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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
ミリとオルフェ
155/277

オルフェ王子の事情

引き摺り込まれた先は、クレレントの時と同じ作り物の宇宙のような空間だった。

二度目ともなると少しだけ余裕が出るもので、私は不思議な眺めをゆっくりと見回した。


私の肩を抱く王子の手に力が入ったので顔を上げたが、その瞬間本気で息が止まった。

黒髪の王子が、一瞬ルシフに見えたからだ。


ルシフ…。

その存在を思い出すだけで私の心が重くなる。

そうだよ。

どれだけオルフェ王子が好きだとしても、その先に未来なんてない。

そんなこと、分かっているはずなのに…。


私が不安そうな顔になったからか、王子は私を引き寄せると長い腕ですっぽり包み込んだ。

とくとくと、命の音が聞こえる。

私は目を閉じると考えることをやめてその音にだけ耳を傾けていた。


不意に体が引かれる感覚がしたかと思うと、突如地上に押し上げられた。

油断していた私はまた呼吸のタイミングを逃し盛大にむせた。


「うえっほっ!!げっほ!!ごほっ!!」

「大丈夫か、ミリ」

「だ、いじょっ…がはっ!!」


王子に背をさすられながらも辺りを見回すと、そこは木の香りが漂う小洒落たコテージだった。

老婆はゆったりとしたソファを指差した。


「そこでゆっくりしてなさい。温かい飲み物でも用意してくるでの」


王子は私を横抱きにするとソファまで歩き腰掛けた。

そのまま下ろしてくれれば問題ないのだが、膝の上に座らされたままだ。


「あ、あの…もう落ち着きましたから。っていうかむせてただけですし」

「そうだな」

「そうだなって…。あのですね、言っておきますけどもう私に姫扱いする必要はないんですよ?」

「姫扱いじゃない」

「へ?だって…」

「女扱いだ」

「ぐっ…」


女扱いだってさ。

流石に慣れてらっしゃることで。

王子は私の機嫌を敏感に察知すると鼻先をつまんできた。


「何故そこで怒る」

「…おこってまひぇん」

「怒ってる」


私は王子の手をはたき落とすとぷいと顔を背けた。


「怒ってるんじゃないんです。ただ私は王子と違ってそういうのに慣れてないんです」

「…お前な」


王子は私を抱え直すと正面を向かせた。


「いい加減人を色魔扱いするのをやめろ」

「違うんですか??」


素で聞き返すと王子は眉を寄せた。


「分かった。ミリは俺に側室が何人もいたことが気に入らないんだな」

「えっ、いや、別にそういうわけでは…」

「じゃあどういうわけだ?」

「む…」


分からん。

分からんけどもやもやするんだってば。

王子は頭に恋愛初心者マークを貼り付けた私をあやすように言った。


「俺が自ら望んだ女はミリ一人だ」

「…」

「王子としての肩書きは失うだろうが、その分お前だけを愛していられる。それじゃあ不満か」

「…。あい…」


あい。

アイ。

あい??


私は何度目かの硬直に陥った。

頭を回る文字がやっと愛なのだと変換された途端真っ赤になる。


「…、…、お、お、オルフェさん」

「なんだ」

「もう、もう少し手加減してください…。なんかさっきから死にそうなんですけど」

「少しは俺を信じる気になったか?」

「わ、分かりました。信じますから…」


オルフェ王子は満足そうに私を抱きしめた。

その手つきも触れ方も愛おしいと言われているみたいで、私はやっぱり固まっていた。

そうこうしているとお茶の用意を整えた老婆が戻って来た。


「これこれオルフェ。そういう事は夜まで待ちなされ」

「やっと捕まえたんだ。少しくらい大目に見ろ」

「ほっ。ちょっとは大人になったかと思ったのにやはりオルフェはオルフェじゃの」


私は王子から降りるとお茶を淹れる手伝いをした。


「あの…。お婆さんは昔のオルフェ王子をどうしてご存知なんですか?」

「どうしてもこうしても、オルフェは五歳までここに住んでおったからな。何度注意しても雪オオカミと戯れて遊ぶようなやんちゃ坊主だったぞえ」

「えっ!?ここって…ここですか!?」


私が驚いて振り返ると王子はあっさりと頷いた。


「俺の母は北国レメカ出身だという事になっているが、正式にはアルゼラ八地域のうちの一つ、レメカ出身だ」

「えぇ!?」


オルフェ王子のお母さんがアルゼラの民!?

え、待て待て!!

色々なことが疑問だらけなんだけど!?

王子はいれたてのお茶に口をつけると、私に分かりやすいように話した。


「スアリザでは正妃を正式に二回迎えている。一人目は大国モゼの第一王女、ルウナ。これは長兄セシルと次兄ブレンの母親だ」


セシル王子。

確かオルフェ王子が一歩引きながら立てている兄だな。

そしてブレン王子はあの野望も丸出しでサクラを奪おうとした人だ。


「スアリザでは建国当時より第一子が王位を継ぐ決まりがある。これは異常なまでに固執されたしきたりの一つなのだが、時代がそうさせたのかブレンに王位継承権を持たせようとする声が一時高まった」

「それは…何か理由があるのですか?」

「ある。簡単に言えばセシルよりブレンの方が王の資質を持っているからだ」

「王の資質?」

「ブレンは十代にして既に鬼才を放っていた。人一倍文武に優れ、人望もある。何より人をまとめるのに必要なカリスマ性が備わっていた」

「えー…」


嘘だ。

とても信じられない。

私が見たブレン王子の印象なんてただただ力に固執し、王座を狙うだけの人だ。


「王や古参派はガンとしてそれを跳ねつけていたが、今のスアリザは官僚のトップである宰相や力のある武官など発言権を持つ者を無視できない体制だ。結果としてセシル王子派とブレン王子派で派閥争いが起きた」

「うわぁ…」


やっぱ嫌いだな、こういうの。

久々に王宮内部の黒さを思い出したぞ。


「結局王はブレン派を抑えきれずに、王位を継がせるのは俺を含め三王子の今後の活躍や実績を見て決めると宣言し、その場を宥めた」

「でもそれってただの問題の先送りですよね?」

「今は解決出来なくとも世情が変われば自然と決まることもある。そう辛くつついてやるな」

「う…はい」


そうか。

なかなか難しいもんなんだな。


「それにしてもオルフェ王子の立ち位置がいまいちよく分からないんですが…」

「王妃はブレンを生んだ時に感染症にかかり亡くなったそうだ。その数年後に迎え入れられたのが俺の母だ」

「うーん…王子にこう言っちゃなんですが、もう二人も正式な王子がいるのに新しい王妃を迎えるのはかえってややこしかったんじゃないですか?」

「前王妃は国王としてだが、俺の母ソニアは父が自ら愛し迎えたそうだ」


私ははっとした。

そして自分の言ったことを恥じた。


「ご、ごめんなさい」

「別に謝ることはない。俺もつい最近まではどれだけ愛していようと母は側室に止めるべきだったと常々思っていたからな」

「最近までは?」

「俺にもやっと今その思いが少しは分かるようになった。愛する者は一番側に置いておきたいものだな」


意味深に見つめられて私の顔に再び血が上った。

王子は何事もなかったかのように続けた。


「二人は揉め事を避けるために子どもを作る気は無かったそうだが、母は結局懐妊した。しかも周りが危惧した通り男児の誕生だ」

「それがオルフェ王子ですね」

「王宮の争いに巻き込まれることを懸念していた母は父の反対を押し切り、生まれたばかりの俺を連れてアルゼラへ里帰りすることにした。

産後の体で俺を連れてここまで来たのだからな。死ぬほど辛かったと言っていたが、それでもスアリザにいるよりはましだったのだろう」


私は思わず王子の腕を掴んだ。

何だか王子の物言いが自分で自分を否定しているように聞こえたからだ。

黙って焼き菓子を並べていた老婆がふと顔を上げた。


「ちょうど皆来たようじゃの。オルフェ、扉を開けて来ておくれ」


王子は素直に立ち上がると玄関へ向かった。

老婆は私が一人になると声を落として言った。


「おじょうさん」

「…はい」

「オルフェのそばにいるのは容易な事ではないじゃろうが、どうかあの子を一人にせんでやっとくれ」

「…は、はい」


私は俯きながら小さく返事をした。

そばに、いられるのだろうか。

だって私は…。

ぎゅっと手を握っていると、玄関先からどやどやと賑やな足音と聞き覚えのある声が近付いてきた。

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