表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
ミリとオルフェ
154/277

言えない二文字

私たちは雪の降る白い世界をのんびりと散歩していた。

子どものように泣いてしまったことは恥ずかしかったが、繋いだ手の温かさが何だか嬉しい。

それにしても黒髪のオルフェ王子は見慣れないせいか別人みたいだ。

さっき気付いたが瞳の色も違う。

いつもは翡翠色なのに、今はブラウンにゴールドが混ざったアンバーだ。

私がまじまじ見ていると王子が振り返った。


「…ミリ?」

「あ、いえ、その。髪もですが、目の色も違うなって…」

「あぁ、これか。俺も驚いたな」

「あの、王子はどうして…」


なぜそんな姿なのか聞こうとしたが、オルフェ王子は高台まで来ると真っ白な平原の先を指差した。


「あそこの先に少しだけ見える岩があるだろう?」

「え?あれですか?」

「そうだ。あの向こうには昔、雪オオカミがいた」

「へ?」


雪オオカミ…。


「それからこっちに見える雪山の向こうにはドラゴンの繁殖地がある」

「お、王子??」


だから、どうして王子がそんな事を…。

疑問符だらけになっていると、オルフェ王子はふっと笑みを浮かべた。


「ミリ、俺はもう王子じゃない」

「えっ」

「俺のことは名で呼べ」

「名で…」


いやいや。

いやいやいや、今更無理だって。

私は心底困ってしまったが王子は完全に待ちの姿勢だ。


「お、おるっ、オルフェ…、…王子」

「今までと変わってないぞ」

「…。オルフェ…さん」

「よそよそしいな」

「えーと…」


もごもご言っていると王子は楽しそうに笑った。


「そんなに難しいか?」

「…はい」


私が真っ赤になると、王子は頬にキスをしてきた。

それからこめかみ、瞼、おでこへと続く。

私は耐えきれずに叫んだ。


「ちょ!!王子!!い、犬じゃないんですから!!」

「ちゃんと呼べたらやめる」

「えぇ!?」


私はじゃれる王子を押しのけながら速攻言った。


「オルフェオルフェオルフェ!!」

「…。早口言葉じゃないんだぞ」

「言いましたよ!?ほら!!言いましたから!!」


王子を名前で呼び捨てにするなんて違和感しかないじゃないか。

人の呼び方を途中で変えるのって案外難しいんだな。

オルフェ王子は約束通り私を一度離したが、今度は急に抱き上げた。


「うわっ、ちょっと!?な、何やってるんですか!?」

「軽いな」

「へ!?」

「このまま力を入れれば雪みたいに消えてしまいそうだ」

「いや、さすがにそれは…」


私は慣れなさすぎるスキンシップにどぎまぎした。


「あの、おろしてください…」

「嫌だ」

「嫌って…」

「俺はまだミリの言葉を聞いていない」

「へ??」


私はぎくりとした。

私の頭に薄く積もる雪を払いながら、王子は長い黒髪の先に口付けた。


「俺はミリが好きだ」

「…」

「ミリは?」


…えと。


二文字。

そうそう、たった二文字じゃないか。

今王子がさらっと言った二文字をおうむ返しするんだ。

ほら早く。


「…、…、…」


あ、あれ…。

声が出ない。

何故!?

すきすきすきすきすきすき!!ほら!!

心の中では何回でも言えるんだから!!

いや、でも今更言う必要なんてあるのか!?

だって普通好きでもない人を命がけで助けに行く!?

あ、さっき王子が言ってた仮説ってそういうことか!!

そうだよ、その仮説通り私はオルフェ王子のことが好きなんですよ!!

好きだから必死だったんですよ!!

それでもういいでしょうに!!


荒れ狂う心の中とは裏腹に私は全身真っ赤になったまま硬直していた。

なにか、何か言わないと。


「…き」

「ん?」

「き、らいでは、ない…」


絞り出した言葉は、何の可愛げのないものだった。

私は自分自身にがっかりした。

こんなもんなのよ、私なんて。

身を縮めて待っていたが王子から反応はない。


あれ?

もしかして聞こえなかった??


そっと見上げると、王子の悪戯っぽい笑みが目に入った。

私は瞬時に身悶えた。


うわあぁぁああぁあぁ!!

死ぬ!!

なんだか死ぬほど恥ずかしい!!

何だこれ!?

何だこれ!?

その全部見透かして楽しんでますみたいな余裕の笑みをやめてくれ!!


頭を抱え込んでいると王子の笑い声がした。


「わ、笑わないでくださいよ!!」

「悪い。ミリがあまりにも可愛いかったからな」

「や、やめてぇえぇ!!」


私は顔から火が出る思いで叫び悶えた。

雪は相変わらずしんしんと私たちに降り注ぐ。

物静かな風景だったが、突然私たちの目の前の雪が舞い上がった。

この現象は前に見たものと同じだ。

思った通り、雪の中からは人が現れた。


「あ、鏡のお婆さんとメウさん!!」


姿を現したのは王子の危機を教えてくれた老婆と黒魔女のメウだった。


「無事だったみたいだね、おじょうさん」

「はい!!あの…お二人ともあの時はどうもありがとうございました!!」

「いいんじゃよ。それより…」


老婆は曲がった腰を出来るだけ伸ばして長身の王子を見上げた。


「まさかその子が助けて来たのがお前さんだったとはな」


オルフェ王子は老婆に丁寧に頭を下げた。


「お久しぶりです」

「随分大きゅうなったな、オルフェ。あん頃はこの辺に頭があったのにな」


老婆は自分の目線の先に手を当てた。

私は二人のやりとりに目をまん丸にした。


え…何??どういうこと??

二人は知り合い…?

メウは沈痛な顔で王子を見つめた。


「ソニア様は…お亡くなりになったと聞いた」


王子は黙って頷いた。

メウは押し殺した怒りを瞳に込めた。


「…やはり、行かせるべきではなかった」

「母は病に倒れた」

「お前はそれを信じておるのか?」

「…」

「スアリザ王め…散々守ると豪語しておきながらこのザマだ」


メウの周りで風が不穏にざわめいた。

私の背筋にも何か寒いものが突き抜けた気がした。


「メウ、静まりなされ」


老婆はメウを宥めてから私たちに向き直った。


「二人とも、ここはユラ王の目もある。婆の家に寄りなされ。見たところあんた達も互いに積もる話があるようだしの」

「え…」


私が返事をする前に周りの雪が一斉に舞い上がった。

これは…また変な空間に行かされるのか!?

私は反射的に王子にしがみついた。

その瞬間、予想通り私たちは地面の中へと引きずりこまれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ