常識と柔軟性
気持ちよく流れていた私は、突然眩しい光と風を浴びながら地面の上に投げ出された。
「う、げほっ!!げほげほ!!は、はれ!?」
口に入る水を吐き出しながら盛大にむせる。
隣ではコールも同じようにしていた。
「ミリ!!」
「あ…」
顔を上げると杖を手にしたネイカが立っていた。
「ネイカ…!!」
「水飲んでない?大丈夫?」
「だ、大丈夫…。ここは?」
「だから、お城の庭だって」
コールは辺りを見回し目を見張った。
「ほ、本当にお城だ。こんなことって…」
ネイカは私と同じ顔をしたコールに驚いた。
「え…?ミリが二人…」
私はびしょ濡れの服を絞った。
「ネイカ、こっちは本物のイザベラ姫」
「イザベラ姫!?」
「そう。私もまさかミントリオで会うなんて思いもしなかったけど…」
「イザベラ姫…。じゃあミリは本当にイザベラ姫じゃなかったんだ…」
知ってはいたが、こうして実際に目にすると衝撃しかない。
ネイカは私とコールを何度も見比べた。
コールはネイカから一歩下がった。
「あ、貴女…は一体…。貴女も黒魔女なの?」
ネイカははっとすると無表情になった。
それから急に出会った頃のような頑なな態度になった。
「私は黒魔女じゃないわ。魔物に取り憑かれているだけ」
「取り憑かれてる!?」
「そうよ。それが何?」
「何って…」
コールの戸惑いは人として最もだ。
ネイカの様子からすると気味悪がられるのは今まで何度もあったのだろう。
私はすぐに間に入った。
「コール。確かに私は黒魔女でネイカは魔物に取り憑かれてるけど、私たちは別に悪いことなんかしてないよ」
「でも…」
「私思うんだけど、これって言わばひとつの個性じゃないかな」
「個性!?」
「うん」
はっきり頷く私にコールはぽかんとした。
魔物は悪。
黒魔女は人間にとって敵。
世に蔓延る常識は私だって知っている。
それでも私は別に人間に害を与えるつもりはないし、ネイカの力は人を救うものだ。
私は何とかコールに理解してもらいたかったが、ネイカはそれを突っぱねるように言った。
「やめなよミリ。どうせ何を言っても無駄よ」
「ネイカ…」
「魔力なんてどれだけ人の為に使ったって理解されないし、結局は利用されるか迫害されて終わりよ」
ネイカが言うからこそ、その言葉には重みがある。
私は上手く反論できずになんだか悲しくなった。
「ちょっと、待ってよ」
私の代わりに口を開いたのはコールだ。
コールは可愛い顔を目一杯しかめて言った。
「確かに驚きはしたけど…何を言っても理解し合えないなんて決めつけないで欲しいわ」
コールは両手を伸ばすと剣を構える格好をした。
それはぴたりと様になり、いかに剣に親しんでいるのかが素人目にも分かるほどだ。
「…私は王女として生まれたけど、昔から討伐隊に憧れていたわ」
「討伐隊…」
「そう。魔物を倒し、国の平和を守るのが私の夢だったのよ。だから幼い頃から刺繍より剣を習うことを熱望したくらいよ」
周りは呆れ、反対する者も多かった。
それでもコールは着々と腕を磨いた。
力で足りない分はスピードと知識でカバーした。
遂にはその努力を評価され、条件付きだが討伐隊に正式に入隊した。
「理解者もいたけど、それでも散々偏見の目に晒されたわ。結局入隊して一年でお父様に無理やりスアリザに送り出されたしね」
「そ、そうだったんだ…」
コールは構えを解くと肩をすくめた。
「まぁ、だからミリたちの気持ちが分かる!って薄っぺらい事が言いたいんじゃなくて、人よりは柔軟性あるわよって言いたかったの」
コールは大きく息を吸ってゆっくり吐いた。
そしてネイカに向き直ると魅力的な笑みを浮かべた。
「さっきは失礼な態度してごめんね。私はコール。ここではイザベラ姫ってことは内緒なの」
「…」
「貴女は、えと、ネイカちゃん?で、いいのかな?」
ネイカは不機嫌な顔を隠しもしないで無視をした。
コールはめげた様子もなく私に向き直った。
「よし、思わず脱線しちゃったけど教会に行かなきゃね」
「コールも行くの?」
「行くわ。エスブル様もそこにいるみたいだしね!でも先に…」
コールはびっしょり濡れた私と自分を見下ろした。
「急いで着替えないとね」
私は薄着な上にちぐはぐな服装だし、コールは破かれた服のままだ。
なんならネイカも薄い部屋着を着ている。
私たちはとりあえず着替えるために急いで城に入った。
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ミントリオを守るグルドラ教会は広い泉のど真ん中に建てられている。
何人たりとも近付けぬよう教会の周りは高い柵で囲われ、普段なら静けさに満ちた神秘的な場所だ。
「エスブル様!!」
「おぉ!!エスブル王!!」
すぐ後ろの森の入り口ではすでに派遣された近衛兵たちが魔物を牽制している。
エスブル王到着に真っ先に走り寄ってきたのは城の重鎮たちだった。
「エスブル様、あそこです!!あそこの柵が壊されてます!!」
エスブルは馬から降りると遠目に教会を見た。
「中には誰か入ったか?」
「あそこには王族しか入れない掟ですので、今ルベ様がお一人で調査されています。もうそろそろ…、あ、戻られました!!ルベ様です!!」
泉には一隻の船が浮いていた。
船が岸に着くと一人の青年がすぐに飛び出して来た。
「兄様!!」
「ルベ!!中の様子は!?」
青年はエスブルの前に跪くと急いで報告した。
「中に荒らされた様子はありません!!魔物たちが町に入り込んだ原因は、やはりあちらに…」
青年はぐっと言葉を飲むと押し黙った。
エスブルは厳しい顔になった。
「分かった。俺が行く」
「ですが…」
「あっちには大鷲団もいるはずだ。心配するな」
エスブルは少し離れた場所で待たせているオルフェ王子を振り返った。
「この際、結界師が揃っているのは有難い。手段は選んでいられないようだな」
一人呟くとミントリオ王は意を決して腰の剣を引き抜いた。