表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
魔物と黒魔女
133/277

溢れた思い

祝賀会とは聞いていたが、その規模は想像以上に凄いものだった。

まず行き交う人々の数が半端ない。

流石に城の深部までは一般人は立ち入り禁止とされていたが、それにしても至る所に人がひしめき合っている。


だが魔物事件以来慌ただしさと緊迫感が拭いきれなかった人々には、久しく笑顔が戻ったようだ。

もともとあまり身分差に厳しくない国柄の為か、皆至って気軽にこのパーティを楽しんでいた。


特徴的な黒髪を飾りに隠して結い上げた私は、そそくさと人の間をすり抜けていた。

こんなに人がいて、王子に挨拶なんて出来るのかな。

そういえばレイとネイカはどこにいるんだろうか。

私はそれなりにうろついてみたが、会いたい人には誰一人会えなかった。


「はぁ、駄目だ。体がもたない…」


少し休む為に壁にもたれかかっていると、近くでわっと湧く声がした。


「エスブル王とオルフェ様だわ!!」

「あれが町を救ったというオルフェ王子か」

「まぁ素敵だわ!!見惚れるほど綺麗な王子ねぇ!!」


私は歓声につられるように人混みを覗き込んだ。

ミントリオ王は先に気さくな挨拶をするとオルフェ王子を改めて皆に紹介した。

王子は当たり障りのない笑みで静かに歓声に応えている。

会場は一気に盛り上がりを見せた。


私は声をかけるどころか近付くことさえできずにそれを眺めていた。

王子の隣では綺麗に着飾ったコールが立っている。

上気した頬であれこれとオルフェ王子に話しかけているようだ。

王子は変わらぬ華やかな笑みで何やら応えていた。


あぁ…。

なんて言うか、すごくお似合いの二人だ。

コールはやっぱり私とは違って本物のお姫様なんだな。

私は何故今自分がここに立っているのかすら分からなくなった。

ただ、堪らなく惨めな気持ちに襲われた。


私は人混みをかき分け、とぼとぼと会場を後にした。

元来た廊下を歩きながら様々な心残りを思い浮かべる。


ネイカ。

黙っていなくなって、ごめんね。

サクラ。

ちゃんと故郷まで送り届けたかったな。

レイ。

鬼厳しかったけど、いつも頼りにしてたよ。

ユセ。

散々助けてもらったのにちゃんとお礼言いたかった。

ベッツィにビオルダさん。

あのまま別れたっきりだったな。

心配しないでと一声かけたかった。

それから…


「ミリ!!」


思い浮かべていた人の声が後ろから聞こえ、私は硬直した。


「お、おる、オルフェ王子…!?」


人の間を縫いながら来たのは間違いなく本物のオルフェ王子だった。

私は後ずさりをしたが、王子は私に追いつくと手を掴んだ。


「王子!!な、何してるんですかこんな所で!?」

「ミリ、さっき会場にいただろう?」

「い、いましたけど、よく分かりましたね!?」

「その色のドレス姿は見たことがあったからな」

「あ…」


私は城に来たばかりの頃を思い出した。

あの時は、王子のことがただ腹立たしくてずっと喧嘩腰だった気がする。

同じことを思い出したのか、王子は小さく笑みを浮かべた。


「中々会いに行けなくてすまない。体はもう動くのか?」

「…は、はい」

「ミリが肩身の狭い立場に置かれているのは知っている。誤解を解くのに手間をかけるよりもさっさとミントリオを後にしようと思うのだが、もう少し我慢できるか?」

「え…」


私は背の高い王子を見上げた。


…王子は、知らないのか。

私が明日追い出されることを。

私は少し考えた上で笑顔を作った。


「そんなに気を使わなくても私は全然大丈夫ですよ?案外気楽にのんびり過ごさせてもらってるんです。今日なんか外の散歩までしたんですから」

「散歩?」

「はい。だから王子は私の事なんか気にせずせっせと自分の役目を果たしてください。英雄は忙しいんでしょう?」


オルフェ王子は不納得な顔になった。


「俺はとどめを刺したに過ぎない。ミリとネイカがいなければどうしようもなかったぞ」

「でも世間はそうとは認めません」

「世間なんて今だけ騒がせておけば後は勝手におさまる」

「いえ。私と王子では元々立場が違います」


王子は頑なに言う私を見下ろした。


「…ミリ?」

「最初からそうなんです。私は、黒魔女です。だから…」


もう貴方のそばにはいられません。


声にならない言葉に、胸が締め付けられる。

頑張れ。

笑顔だ。

ほら、大丈夫だから。

私は一呼吸置くと明るい声で言った。


「だから、私は、部屋で大人しくしておくのです」

「…ミリ」

「それでは今日は疲れたのでもう休みます。王子ももう戻ってください」


オルフェ王子の手を振り払うと、私はくるりと背を向けた。

そのまま走り出したい衝動を懸命に抑えていると、急に体が反転して壁に押さえつけられた。


「うわっ、な…!!」

「ミリ」


王子は私を押さえつけたまま真顔で言った。


「…何かあったのか?」

「へ!?べ、べつに何も!?」

「では何を隠している?」

「ですから、何も隠してなんかいません!!」


口を割りそうにない私に、王子は触れそうなほど顔を寄せた。


「今夜、そっちへ行く」

「は!?駄目ですよ!!寝てます寝てます!!というか寝かせてください!!」

「では明日。昼過ぎには体があくはずだからな」

「え…」


昼過ぎ…。

それなら出て行くまでに猶予がある。

私はぎこちなく頷いた。


「わ、分かりました」

「ちゃんと部屋にいろよ」

「…はい」

「それから、俺には何でも話せ」

「え…と」


戸惑う私に王子はそっとキスをした。


「ミリ…。頼むから」


私は完全に固まった。

触れたところが熱くなる。

私は顔を伏せると小さく頷いた。


「わ…かりました」


消えそうな声で言うと王子は手を離した。


「必ずだぞ。俺はミリを…」

「オルフェ様!!オルフェ様はいらっしゃいませんか!!」


会場から大声で王子の名を呼ぶ声が聞こえる。

私はすぐに王子から離れると頭を下げた。


「じゃあ、また明日」

「ミリ…!」


私は目一杯の笑顔を向けてから背を向け、振り返りもせずに走り出した。

後ろからまだ名を呼ぶ声がしたが止まれるはずもない。


…頑張った。

頑張ったよね、私。

うん。

えらいぞ。


私は部屋まで辿り着くと勢いよく飛び込み扉を閉めた。

髪飾りを乱暴に取ると髪を下ろし、ドレスも脱ぎ捨てる。

肌着一枚になると倒れるようにベッドに伏せた。


…。

全然、偉くなんてないじゃないか。

ちゃんとさようならさえ言えなかった。

次々と王子の顔が浮かんでは消えていく。


華やかで自信と気品溢れる王族の人。

でも時々私に見せたのは、いたずらっぽい顔や子どもみたいな無防備な寝顔。

寝所で見た熱を帯びた瞳。

いつでも力強く優しい微笑み。

不思議な剣を操った時の、背負うもの全てをかなぐり捨てた姿。


「王子…」


腕の中に、懺悔をする王子を抱きしめた時の感触が蘇る。

あの時初めて誰かを支えてあげたいと思った。


「う…」


私は枕をきつく抱き寄せると顔を埋めた。

噛みつきながらぐっと耐えに耐えたが、ついに頬を温かい雫が伝った。


「う…ふぅぅ…。うぐ、ひく…」


一度溢れ出すと、激しく揺れる感情はもう止めることが出来なかった。


「ふぅえぇぇえぇ…、うぐ、うっうっ」


いたい。

いたい。

胸が、いたい。


「なん、なんだ…わたし、王子のこと、ふぅ、うっ、とっくに、すきじゃないか。ひくっ…う、うぅ、こんなに、すきじゃないかあぁぁ…。う…わあぁあぁん!!」


絶対に認めたくなかった。

意地でも気付きたくなかった。

でもその結果が、こんな形で突きつけられる羽目になるなんて。


私はバカな自分が悲しすぎてこの日は一晩中泣き続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ