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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
アルゼラへ
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霧の中の家

深夜。

私は一人で路上を歩いていた。

私が出て行くと告げるとパビス家の人たちは安堵の顔を見せたが、寒くないようにと沢山着込ませてくれた。

私は周りに人気がなくなったことを確認するとサクラを呼び寄せた。

こっちが呼ぶまでは決して姿を見せない完璧な躾をされたサクラは、程なくして月明かりの中から現れた。


「サクラ、こっち」


私が両手を伸ばすとサクラは嬉しそうに旋回してから腕の中に飛び込んできた。


「っとと、夜の方が何だか元気だねサクラ。ドラゴンって夜行性なのかな??」


サクラは少しだけ魔力を吸い上げると羽を広げ、緩やかに飛び私についてきた。

その姿は何だかもう立派なドラゴンだ。


サクラ…。

ちょっと前まで赤ちゃんだったのに随分逞しくなったな。

今なら自然に返すのもきっと丁度いい。

頭ではそう思うも何だか胸は切なくなる。

私は落ち込んでしまう前に顔を上げた。


「だめだめ。まだしっかりしないと!」


ポケットからコンパスを取り出すと方向を確認する。

針は北東を指したままピクリとも動かない。

建物を迂回しながらとりあえずその先を目指して歩いていると、気がつけば辺りに霧が漂った。


「これじゃ道が見えにくいな…」


霧はあっという間に濃くなった。

ポツポツと浮かぶのはぼやけた街灯の灯りくらいだ。

身動きができなくなり困っていると、その灯りが突然ゆらゆらと揺れだした。


「ん…?あれ??」


錯覚かと目をこすったがやはり灯りは揺れながら動いている。

唖然としているとそれはコンパスの指す北東へと一斉に並んだ。

これは完全に私にこの先に進めと言っている。

怪しさしかないが、躊躇っている間にサクラが先にそっちへ飛び出した。


「あ、待ってサクラ!」


私はサクラを追いかけた。

仕方なく霧の中を走ることになったが、ふと不思議なことに気付いた。

さっきまであんなに何回も建物を迂回しながら歩いていたのに、霧の中は真っ直ぐ走っても何もない。

それに段差もひとつもない。

明らかにおかしな空間に入った気がするが、もう後に引けそうもない。

私は腹をくくりそのまま灯りの並びに沿って進んだ。


しばらくすると一つの小さな家が見えてきた。

こんなに視界は悪いのに赤い屋根とクリーム色の壁がやたらとはっきり見える。

サクラはうっすらと煙が立つその家の煙突にすっぽり入ってしまった。

私は家の前に辿り着くとコンパスを確認してみた。


うん。

間違いなくこの家を指してる。

それにしても絵本に出てきそうな可愛らしい家だ。

私はそっと木の扉をノックした。


「はいっといで」


聞こえたのは掠れた女の人の声。

私は扉を開いた。


「あの…こ、こんばんは…」


考えてみれば人を訪れるには随分不適切な時間である。

恐る恐る中を覗いてみると、壁一面に張り巡らされた本棚が目を引いた。

そしてひと時代前に流行った家具が立ち並んでいるのが見える。

暖炉の火は温かく音を立て、その前に大きな木の椅子とテーブルが置かれていた。

椅子に腰掛けていた人は後ろを向いたまま言った。


「早く扉を閉めとくれ。悪いものが入るからね」

「あ…は、はい」


私は慌てて扉を閉めた。

そして話しかけてきた人に近付いたが、その姿にぎくりとした。


歳は二十代後半くらいの女性。

だがその体は鈍色の鱗に覆われ、目は爬虫類のように瞳孔が縦に伸びていた。


「これはこれは、可愛らしい魔女の卵だこと。よくぞそんな寡少な魔力でここを見つけたものだね」


女は妖しく口角をつりあげた。


「おや…」


女が指でくいと招くと、私の体が女のところに勢いよく引き寄せられた。


「わわっ!!」


私は目の前に迫った人に、背中がひやりと冷えた。

女は目だけで笑うと私の頬を指先で撫でた。


「…なるほど。お前に取り憑いているのは朽ちかけた悪魔だね」

「え…」

「寿命なのか核に傷を負ったか…。お陰でお前はまだぴんぴんしてるというわけだ」


私は全く動けなかった。

よく分からないが本能的にこの人が怖い。

女は喉で笑うと煙草をふかし始めた。


「で、わざわざこんな所に何をしにきたんだい?」

「あ…」


そうだ。

早く目的を果たさないと。

私は干上がる喉から声を絞り出した。


「…あ、アルゼラに、いきたいんです」

「アルゼラに?」

「は…はい。その、行き方が分からなくて…」


女はおかしそうに笑い出した。


「こんな出来損ないは初めて見たね。お前の悪魔はお前をどう育てたのだ?」

「いえ、私を育ててくれたのは…えと、普通の人間の人です、はい」

「人間?」


女は笑いを収めると今度は侮蔑した眼差しで

見てきた。


「…なるほど、そういうことか」


…どういうことだ。

私が困惑していると女はすっかり興ざめして暖炉の隣にある扉を顎でしゃくった。


「そこから下へ降りて真っ直ぐ歩けばその先がアルゼラに繋がってるよ。行くなら勝手にお行き」

「へ?」


意味が分からない。

まず下へ降りての意味から分からない。

女は犬でも追い払うかのように手を振った。


「気まぐれに言うてる間に早よ消えな。それともこのまま私に食われたいかい?」


私はぶるぶると首を横に振りながら後ろに下がった。

それから壁伝いに暖炉の隣まで寄ると扉の取っ手を握った。


「あの…、あ、ありがとう、ございました」


一応礼を言うと女は煙草の煙を吐いた。


「礼なんか要らないよ。あんたは運が良かっただけさ。さっき食事を終えたところで私は満腹だったからね」


その意味を悟ると私は一気に血の気が引いた。

慌てて頭を下げると扉を開く。

そしてその中に飛び込むとすぐに扉を閉めた。


「うわっ、とと!!」


振り返った私は思わぬ光景に目を疑った。

そう、扉の先は部屋ではなかった。

洞窟のように穴が空いており、それは延々と地下に向かって伸びている。


…。

…。

勘弁してください。

本気で怖いです。


早くも怖気付いたがもう一度この扉を開いてあの人の前に出る勇気はない。

躊躇っていると洞窟の先からサクラの鳴き声が聞こえてきた。


「え…、サクラ!?どうして…!?」


どうしてもこうしても、これはもう行くしかない。

私は泣く泣く地下へと足を踏み入れた。

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