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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
黒姫
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イザベラ姫の侍女

後宮。

それは王族だけが持つことを許される側室たちの住処。

その美しさを見初められ迎え入れられた女性や、友好の証に国から差し出された姫君が、王子の寵愛を静かに競い合いながら生活をしている場。


つまり、なんていうかさ…ほら。

いわゆる恐い恐いと噂の女の園ってやつじゃない?

それなりに覚悟はしてきたよ。

してきたけれど、私を迎え入れる為に出てきた姫君たちの視線はそれはそれはシビアなものだった。


「アイシャさぁん…」

「イザベラ様。後ろに隠れていないでちゃんと歩いてください」


だって恐いんだもん。

針の筵ってこういうことをいうのか…。


さっさと当てがわれた部屋に入り引き篭りたいところだったが、その進路に一際豪奢なドレスの姫が立ち塞がった。

後ろにはぞろぞろと十人近く侍女を従えている。


「お会いできて光栄ですわ、黒姫様」


優雅に微笑みながら一礼をしてくる。

私が固まっているとアイシャさんがそっと耳打ちをした。


「ユステルア王国の姫君、フリンナ様です」


ゆ、ユステルア…!?

五本の指に入る大国じゃないか!!


私は内面でだらだらと冷や汗をかきながら、とりあえず無言のまま頭を下げた。


「まぁ…」


姫と侍女たちはこれみよがしにくすくすと笑った。


「どうりでサロンにお顔を出せないはずですわ。黒姫様はお話することが苦手ですのね」


フリンナ姫だけでなく周りの姫たちからもくすくすと笑い声が聞こえる。


か、帰りたい…。


アイシャさんはいつものようにきりりと背を伸ばした。


「フリンナ様。イザベラ様はまだ慣れてらっしゃらないのでございます」

「まぁ。でもわたくし、黒姫様がどのようにオルフェ様のお気に召したのか是非ともお聞きしたいですわ。明日のサロンは参加して頂けるのでしょう?」


え…。

明日のサロン…?

聞いてない聞いてない!!


私は完全に真っ白になったが、アイシャさんは当り前のように頷いた。


「もちろんでございます。ですが明日はアリス姫のサロンです。あまり浮かれた話はお慎みくださいませ」


フリンナ姫と侍女たちは楽しそうにくすくすと笑いながら去って行った。


「さぁイザベラ様、お部屋に参りますよ」

「ちょっ、ちょっと待ってくださいアイシャさん…!さっきのは…」


声を潜めながら言ったが、アイシャさんはさっさと歩き始めた。


「貴方は今最もオルフェ王子の寵愛を受けている姫君なのです。もっと堂々とお顔を上げてください」


受けてない受けてない。

多分この中で一番受けてない。


「サロンなんて、無理です…」


アイシャさんは辿り着いた部屋の扉を開くとしょぼくれた私に微笑みかけた。


「さぁ、ここがイザベラ様のお部屋です。中へどうぞ」

「…」


言われるままに入ると、適度な広さと豪華すぎない部屋に迎え入れられた。


「もっと姫様らしい部屋もあるのですが、オルフェ王子がこの部屋の方がイザベラ様が落ち着くと申しまして」

「王子が…」


確かにキラキラした部屋なんかよりこのシンプルな部屋の方が断然気が楽だ。

部屋の奥には私の部屋にあった物が置かれていた。

沢山の黒いドレスや身の回りの物に混ざって、布を被せられたサクラの籠もある。


よかった。

サクラもちゃんとここに運ばれたんだ。

とりあえずほっとしていると扉が控えめにコンコンと音を立てた。

アイシャさんがすぐに反応して対応をする。

何やら話をしていたかと思うとアイシャさんは一人の少女を部屋の中へ通した。


「イザベラ様、後宮にいる間はこの者がイザベラ様の侍女としてお側に仕えます」


目の前に立ったのは、女官服をきちんと着こなし茶色い髪を三つ編みで結い上げた素朴な感じの少女だ。

明らかに私より小さなその子は礼儀正しくぺこりと頭を下げた。


「シュガー・レイと申します」

「本来ならもっと経験豊富な女官をお付けするべきだったのですが…。こちらも王子の言いつけなので仕方ありません」


レイは背を伸ばしてアイシャさんに笑顔を見せた。


「女官長、わたくし、誠心誠意イザベラ様に仕えさせていただきます」


酸いも甘いも知らない純真な笑顔に、アイシャさんは苦笑した。


「…まぁ、イザベラ様にはベテランでも価値観の凝り固まった女官より、真っ新なレイの方が合うのかもしれませんね」


なんとも言えないでいると、アイシャさんはさっさと身を翻した。


「それでは私は失礼します。レイ、イザベラ様をよろしく頼みますよ」

「はい!!」


レイが元気に返事をすると、アイシャさんは私に一礼してから部屋を出て行った。

残された私は呆然とレイを見た。


…侍女。

ということはずっと私の側にいるんだよね?

じゃあサクラはどうすれば…。


「イザベラ様、まずはお荷物を片付けてしまいましょう」

「…」

「イザベラ様?」


どうするべきなのか分からずに固まっていると、にこにこしていたレイの顔が急にがらりと変わった。


「聞こえないのかイザベラ。返事くらいしろっ」

「えっ」

「お前の世話係なんか押し付けられてこっちはいい迷惑なんだ。王子の命令だから仕方なく来ただけだからな」

「れ、レイ…!?」


レイは舌打ちをするとずかずかとサクラの籠を鷲掴みした。

そのまま止める間もなく掛けられていた布をひっぺがえす。


「これがサクラか。ふんっ、トカゲと変わらないな」


蓋を開けるとレイは籠から乱暴にサクラを取り出した。


「や、やめて!!」


私はさすがに呆けてられずに勢いよくレイに飛びついた。

だがレイはするりとそれを躱し右手一本で私を受け止めた。

小さいのに信じられない力だ。


「れ、レイ!?あなた一体何なの!?」


飛び離れながら言うと、レイは不敵な笑みを浮かべた。


「…何でもいいだろ?どうせ三日経てば俺はお前の前から消えるんだから」


その話し方も立ち振る舞いも、とても少女のものには見えない。


「レイ…あなたまさか、男の子…?」


レイは口の端を少し上げた。


「とにかく、俺はお前のことは全てオルフェ様から聞いている。下手な隠し事はいいからお前はただ大人しくこの三日を過ごせ。いいな?」


うっ…なんて高圧的で上から目線なんだ。

王子は王子で問題ありな人だが、レイはレイでこれまた癖があるというか…。

素直に頷けないでいるとレイはキーキー鳴くサクラの羽を掴んで宙吊りにした。


「や、やめて!!分かったから!!分かったからサクラを離して!!」


レイは冷たく笑うとサクラを手から解放した。


「サクラ!!」


サクラは私が伸ばした手に急いで滑り込んできた。

レイが何者かなんて全く分からないが、これ以上余計なことを聞いたらまたサクラがいじめられそうだ。

こんなのと三日も過ごすのかと恐る恐る振り返ると、レイは最初に見たときのようににっこりと微笑みかけてきた。


「それではイザベラ様。わたくしお荷物の整理から始めますね」

「へ…」


さっきまでのことなどなかったかのようにレイはさっさと私の世話を焼き始めた。


「れ、レイ…」

「はい、何でしょう。喉でも乾きましたか?」


にこにこ、にこにこ。

その純真を取り繕う笑顔がまた恐い…。


私は引きつった顔のまま首を振ると、サクラを連れてふらふらと一人奥の寝台へと転がった。

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