高まる不安
町はみるみるうちに戦場と化した。
数の増える魔物に必死で対応するが、あまりにも突然の事態であった為かどこもかしこも手間取っている。
そんな中できっちり統率を取り着々と魔物を撃退していく一団があった。
「あれは…」
「あ、セスハ騎士団!!」
サクラが消えた方角に走っていた私は足を止め目を凝らした。
だがオルフェ王子の姿はない。
コールも奮闘するセスハ騎士団をざっと見渡した。
「この人たち、ちゃんと実戦経験のある戦い方だわ」
「サクラはここじゃない。オルフェ王子は別の所にいるんだ…」
「サクラ?」
「コールも見たでしょ?ちっこいドラゴン」
「あぁ、あれね!」
サクラを呼べば王子の居場所まで教えてくれるかもしれない。
けれどもし今サクラがレイの指示に従い、何らかの働きをしている最中ならば邪魔するのはまずい。
「あ、そうだ。ベッツィかビオルダさんは!?」
あの二人なら今王子が何処にいるのか知っているかもしれない。
あちこち見回しながら騎士団の中へ進むと目の前で一頭の馬が止まった。
「勝手に動いているのは誰だ!!チームを組めと言っただろうが!!」
「うわっ、だ、団長!?」
馬上にいたのは久々に間近で見たセスハ騎士団の団長だった。
相変わらず堅物を絵に描いたような仏頂面に私は首をすくめた。
「あまり見ない顔だな。何処の隊だ」
「え、は…えと…」
これはまずいな。
よりによって一番話が通じない相手だ。
フィズの時の化粧もしてないしサクラも側にいないせいか団長は全く私に気付いていない。
コールは団長を見上げた。
「誰?これ」
「セスハ騎士団の団長サンです…」
私が言うとコールは明るい顔になった。
「貴方がこの騎士団を指揮しているのね!?見事だわ!!」
「なんだお前は。この警報が聞こえんのかっ。女はさっさと家に引きこもってろ」
団長がさっさと馬首の向きを変えたので私は慌ててついて走った。
「団長さん!!王子は何処にいるんですか!?」
「オルフェ様はミントリオ王と共に結界師を連れて問題の教会に向かわれた」
「教会!?」
「城の更に北側だ。だが我々の任務は町を守ること。今は目の前の魔物に集中しろ!!」
私はまだ食い下がろうとしたがその時団員が騒ついた。
「団長!!魔物です!!更に何匹かこっちに流れてきます!!」
その場に緊張が走る。
団長はすぐに叫んだ。
「型はなんだ!?」
「おそらく猿です!!猿の群れです!!」
「手の空いている者は迎え打て!!」
「はっ!!」
剣を手にしたスアリザの騎士たちは自然と五人一組に分かれ、猿を囲みこむ形で迎えた。
前三人は猿の動きを止め、一人は猿の退路を断ち、そして最後の一人がとどめを刺す。
それは訓練を受けた者にしか出来ない流れるような動きだった。
コールは素直に感嘆した。
「すごい…なんて鮮やかなの!!」
「当然だ。魔物を払い、南を主に開拓したのは我がスアリザだ。現在でも魔物退治の実戦はひとつの訓練として組み込まれている」
「なるほど。魔物相手なら北のパッセロ、南のスアリザってとこね。何だかやっと少しスアリザが好きになったわ」
団長は訝しげな顔になった。
「お前は一体…」
言いかけたその時、城の方角から大量の黒い鳥が空へと舞った。
同時に不気味な地鳴りが鳴り響く。
私の体に悪寒が走った。
「な、なに…?」
「きっと森で何かあったんだわ!!」
「森!?」
「さっき言ってた教会よ!!」
教会…。
オルフェ王子のいる場所!!
私は団長を振り返った。
「団長さん!!その馬貸してください!!」
「馬鹿を言うなっ。何処へ行くつもりだ」
「オルフェ王子の所です!!」
「行ってどうする」
行ってどうする!?
そんなこと分かるはずないだろうが!!
でも早く行かないと何だか嫌な予感がするんだって!!
団長と睨み合っていると、コールが急に私の腕を引いた。
「み、ミリ!!あれを見て!!」
コールが指差していたのは何の変哲も無い井戸だった。
「え、何?」
「さっき、水が…!!」
地鳴りは徐々に大きくなっている。
井戸も細かく震えていたが、その中から急に巨大な蛇のような形をした水が浮かび上がった。
「魔物か!?」
団長は反射的に剣を構え直した。
私も驚いて悲鳴を上げたが、その蛇には見覚えがあった。
「あ…あの目のないウツボは!!」
「あ、ミリ!?」
私は井戸に走り寄った。
「ネイカ!?ネイカでしょ!?」
ウツボの形をした水からはすぐに返事があった。
「ミリ!?」
それはくぐもっていて聞こえにくかったが確かにネイカの声だった。
「やっぱりネイカ!!」
「ミリ、一体何処にいるの!?ずっと探してたんだから!!」
「ネイカこそ!!今何処にいるの!?」
「お城の庭の池よ。足で探すよりこっちの方が早く見つけられると思って」
「お城…!!」
私は井戸に手をついた。
「私もすぐにそっちに行くわ!!」
「どれくらいかかる?遠いの?」
「まだまだだけど、急ぐから!!」
「それならエアラにそのまま掴まって。水を通してこっちに引っ張りあげるわ」
「えっ…!?そんな事までできるの!?」
一体ネイカは本気になればどれほどの事が出来るのだろう。
「嫌なら別にいいんだけどね」
ネイカは私の躊躇いを敏感に感じたのか早口で付け足した。
何だかツンと顔を背ける様が見えるようだ。
私は目の前でうねうねと畝るウツボをじっと見つめた。
お城まで行けば王子のいる教会は遠くないはずだ。
「…分かった。お願い」
意を決して言うと私の後ろからコールが身を乗り出した。
「それって、二人でもいけるの?」
「え…」
ネイカは聞き慣れぬ声に戸惑った。
「誰?」
「私はコール。ミリの…えと、知り合いよ」
コールは私の腕を掴んだ。
「私もいいわよね、ミリ」
「え、い、いいと思うけど、コールは恐くないの?」
「恐くなんてないわ」
「分かった。ネイカ、二人でも大丈夫?」
エアラはぴしゃんと体を形作る水を跳ねさせると淡く光った。
「いいわ。ミリ、その人とばらばらにならないようにしっかり手は繋いでおいてね」
「うん」
話を聞いていたコールは自分から私の手をきゅっと握った。
その手が温かくて、何だか心強い。
「コール、行こう」
「ええ」
二人で淡く光るウツボ型の水に手を伸ばす。
「貴様ら待て!!」
後ろで団長が怒鳴りつけてきたが、私たちは既に水の中に引き込まれていた。
…そこは不思議な世界だった。
一言で言えば無重力な蒼い空間。
息は出来ないのに苦しくない。
なんだろう。
初めてなのに懐かしい感じがする。
温かいな。
私の手を握るコールの力が強くなった。
振り返ると流石のコールも不安そうに私を見上げた。
大丈夫だよ、コール。
そう言いたかったが、私の口はパクパクしただけで声が出ない。
私は安心させようと微笑みを浮かべてコールを引き寄せた。
抱きしめられたコールは驚いたようだが力を抜くと私の腕に身を任せた。
同じ体。
同じ顔。
何故だか私まで安心する。
双子ってこんな感じなのかな。
まるで心まで繋がってるみたい。
まぁ私にそんな事思われても、コールは迷惑なだけだろうけど。
凪いでいた蒼い空間はゆらりと揺れると私たちを奥へと流し始めた。
私は直感的にネイカが引いているのだと理解するとコールを抱きしめたまま逆らわずに流れに沿った。