恐怖のトンネル
その洞窟はどこまでも長く、深く地下へと続いていた。
私は走ったり歩いたりを繰り返しながらもう何時間も進み続けていた。
…魔法って、ステキ。
ほら、明かりもないのに何故だか岩だらけの周りが見えちゃう。
どれだけ歩いて地下に潜っても、ずっと岩だらけの周りが見えちゃうの。
「うふふ。なんて便利なの?もしかしてこのままアルゼラに着くまで何ヶ月もこの岩しか見えない洞窟をたった一人で歩き続けるのかしら?」
私はさっきからへらへらしながらずっと大きな声で独り言を言いまくっていた。
時間感覚などとっくになく、出口まで後どれくらいなのかの検討もつかない。
とにかく見えるのは果てしなく続く辛気臭い岩岩岩岩…。
なにこれ、地獄に続いてるのか?
我に返り、ぴたりと足を止めると途端に耳が壊れそうな静けさに襲われた。
「…」
私は頭を抱えると我慢できずに大声を出した。
「う…うぅおかぁざあぁあぁぁん!!」
わんわんと洞窟内に私の声が響き渡る。
私は狂ったように走り出した。
「もぅやだぁ!!本当にこれアルゼラへ行けるの!?あの人絶対信用出来なさそうだったよね!?
いくらなんでもこんな所で飢え苦しんで死ぬのは嫌だ嫌だ嫌だぁあぁああぁ!!」
私はまるで地下に生き埋めにされたかのような恐怖に襲われた。
「ここで死ぬなら物分かりのいいふりなんかしないで最後までオルフェ王子の側にいればよかったぁ!!黒魔女!?身分差!?偽物の姿!?知るか馬鹿あぁ!!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!死んだら皆ただの死体じゃないかぁ!!王子ぃいーー!!」
発狂とは正にこの事だ。
私は撒き散らしながら走り続けた。
やがて限界が近付くとふらふらと走る速度を緩め、私は子どもみたいにぐしぐしと泣いた。
「うぅ…たすけて王子。レイ、ネイカ…」
最後に飛行船から見たオルフェ王子の顔がふと浮かぶ。
王子はあの時、何を私に伝えようと思っていたのだろうか。
こんな事ならやっぱり王子と最後にちゃんと話をすればよかった。
好きだと、言えばよかった。
真っ白になった頭の中に残ったのは後悔の二文字。
無になった私はとぼとぼと足だけを動かしていた。
このまま力尽きると本気で思った時、体全体に何かを通り抜けた感覚がした。
「え…なに?」
振り返ったが特に洞窟内に変わった様子はない。
思考能力が麻痺した私はまた前を向くととぼとぼ歩いた。
すると今までずっと薄暗かった洞窟の先に光が見え始めた。
「…で、ぐち?」
間の抜けた顔でただそれを見ていると、そこからサクラの声がまた聞こえた。
「サクラ…!!」
私の意識は急に覚醒した。
やっぱりサクラがいる!!
っていうか出口!!出口だ!!
私は最後の力を振り絞って足を動かした。
よろけては岩に何度もぶつかったが、目の前の光が希望にしか見えない。
「サクラ…サクラ!!」
懸命に走りついに洞窟を出ると、景色が一気に開かれた。
「う、うわぁ!!」
目の前に広がったのは雪をかぶった壮大な森だった。
森の周りは荒々しい岩山が囲み、あちこちから水しぶきを上げては滝を噴き出している。
息を呑むほど美しい景色だが、何よりも驚いたのは空に何匹もの巨大なドラゴンが飛び回っていることだ。
…すごい。
私はその場にへたり込んだ。
そして今自分がいる場所にやっと気付いた。
「崖の途中…」
しかもかなりの高さ。
落ちたら絶対に死ぬやつだ。
おかしなもので、生き埋めの恐怖から解放された私はここならばいいかと何故かほっとした。
気が抜けるともう座ってさえいられない。
そのまま横になり目を閉じると、階段を二段飛ばしで下りるように意識が遠のいた。
最後にドラゴンの叫ぶような声と風を切る羽音が近づいてきた気がしたが、私は目を開くことも出来ずに暗闇に落ちた。