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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
黒姫
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王宮の裏事情

翌朝、起きると隣に王子が寝ていたので一瞬私は固まった。


「そ、そうか…。昨日あれを見せたんだっけ」


思い出すと一応部屋着が乱れたりしていないか確認する。

うん、おかしなことはされてないな。


まだ眠る王子を見ると、複雑な気分になった。

あんなものを見た直後に私の隣で平然と眠れるなんて、すごい図太い神経してるな。

離れるだろ、普通。


王子が寝返りを打つと茶金の綺麗な髪が揺れた。

なんだか犬みたいにふわふわした毛だ。

手を伸ばすとそっとそれに触れる。

あや、思ったよりずっと手触りがいい。

私は昨日王子が私にしたようにしばらく柔らかい頭を撫で続けた。


ふと見ると私の黒いドレスと、フィズの少年服が二着テーブルに置かれているのが目に入った。

あの後ぼろぼろの部屋から王子が持ってきてくれたようだ。


「本当に、手回しが早いというかなんというか…」


のそりとベッドから降り、私は少年服を手に取った。

王子を起こさないように静かに扉をくぐり、自室へ足を踏み入れる。

そこは見るも無残な部屋になったままだ。


「サクラ」


呼びかけるとベッドからサクラが飛び出てきた。

きゅうきゅうと鳴きながら頭を擦りつけてくる。


「ごめんね。寂しかった?」


私はサクラを連れるとひっくり返った棚からナイフを取り出し、いつものようにバスルームへと向かった。

服を着たまま鏡の前に立つ。

髪にナイフを当てたところで後ろに映る人に気付いて悲鳴を上げた。


「お、おお王子!!!いつからそこに!!」


オルフェ王子は壁に体重をかけくつろぎながらこっちを見ていた。

前から思ってたけれど、この人全く気配がない!!

王子は面白そうに言った。


「いつもそんな適当に切っているのか?髪を切るハサミくらい用意させるぞ」

「だ、大丈夫です。大体切ったらあとは消えるので…」

「…消える?」


口では何とも説明しにくいな。

私は実際に王子の目の前でざっくりと髪を切り落として見せた。


黒く艶のある髪ははらりと宙に舞うと、床に落ちる前にふっと消えた。

そして肩の上で切られた髪は僅かに揺れるといらない部分が消えて綺麗なショートヘアが出来上がった。


「はい、終わりです」

「便利だな」


王子は感心しながら近寄ってきた。

短くなった髪に手を触れると指で毛先を絡め取る。


「こうして見ると髪の短いミリは一風変わった色気があるな」

「…変な目で見ないでください」


王子はくすくす笑いだした。


「悪戯心を刺激される。少年に手を出すような背徳感が堪らないな」

「…おかしな趣味に目覚めないでくださいよ。美女で満足してください、美女で」


沢山いるんだから。


水で遊んでいたサクラがきゅうと鳴きながら羽ばたいた。

王子が自然と手を伸ばすとそこに止まる。


「サクラ、そっちじゃないでしょ」


おいでと手を出すとサクラは今度は私の手に止まった。


「サクラ、か…。そういえば昨日もそう呼んでいたな」

「あ、勝手に名前つけてごめんなさい。とりあえず仮でもいいからと思って」

「別に構わない。…サクラ」


サクラは王子に呼ばれるとぴくりと反応した。


「…王子の声を覚えているみたいですね」

「卵の頃から俺がみてたからな。生まれる前から聞こえていたのだろう」

「オルフェ王子が?」


とても王族がこなす仕事とは思えない。

やっぱりオルフェ王子はちょっと変わってるな。


「ミリ、着替えが済んだら今日は俺と共に来い」

「え…」

「フィスタンブレアとして、俺専属の従者としてついてこい」

「さ、サクラは?」

「もちろん連れて構わないさ。いや、サクラを連れて歩くことが本来の目的かな」


意味深な笑みを浮かべると王子はさっさと身を翻した。


「三十分で用意しろ。この荒れた部屋で無理ならばこちらへ来ても構わない」

「い、いえ。大丈夫です…」


一体王子は何考えてるんだろう…。

私には全く意味不明だ。


「とりあえず、言われた通りにするしかないか」


私は部屋着を脱ぐと、豪華なレースと飾りで装飾された貴族の少年服に袖を通した。




王子と歩く王宮は、一人でこそこそ歩いていた時と全く違うものだった。

どんなに位の高い人でも、見るからに恐そうな騎士でも、王子を見れば一度足を止めこうべを垂れて敬意を示す。

ずらりと並んだ衛兵たちが一斉に頭を下げた時は壮観な眺めに思わずあっけにとられた。


これが…王族なんだ。

オルフェ王子はやっぱり別世界の人だ。


頭を下げた人々は、もれなく王子の隣に立つ見慣れぬ私にも視線を投げかけた。

うわぁ、あからさまに値踏みされてる。

何だか恐いな。


「ミリ…フィスタンブレア」

「フィズでいいですよ」

「ではフィズ。あそこの禿げ頭が見えるか?」

「はげ…」


いや、見えるけどさ。

こんな時にそんな身も蓋もない言い方しないでくれ。

口を開けばオルフェ王子はオルフェ王子だな…。

王子は私に囁くように言った。


「あれは古参近衛隊隊長のバッカトだ。あれは古くからの王制に忠実な男だ。故に由緒正しい者以外には徹底して厳しい。あまり近付くな」

「は、はぁ…」


それは確かに恐そうだ。

王子はあちこち歩きながら色々耳打ちしてきた。


「この王宮には現在保守派が大多数を占めている。民の声を聞くよりも古きしきたりを重んじ、ただ王家の血筋に重きを置いている。…あれが見えるか?」

「あれ…?」


王子が顎でしゃくった先には金ピカに宝石を飾り付けたでっぷりとした男がいた。


「あれはこの国の祭司長だ。今この国で最も悪どいことをしていると噂の絶えない男だ」

「悪どいこと、ですか…」

「それこそ金と権力の為には何でもする。表面は従順に振舞ってくるが常に警戒しておけ」


な、何だか物騒だな、王宮…。


「あそこにいるのは古くから書庫を管理しているパピラじいだ。彼は信頼できるし口も堅い。何かあったら頼れ」

「はぁ…」


王子はそれからあれこれと抜け道や信頼できる人、警戒すべき人を逐一私に教えた。

何故そんなことをするのかは分からないが、私はとりあえず覚えられるだけ頭に叩き込んだ。

謁見の間へ続く廊下を歩いていると、後ろから呼び止める声がした。


「オルフェ、こんなところで何をしている」


オルフェ王子は足を止めると一度だけ私に一瞥をくれてから振り返った。


「これはこれは兄上。もう隣国との会合はお済みになられましたか」

「お前こそ予定よりかなり早く戻ってきたのだな。噂の黒姫のためだとか」


…私のことだよな。

思わず王子を見上げたが、王子は不敵な笑みを浮かべながら兄を見ている。


「その通りですが、何か」

「お前が黒姫の魔術にかかっているという噂はあながち嘘でもなさそうだな。私がその目を覚まさせてやろうか」


王子は兄が剣の柄に手を置いても微塵も怯みはしなかった。


「相変わらず血の気が多いですね兄上。私の連れが驚いているではないですか」


オルフェの王子の兄はちらりと私を見たが、それよりも私の肩に乗っているサクラに目が止まると一瞬で凍りついた。


「ま、まさか…、ドラゴンの子ども!?あれがかえったのか!?」

「この者はアルゼラの者だ。この少年の協力の元、一匹だけなんとか無事に育っております」


兄は血相を変えて私に走り寄ってきた。


「よこせ!!!それは俺のものだ!!」

「えっ…、えぇ!?」


物凄い形相で手を伸ばしてくる男にびびっていると、私を守るように王子が前に立った。


「ブレン兄様。ドラゴンはこの者がそばにいない限りすぐに果ててしまいます。無理に持っていっても無駄死にさせるだけですよ」

「ではこの者ごと俺に寄越せ!!ドラゴンさえ手中に収めれば私は兄をも黙らせる力を持てるはずだったのだ…!!」


ほう。

ということはこのブレン王子は次兄なのか。

オルフェ王子の兄だけあって顔はそこそこ悪くないのに、なんだか直情的な男だな。

野望とか今うっかり口にしてますよと教えてあげたい。

王子は冷静な目でブレン王子を見据えた。


「それは出来ません。アルゼラよりこの者を預かったのは私ですから。あそこを怒らせるとそれこそドラゴンにこの国を襲撃される恐れがあります」


ブレン王子は憎々しげにオルフェ王子を睨みつけた。


「オルフェ…。貴様本性を現したな!?無害な顔をしてやはり次期国王の座を狙いにきたか!!」

「それは以前も申し上げました。私にそのような意思はありません」

「…嘘をつけ、嘘を!!」

「嘘ではありませんよ。敬愛するセシル兄様こそこの国の王に相応しいですから」


ブレン王子はどす黒い顔でぐっと押し黙った。

呪い殺しそうな目で睨んできたが、オルフェ王子は涼しい顔でそれを無視した。


「それでは失礼します。フィズ、行くぞ」


オルフェ王子はさっさと踵を返すと歩き出した。

私はブレン王子にとりあえず軽く頭を下げるとオルフェ王子の後を慌てて追った。

王子の隣にたどり着くと、私はそっと尋ねた。


「王子。もしかして今日はブレン王子にサクラを見せつけるために私を連れて歩いたんですか…?」


王子は横目で私を見たがすぐに視線を前に戻した。


「それもある。あの次兄は少々厄介でな。最近では権力欲しさにやる事に見境がないともっぱらの噂だ」


なるほど。

さっき王子に突っかかってきた内容はまさに自己紹介だというわけか。


「サクラを返せって言ってましたよね」

「あぁ。闇市で卵を回収したのは俺だが、先に見つけたのはブレン王子の手の者だったからな」

「横取りしたんですか?」

「まぁ、平たく言えばそうだ。あいつにドラゴンなんて渡せないだろ」


確かに、そんな気はする。

私でもあんなのにサクラは絶対渡したくないな。


「わざわざ見せつけた意図は?」

「あいつも言っていただろう?ドラゴンを手中に収めるということは本来ならとんでもないことだ。それは巨大な力を個人的に得たことになる。上からはセシル、下からは俺が力を示せばブレンも少しは大人しくなるさ」


私は何だか嫌な予感がしてきた。


「あ、あの…王子。私なんだかとってもブレン王子に狙われる気がしてきたんですけれども…」

「そうだな。身の守り方は今日かなり教えておいただろう?ブレンも立場があるからな。人前では何もしてこないさ。お前は極力人の少ない場所に行かなければ問題ない」


そ…そういうことかぁ!!

なんだかこれって王子にいいように利用されてない!?

ちょっぴり王子のこと見直し始めていたのに、やっぱりこいつは鬼畜外道の猛獣王子だ!!


急に不機嫌になった私に、王子はにやりと笑った。


「ミリは思っていることがすぐに顔に出るな。利用されたからと怒ったのだろう?」


…そうですよ、その通りですよ。

くぁあぁ、腹立つ。


王子はふと真顔になった。


「この王宮は一見平和で煌びやかだが、裏では様々な問題も抱えている。気をつけるんだな」

「じ、じゃあわざわざ、どうしてこんな…」


王子は今度は呆れた顔になった。


「お前のせいだろうが。今日出歩いて自分の現状と立場が身にしみなかったか?大人しくイザベラとしてあの部屋にこもっていれば守ってやれたのに、フィズとして派手に表に出てしまったからにはどうせもう隠せるものも隠せまい」

「うっ…、そ、そっか…」


まさに自分で蒔いた種。

ちょっと自覚出てきたけど、私っていまいち考えが足りない人だよね…。

がっくり肩を落としているとサクラが私の頬を舐めた。


「サクラぁ。私を守ってね…」

「お前がサクラを守るんだろうが」


すかさず言われてまたへこむ。

王子は私の頭に手を軽くのせた。


「出来るだけ自分の部屋か、俺のそばにいろ。ミリが危険な目に遭うのは俺だって避けたいと思っている」

「利用しといてよく言う…」


不貞腐れて言うと今度はほっぺをつままれた。


「怒るな」

「お、おほひまひゅよ」


王子は私の顔を見て失礼にも楽しそうに笑った。

それは何だか可愛くて…胸を騒がせる笑顔だ。


まずい。

私…なんだか王子に少しずつ揺れてないか?


だめだめ。

これは王子の手なんだ。

気を緩ませといて、私の心につけ込んでくるんだから。


「…そうはいかないんだかね」


一人小さく呟くと、私はずっと怒った顔を取り繕いながら王子の隣を歩き続けた。

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