ミリの決意
私は混乱のあまりその場にへたり込んでしまった。
レイが、オルフェ王子を殺そうとしてる??
そんなバカな。
いや、それだけはない。
ないない。
絶対ない。
だって、オルフェ王子もレイだけは信頼してるって言ってたし。
だから、絶対に…
「みぃ…」
オディはしゃがみこむと心配そうに私の肩に手を置いた。
熊のような大男も何か言おうとしたが、その時何処からか不吉な声が空に響いた。
「ユイオン!?こりゃまたえらくご立腹だな。オディ、森でなんかあったのか?」
オディはこくこくと頷いた。
「ユイオンが森からでたがってるの」
「何!?何でまた!?」
「わかんない。でもだれかをむかえに行きたがってる」
「はぁ!?そんなこと今まで一度もなかっただろ!?」
「うん。だからママが、ちょうさたいに言うって…」
大男は難しい顔で唸ったが、私はそのユイオンとかいうものより別のところに意識が引っかかった。
迎えに行きたがっている…。
そうだ。
そうだよ。
まだオルフェ王子には何も起こってないんだ。
もしその前に私が迎えに行くことが出来たら…?
大男たちは何やら相談をしていたようだが、私は構わず割って入った。
「あの!!つかぬ事をお聞き致しますが!!」
皆は急に立ち上がった私を振り返った。
「アルゼラからパッセロまでって遠いですか!?えと、どうやったら行けますか!?」
蛇を巻いた女がすぐに反応した。
「パッセロ王国?まぁ地図上で見れば近いよ。ただ行くとなれば話は別。このアルゼラから勝手に外へ出るのは相当難易度が高いのよ」
「え!?やっぱりアルゼラでも通行手形とかがいるんですか!?」
大男は呆れて言った。
「そんなもんじゃないぞ。お前何も知らないのか?」
「はい。アルゼラに来たのもついさっきみたいなものなので」
「何?」
「何でもいいのでパッセロへの行き方を教えてください!!」
必死な私に、老婆はしたり顔になった。
「想い人を救いに行きたいのじゃな」
「は、はい」
何だか素直に頷くにはまだ抵抗があったが、ここで恥ずかしがっている場合ではない。
私は懸命に訴えた。
「その…、えと、でもそれだけじゃなくて、さっき鏡に映った元凶と言われた人も、私の最も信頼する人だったんです!!だから私、自分の目で確かめたいっていうのもあって…!!」
老婆は目を細めた。
「では行きなされ。お前さんの周りで騒いでるものもそれを望んでおる」
誰が騒いでいるのか知らないが私は何度も頷いた。
だが話を聞いていた蛇女は気の毒そうに口を挟んだ。
「ばっちゃん。簡単に言うけどユラ王の目をかいくぐってアルゼラを出るなんて出来るわけないよ」
「そうだぜ。何か余程の騒ぎが起きない限り無理だぜ」
大男もすぐに同調した。
「大体お嬢ちゃん一人がその男の所へ行ったところで何が変わる?やめとけやめとけ。下手すりゃあんたも殺されるかもしれないぞ」
「それでもいいです」
「…なに?」
私は微塵の迷いもなく言い返した。
「例え助けることが出来なくても、私が危ない目に遭っても、ここでただ手をこまねいているより百倍マシですから」
「お前…」
「私は黒魔女です。どうせ先は長くないんです。ですからそれまでは自分の選んだ道を生きます」
大男は愕然とした。
気味の悪いものでも見る目でまじまじと私を見ると二つに割れた顎をさすった。
「お嬢ちゃん。黒魔女ってのは、嘘だろ?」
「は?」
「こんな黒魔女なんて見たことも聞いたこともない。なぁ、そうだろメウ、お前ですら大概変わり者なのによぉ」
話をふられ、ずっと黙っていたフードをかぶった少女は顔をしかめた。
「相変わらずお喋りな奴だね」
少女は冷たい声で言うと私を見つめた。
顔の右半分は闇のように暗く目だけが金色に光っている。
その目で見られるだけで何だか背中が寒くなりそうだ。
「あの…」
「あんた、その男助けてどうするつもりなの?」
「え?」
「黒魔女の運命は変えられない。あんたもいずれはこうして闇に染まるんだ」
私ははっと息を飲んだ。
目の前の少女を食い入るように見ていると、蛇女が言った。
「この子はメウ。御察しの通りあんたのお仲間さ。ただしちょっと普通の黒魔女とは違うけどね」
黒魔女…。
私以外の、黒魔女…。
本当にいたんだ。
私が固まっているとメウは冷たく笑った。
「その男を助けに行くことはあんた自身を苦しめる。それでも行くのかい?」
メウの言うことは決してただの脅しではないのだろう。
それでも私に思いとどまるという選択肢はなかった。
「行きます」
「運命に逆らうの?」
「はい」
その時はその時だ。
怖気付いてちゃ何にもできない。
私はメウとしばらく睨み合っていた。
周りの方がおろおろと私たちを伺っている。
メウはため息をつくとふっと笑みを浮かべた。
「分かった。あたしがあんたをアルゼラから押し出してあげるよ」
「メウ!?」
叫んだのは大男だ。
「冗談だろ!?だってお前…そんなことしたら!!」
「うるさいね。外野は黙ってな」
メウは何もない空間に人差し指で線を描いた。
するとその線に沿って木の杖が現れた。
「アルゼラを出られるかはあんたの運と力次第だ。死んでも文句は受け付けないよ」
「は、はい!!ありがとう!!」
「礼はまだ早い。あんたはこれからユラ王の追っ手から逃げなきゃならないからね」
メウは手にした杖を一振りした。
「チャンスは一度きりだ。行ってきな」
「みぃ!!」
オディが叫ぶ声がメウの声に重なる。
それを最後に私の視界は反転し、一気におかしな空間へと引きずりこまれた。