笑った。


「心配せずともこんな所で手を出したりしないぞ」

「だ、だって王子には色々前科があるじゃないですか」

「名前」

「う…」

「レイの時もそうだが、ミリは一度ついた呼び癖は中々抜けないんだな」

「だ、だって…」


オルフェ王子は疲れたように目を閉じた。


「ミリがそばにいると落ち着くな」

「…」


こんなオルフェ王子は珍しい。

私は困惑しながらも王子の黒髪に触れてみた。

その感触は茶金の時と同じで柔らかい。


「オルフェ王子も、実はまだ体が回復しきってないんじゃないですか?」

「…」

「王子…。極限まで働いて急に死ぬタイプですね?」

「勝手に殺すな」

「痩せ我慢は体に毒なんですよ?本音を隠さないでって言ったじゃないですか」


王子は薄っすら目を開くと体をずらして私の膝に頭を乗せた。


「あの…」


ね、寝る気か?

ここで寝るつもりなのか!?

こんなふっくらともしていない膝枕で寝て心地いいものなのか!?

私の思いなど知る由もなく、王子は再び目を閉じた。


「ミリ」

「は、はい…?」

「俺はミリが欲しい」

「は…」

「俺の本音は…それだけだ」

「…」


王子はそれ以上は何も言わなかった。

私が呆然としている間に静かな寝息が聞こえてくる。


「…王子?」

「…」

「本当に寝ちゃったんですか?」

「…」


呼んでも反応はない。

私はもう一度王子の黒髪を撫でた。

サラサラと流れる水の音だけが癒しの空間に優しく響く。

私は髪を撫でながら目元を拭った。


「王子…」


ぽろぽろと瞳から雫が溢れ出す。


「私…黒魔女なんです」


ぬぐいきれなかった涙が、エメラルドの光を反射しながらぽとりとオルフェ王子の髪に落ちた。


「黒魔女、なんですよ」


私の噛み殺した嗚咽は優しい光がそっと包み込んで静かに消した。

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