森の大蛇
騒がしさが増した森の奥。
オルフェ王子の護衛としてついて来た貴族騎士ソランは、近衛兵に混じりながら次々と襲いくる魔物に怒りの咆哮を上げていた。
「きりがないぞ!!結界師はちゃんと仕事をしているのか!?」
隣では同じくロレンツォも息を切らせながら流れる汗を拭った。
「えぇい!!煩わしい!!オルフェ王子とミントリオ王は一体どこまで森の奥に進むつもりだ!?このままではそのうち全滅するぞ!!」
「来るぞ!!」
「ちっ!!」
ロレンツォは魔物を撃退すると舌打ちをしながらソランの隣ににじり寄った。
その視線は少し先で剣を振るう王子に向けられている。
「…思いのほか強いな」
「オルフェか」
「あぁ。太刀筋は冷静で全く無駄がない。あれは一体どこで覚えた剣術だ?」
ソランは猿の魔物を斬り伏せると横目でオルフェ王子を見た。
「だが異常なのはやはりあの小僧だ」
オルフェ王子の背を守るのは体の小さなレイだ。
レイは恐るべきスピードと跳躍で次々と魔物をなぎ倒していく。
「まるで魔法仕掛けの剣だ。ケイド・フラット一族は特殊と聞くがあそこまでとは」
ロレンツォは忌々しげに剣を振った。
「…ソラン、あの小僧は信用出来ると思うか」
「分からん」
「あいつは本当にセシル様の…」
「ロレンツォ。今は魔物に集中しろ」
ソランは鋭くロレンツォを睨むと今度は大型の魔物に剣を向けた。
どう見ても苦戦を強いられているミントリオ王は、魔物をなぎ倒しながら森の奥を振り返った。
「くそっ。想像以上に魔物が多いな!!」
「ミントリオ王、目的地はまだか!!」
オルフェ王子は飛びかかってきた魔物を斬り払い、ミントリオ王に並んだ。
「すまない、オルフェ王子。もうすぐそこなのだが!!」
「このまま停滞してはこちらの戦力がもちそうにないぞ!!」
「ここを抜ければ大鷲団がいるはずだ!!彼らに合流さえ出来れば何とかなるはずだ!!」
オルフェ王子はすぐに決断した。
「レイ!!」
「はっ!!」
レイは三匹の魔物を斬り伏せるとひと蹴りで王子のそばに戻った。
「ここを頼む!!俺はミントリオ王と一足先にこの先に進む!!」
「オルフェ様…!?」
レイは顔色を変えたが、王子は不敵に笑った。
「俺は前から来る魔物しか相手にしない。お前がいるなら背後は気にしなくてもいいのだろう?」
「オルフェ様…」
レイはやや青い顔で俯いた。
「レイ?」
王子は様子のおかしいレイに気付いた。
「どうかしたか」
「…。いえ」
レイは拳を握ると顔を上げた。
「オルフェ様、すみません…」
「何を謝る」
「…」
レイは一つ息を吐くと顔を改めた。
「俺もすぐに向かいます。王子、無茶なことはしないでください」
「…あぁ」
オルフェ王子はじっとレイを見下ろしたが、今はぐずぐずしている暇はない。
すぐに頭を切り替えるとミントリオ王に向き直った。
「行きましょう」
「しかし…」
「迷えば被害は大きくなるばかりです」
ミントリオ王は真っ直ぐな王子の瞳を見つめた。
「…すまない、恩にきる!!」
「今恩を返してるのはこっちですよ」
涼しく言うとミントリオ王は目を丸くした後に豪快に笑った。
「わはは!!そうか!!うん、俺はかなり君が好きだぞオルフェ王子!!」
「それはどうも」
「よし、行くぞ!!」
ミントリオ王とオルフェ王子は揃って森の奥に走り出した。
前方からはすぐに新たな魔物が出現する。
「しゃらくさいわ!!」
ミントリオ王は一声咆えると手にした剣で次々と魔を払った。
王子もうまく援護する形でそれに合わせる。
二人は荒い呼吸のまま目印にしていた藪に入った。
藪を抜けた先は急に視界が開けた広い空間になっていた。
目の前にあるのは大きな泉。
そしてその周りは不自然なほど美しく花畑が広がっている。
「大鷲団!!こ、これは…!?」
ミントリオ王は驚愕に目を見開いた。
当てにしていた大鷲団は既に半数ほどが地に伏せていた。
そしてまだ立っている者は皆揃って泉に剣を向けている。
「お前たち!!」
「あ…、エスブル王!!」
「エスブル様!!」
「エスブル王!!」
団員たちは王に気付くと転がるように走って来た。
「エスブル様、申し訳ありません!!我々が駆けつけていながらこんなことに…!!」
「結界は!?」
「何とか修復しようとしたのですが奴はもう完全に意識を取り戻しております!!ここは危険故、王は泉に近付いてはなりません!!」
オルフェ王子は大鷲団が警戒する泉に目を凝らした。
「あれは…何だ?」
泉の真ん中には巨木が一本立っている。
そしてそこに木と一体化した何かがいることに気付いた。
「…蛇?いや、魔物か」
蛇の大きさは尋常ではなかった。
牙の鋭いその口は、いとも簡単に大の大人を丸呑み出来そうだ。
だが蛇の頭には深々と大きな剣が刺さり、そのまま木に縫い付けられている。
ミントリオ王はオルフェ王子を振り返った。
「…あれはバジリスクだ」
「バジリスク…」
「そうだ」
「何故あんなものが?」
当然の疑問だがミントリオ王は難しい顔で黙り込んだ。
王子はもう一度大蛇に視線をくれた。
その瞬間、カッと蛇の真っ赤な目が大きく見開かれた。
「え、エスブル様!!」
「うわあぁぁあ!!また来た!!」
ミントリオ王が振り返ると同時に、大鷲団の絶望的な悲鳴がいくつも花畑の上に散らばった。