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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
魔物と黒魔女
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黒魔女

私は目の前で起こった光景に唖然とした。

大地は何度も大きく揺れ、泉は嵐の海のように荒れた。

そして巨大な木は音を立てて激しく崩壊し始めた。

葉と木片が飛び散り雨のように降り注ぐ。


「ぐっ…なんだこの大地の揺れは!!」

「大蛇は!?やったのか!?」

「わからん!!」

「これは一体何が起こっているんだ!?」


あちこちで悲鳴や怒声が飛び交う中、私は姿勢を低くして頭を押さえた。


「木…木が降ってくる!!」

「ミリ!!」


杖を構えていたネイカは泉を指差した。


「バジリスクがいないわ!!」

「え!?」


さっきまで堂々とそびえ立っていた木は無残に崩壊し、バジリスクの姿も剣もない。


「え…まさか矢でやっつけちゃったの?」


這いながら泉に近付いたが、ネイカが大声で叫んだ。


「ミリ!!水に近付いちゃ駄目よ!!」

「え…」

「バジリスクは水の中だわ!!」


大荒れに荒れていた泉の水面がぼこりと盛り上がる。

それは遡る滝のように吹き出ると一気に泉の周りの人間を飲み込み渦を巻いた。

ネイカは水に飲まれる直前に私の手を掴んだ。


「ミリ!!絶対離しちゃ…駄目よ!!」


私の耳に届いたのはその言葉が最後だった。

後はごぼごぼと荒れ狂う水の音しか聞こえない。

水の中は真っ暗で、ただただ苦しい。

私は上も下も分からない中でネイカの手だけを必死に握っていた。


ネイカは懸命に己の内側に宿る魔力に意識を集中していた。

エアラの力の限界なんて、自分自身ですら分からない。

そこまで解放したことなど恐ろしくてないからだ。

それでも今はもうやるしかない。

ネイカは荒れ狂う水の中でカッと目を開くと杖を一閃させた。



森の外。

グルドラ教会では魔物の動きが活発化していた。

ここの守りを命じられていた近衛兵たちは暮れ始めた空に絶望を感じていた。


「このまま夜になれば魔物を抑えきれないぞ!!」

「エスブル様は一体どうなさったのだ!?」

「それにこの揺れは何だ!?不気味な声ばかりが森から聞こえるぞ!!」


疲労が更に不安を高める。

ここまで踏ん張れたのは敬愛するエスブル王があってこそだ。

連隊長が走り回り檄を飛ばすも、元々平和慣れしたミントリオ人にとってこの事態に堪えることは厳しいものだった。


「あれは…何だ?」


近衛兵の一人が教会の周りの泉にぼこぼこと不自然な泡が立ち始めたことに気付いた。

それはあっという間に数を増やし、グラグラと煮立つ湯のように揺れた。


「う、うわっ!!何だ!?」

「水が…、泉が荒れだしたぞ!!」


森にばかり気を取られていた兵たちは完全に逃げ腰になった。

やがて追い討ちをかけるように現れたのは、想像以上に大きく禍々しい蛇だった。


「な、何だこれは!!」

「大蛇だ!!で、でかい!!」

「もう駄目だ!!こんなのに勝てるはずがない!!」

「逃げろ!!城まで逃げるんだ!!」


限界ぎりぎりだった兵たちはパニックに陥った。

大蛇がずるりと泉から這い出ると、長年蓄積した黒い霧が身体中から吹き出した。

それに触れた植物は次々と腐敗していく。

更にバジリスクの気に触発された魔物たちは凶暴さを増し、本格的な地震は大地を大きく裂き始めた。


「うわああぁあ!!」

「た、助けてくれ!!」

「誰か!!」


その様は一瞬にして阿鼻叫喚の地へと化した、まさに地獄。

そしてその地獄の主であるバジリスクは、次々と人間を襲い始めた。


誰もが諦め、死を覚悟したその時。

荒れていた泉が突然眩しく光ると空に向けて大きな水柱が立った。

それは幾つかに分裂すると地面にばしゃりと音を立てて落ちた。


「誰かいるぞ!?」


地に落ちた水の中には、何人もの人がいた。

突如肺に空気が入り盛大にむせてはいたが、何人かはちゃんと意識があるようだ。

逃げ惑っていた近衛兵達は思わず歓喜の声を上げた。


「近衛兵!?森に向かった小隊だ!!」

「この鎧は大鷲団!!」

「あぁ!!エスブル様にオルフェ様!!」


エスブルは荒い息を繰り返すと腕にコールを抱いたたまま辺りを見回した。


「あれは…グルドラ教会!!泉を通じて森の外へ出たのか!?」


エスブルの隣ではオルフェ王子が既に立ち上がっていた。

王子は息を整えるとすぐに顔を上げた。

暴走するバジリスクから吹き出す瘴気にひやりと背中が冷える。


「エスブル王、あの大蛇はもはや誰にも止められん。染み込みすぎた恨みの念が発散するまで暴走し続けるつもりだ」

「恨みの念!?」

「あれはもう魔物を通り越したただの破滅の化け物だ。近付くだけで瘴気にやられるぞ」


突如現れたエスブル王に一縷の望みを託した近衛兵たちは、オルフェ王子の言葉に希望を打ち砕かれた。


「そんな…」

「やはりもう、誰にもどうすることも出来ないのか…」


がっくりと地に膝をつき、絶望感に最後の力を奪われる。

誰にもどうすることも出来ない。

…そう、ただの人間には。


泉の中からは再び空に向けて水柱が立った。

だが今度はそれ自身が黒く変色するとみるみるうちに目のない化け物に変わった。


「な、何だ!?今度は何なんだ!?」

「こっちにも化け物だ!!」

「いや待て!!一番てっぺんに人がいるぞ!!」


オルフェ王子は夕日の光を手で遮り目を細めた。

突如現れた化け物に見覚えはないが、その上にいる人物を見間違えるわけがない。


「…ミリ!!」


夕日の中に見えたのは、長い黒髪をはためかせる魔女の姿だった。

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