焦燥
けたたましい叫び声は私たちのところまで響き渡った。
大地も引っ切り無しに不穏な音を轟かせている。
私は思わずネイカの後ろにさっと隠れた。
「ミリ…」
「だってぇ」
ネイカが呆れながら杖を持ち替えると、今度はルベが飛び上がってコールの後ろに隠れた。
「そ、その杖を僕に向けないでくれ!!」
コールは顔をしかめるとルベのおでこをぺちんと叩いた。
「いてっ」
「ネイカちゃんがルベに危害を加えるわけないでしょう?いい加減にしなさいよ」
「こ、コール…」
コールはしおしおと萎れるルベにため息をついた。
「全くもう。で、大昔にこの辺りを支配していた大蛇の話がなんだって?」
「だから、君も知ってるだろう?初代ミントリオ王が神の剣でそのバジリスクを倒し、ここに国を作った話さ」
「それってよくあるお伽話じゃないの?」
「いや、違う」
ルベは手にした魔除けの首飾りを握りしめた。
「この奥の泉には、そのバジリスクが本当に封印されているんだ」
「え!?じゃあエスブル様が向かってるのってまさかその蛇の所なの!?」
「そうだ」
「な、なんでそんな所に!?」
「それは…その…」
ルベはもごもごと言葉を濁した。
私は今起こっていることを一つずつ整理して考えてみた。
「えと、まずそもそもどうして急に魔物が町に入り込んだんでしょうか」
ルベは気まずそうに言った。
「…教会の結界が壊れたから」
「あぁ、さっき見てきた泉の中の教会ですよね」
「そうだけど…」
ふむ。
なるほど。
「じゃあミントリオ王はその結界を立て直すために教会に向かったってことですよね」
「…」
「でも何故か今蛇に会うためにこんな森の奥まで来ているんですよね?」
ルベの顔色がだんだん悪くなってきたが、私は構わず続けた。
「それって、もしかして教会の結界は実はハリボテだからじゃないですか?その森の奥にいる蛇が本来の結界に関係してるんじゃ…」
「ち、違う!!」
ルベは慌てて否定した。
「あ、あれはただ、危険だから王家と大鷲団のみで管理してきただけで!!」
「王家と大鷲団?でも蛇のことは王族以外知らされてないってさっき言いましたよね?」
「ぐっ…」
横で聞いていたコールは訝しげな顔になった。
「それって、つまりどういう事??」
私はルベの反応を見ながら言った。
「これは予想だけど…大鷲団とかいうのは一緒に管理はしているけど、その蛇の秘密は知らないんじゃないかな」
「秘密…?」
「例えばほら、結界はその大蛇を利用して成り立つものだとか…」
ルベの顔色は紙のようになった。
コールは私とルベを見比べるとひとつ頷いた。
「どうやらミリが正解みたいね」
「コール!!ち、違うんだ!!」
「往生際が悪いわよルベ」
「うぅ…」
「でも一体どうやってそんなこと…」
コールは首を傾げたが、森の奥から人の雄叫びが多数聞こえはっとした。
「…戦ってる。エスブル様達に追いついたんだわ!!」
ぼんやりと光って見えるのはおそらく結界師の結界だ。
私たちは頷きあうと小走りになった。
「あ、こ、コール!?待ってくれよ!!魔除けを持ってる僕から離れちゃ危ないぞ!!」
ルベは慌てて叫ぶと後をついてきた。
コールが剣を握り直した途端、上空から何かが降ってきた。
「…魔物!!コール!!」
私の声にコールは顔を上げた。
「はぁ!!」
反射的に向かってきた魔物を叩き伏せたコールは辺りをざっと見回した。
「ミリ、ネイカちゃん!!私から離れないで!!」
「わ、分かった!!」
さっきまでの静けさが嘘のように魔物は次々と姿を現した。
だがコールは相手によって攻め方を変え的確に撃退し続けた。
それは疲れなど感じさせない鮮やかな手際だ。
「…すごい」
討伐隊に入りたくてずっと努力してたっていうのは本当なんだろうな。
今は同じ顔をしているはずなのに、コールはなんて輝く人なんだろう。
「ミリ!!行くわよ!!」
「あ、は、はい!!」
コールは魔物をあらかた斬り伏せると更に前に走り出した。
戦う近衛兵の間をすり抜け一番前を目指す。
だがこれがなんとも危険極まりない。
「あわわわっ!!あぶっあぶな!!」
これは当たる!!
振り回される剣がいつか私に!!
「ミリ!!」
コールはこんな混戦状態でもちゃんと状況が見えている。
私を狙って飛びかかった魔物は即コールに斬り伏せられて散った。
「大丈夫!?」
「う、うん。ありがとう」
「周りに気をつけて!!危なくなったら魔物の首の後ろを掻き切ったらいいから!!」
出来るかっ。
私は頭を低くしてコールの後を走った。
しばらく無心で戦さ場を通り抜けていると、近衛兵以外の人が見え始めた。
「あ…あの鎧は!!ファッセ…!!それからソランたちだ!!」
貴族騎士!!
ということはオルフェ王子が近い!!
目を凝らすと一際動きが鋭い小さな体を見つけた。
あの姿を見間違えるはずはない。
「レイ!!」
私はコールよりも前に出るとレイに向かって転がるように走った。
「レイ!!レイ!!」
レイは私の声に気付くとすぐに振り返った。
「ミリ!?」
「レイぃ!!やっと辿り着いたぁ!!」
もう私にはレイしか見えていなかった。
まぁこんな場でそんな事をすれば格好の的なのは当たり前なわけで。
「ミリ!!」
コールは後ろから青くなって叫んだ。
「ミリ!!危ない!!」
「へ!?」
左右両側から猪の型をした魔物が私めがけて突撃してきた。
その速度は早くとても避けきれない。
「うわっ、ちょ!!」
「ミリ!!」
「ミリ!!」
コールとネイカの声が重なる。
私は衝撃に備えて身を固くしたが、その体は重力に逆らって急上昇した。
「この馬鹿が!!こんな場所にのこのこ現れる奴があるか!!」
「あ…」
私を抱きかかえて跳び上がったレイは宙でくるりと一回転すると地面に着地した。
「れ、レイぃ」
こんな時だが私は安心しきってレイの首に腕を回した。
「やっと戻ってこれた…」
「戻ってきたも何もここは戦地だぞ!!」
「でもずっと探してたんだからぁ」
やっぱりレイがいる安心感は半端ない。
たとえ今怒涛のように耳元でがみがみ怒られてはいるとしても。
「オルフェ王子は?」
レイは私の手から逃れると剣を振り上げた。
「うわっ!!」
すぐ真上で魔物が散る。
レイは森の奥を顎でしゃくった。
「オルフェ様はあそこの奥だ。ミントリオ王と援軍を呼びに向かったはずなのだが…」
「はずだけど、何!?」
「戻って来ない」
「え!?」
レイは厳しい目になった。
「俺はこのまま王子の後を追う。お前は今すぐ…」
「私も行く!!」
「ミリ!!」
「行くったら行く!!」
「お前が来ても足手まといなだけだ!!」
「分かってるけど!!行く!!」
自分でも何故こんな我儘を言っているのかが分からない。
でも今王子の元に行かなければ何だか後悔するような気がした。
レイは苛立ちを見せたがこんな所で私に時間を使っている場合ではないと判断した。
「勝手にしろっ。言っておくがお前を守っている暇はないからな」
「分かった」
レイは魔物を切り裂きながら王子が消えた藪へ走りだした。
私がそれについて行くと後ろからコールとネイカも走って来た。
「待ってよミリ!!その先にエスブル様がいるの!?」
「多分!!」
レイを見失わないように懸命について行く。
私は痛む足に鞭打ちながらもなんとかその藪の中へと入り込んだ。