ミリの処分
バジリスク事件から二週間。
町は魔物の残りを追い払い、清めの作業で慌ただしく追われていた。
中でもグルドラ教会付近の汚染は激しく今だに黒い霧は晴れない。
エスブル王はここを封鎖し、城への出入りも制限を厳しくした。
ずっと影を潜めていた飛行船もやっとちらほらとその姿を見せ始めた程度だ。
私は目が覚めるとしばらくは窓から小さな飛行船を眺めていた。
「う…いててて」
体を起こすとあちこちから痛みが走る。
私はゆっくりと体をほぐしながら立ち上がった。
あの事件の後、私たちは城に収容された。
適当にあてがわれた部屋に通されたところまでは記憶にあるが、そこから三日は泥のように眠っていたようだ。
目覚めてから十日ほど経つこの時点で、やっとまともに動けるようになってきた。
「うわぁこんな所にも痣が…」
あの時は必死すぎて気付かなかったが、よく見ればいくつも傷や痣ができていた。
体をチェックしていると、扉がノックされた。
「ミリ、具合はどう?」
「コール。おはよう」
「おはよ」
コールは朝食をテーブルに置くと私をソファに座らせた。
「はい、私の体見せて」
いつもと同じセリフを笑顔で言うと、私の服を脱がせ始める。
「痛むところは?」
「…全身かな」
「新しい湿布はってあげる。大分皮膚が変色してきたわね。痛々しいなぁ」
私は大人しくされるがままになっていた。
不思議なもので、コールに触られてもちっとも抵抗がない。
同じ体だからかな。
コールは毎朝こうして来てはたわいない話をして帰って行く。
逆を言えばコール以外は誰も訪れることはない。
もしかして誰も通すなとの御触れが出ているのかもしれない。
いや、医者さえも来ないところをみると私を恐れて近付きたがらないだけかも。
もやもやと考えていると湿布を貼り終えたコールがひょいと覗き込んできた。
「はい終わり!朝ご飯食べる?今日はミリが食べやすいようにフルーツ盛りにしてもらったのよ」
「ありがと。…でもまだいいかな」
「ちゃんと食べなきゃ駄目よ?それからほら、昨日言ってた本も探してきたわ。後で私推薦の本も持ってくるからね!」
コールはギシギシいう私の体をほぐしながら明るい声で話し続けた。
天真爛漫というか、私の苦手なタイプなはずなのに全くそうは感じない。
衒いのないその笑顔は見ているだけで惹きつけられるようだ。
何だかコールがみんなに慕われているのが分かるな。
「コールは元気だね。コールの方があんなに魔物と戦ってたのに…」
半ば感心していうとコールはすぐに笑って頷いた。
「なんてことないわ。私昔からとっても丈夫なの」
「今は同じ体の作りのはずなのになぁ」
「ミリは元々が細すぎたんじゃないの?」
返す言葉もございませぬ。
コールは私のマッサージを終えるとふと神妙な顔で言った。
「ねぇ、ミリ」
「ん?」
「実は今外では貴女の処分について揉めているの」
「…処分」
処分。
…えっ。
「私は気絶してたから見てないけど、ミリの操る化け物が相当恐ろしかったみたいね。…黒魔女を生かしておくのは危険だという意見が大半よ」
「えっ!?」
ちょっ、そんな!?
いやいやちょっと待ってくれ!!
激しく何かが違うくないか!?
「わ、私火炙りとかにされるの!?」
「まさか!エスブル様はそんなことしないわ!」
「で、でも処分って…!!」
「そういう話で揉めているだけよ」
「お、オルフェ王子は!?」
「オルフェ様はバジリスクを倒した英雄として皆に迎え入れられているわ」
…ひどい。
私は悪い魔女で、王子は英雄扱いとか。
分かってはいたけど差別にもほどがないか??
コールは私を元気づけるように手を握った。
「今そのオルフェ様が断固としてミリの処分を拒否してくれてるの。エスブル様は民の意見を無視できない立場だけれど、本音はオルフェ様に同意してるわ。だから時間が少し必要なのよ」
「オルフェ王子が…」
私はそれを聞くとほっとした。
王子が動いてくれているなら恐らく大丈夫だろう。
コールは明らかに安堵した私の様子をじっと見つめた。
「ねぇ、ミリ」
「うん?」
「オルフェ王子とミリって、どういう関係なの?」
「はぇ!?」
私は不意打ちな質問に大きく動揺した。
「関係って、その、べつに!?」
「愛し合ってるの?」
「あい!?ないないないない!!」
何だか前にもそんなこと聞かれた気がするぞ!?
私は首をぶんぶん振ると全力で否定した。
「オルフェ王子は、王族なんですよ!?私みたいなどこぞの草の間から現れた黒魔女になんて見向きもしないはずで、そうじゃないとこっちも困るというか!!」
「…ミリは?」
「へ!?」
「ミリは、王子のことが好きじゃないの?」
私は拳を握って言い放った。
「そんなわけない!!」
コールは息を切らせながら立ち上がった私を目を丸くしながら見上げた。
「…本当?」
「本当です!!」
「そう…」
コールはほっと笑顔を見せた。
「そっか。そうなんだ」
「うんうんうん!!ないな!!」
「…実は私、イザベラ姫としてオルフェ王子とパッセロに帰ることが決まったの」
「そうなんだ!!へぇ!!…って、え??」
私は意味が理解できずにきょとんとなった。
ソファに座りなおすとまじまじとコールを見つめた。
「えと、今、なんて??」
「昨日の夜エスブル様に呼び出されて言われたの。お前は本物のイザベラ姫なのだから、オルフェ王子と一度国に帰るのが順当だろうって」
「…」
え。
待て。
じゃあ私はどうなるんだ??
コールは私の手を離すと立ち上がった。
「心配しないで。ミリのことがちゃんと落ち着くまでは私も側にいるから。私もミリの味方よ」
「…」
「じゃあ、また来るね」
コールはひとつ笑顔を残して扉の向こうに行ってしまった。
私はまだ固まったまま動けずにいた。
コールの言葉だけががぐるぐると頭の中を回っている。
コールが私と入れ替わりパッセロに帰る…。
確かにそうすれば真実はともかくとして、スアリザとパッセロの間には何もなかったことに出来るし、表向きは平穏に済むだろう。
「いや、でもいくらなんでもオルフェ王子はそんなあっさり同意したりは…」
きゅっと握ったシーツに皺が寄る。
「王子…?」
私はしばらく呆然と座り込んでいたが、我に返るとベッドを抜け出しコールの後を追うように部屋を出た。