表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
イザベラ姫の災難
115/277

ミリとコール

男たちは人ごみに逃げ込むと姿をくらませた。

私はそれを必死で追いながら、何故こんな所にイザベラ姫が一人でいるのかと混乱していた。


「ど、どこへ行ったの!?」


何だかよく分からないがここで見失うのは絶対によくない。

何の手がかりもく、私は闇雲に近くを探し回った。

すると運良く人の流れの反対側にさっきの男たちを見つけた。


「いた!!」


私は人を掻き分け今度こそ男を逃さないように走った。

やっとの思いで後ろからがしりと掴む。

男は驚いて振り返ったが、そこにイザベラ姫の姿がなかった。


「な、何だお前!?」

「やっと見つけた!!…さっき連れて行った女の人、どこへやったんですか!?」

「し、知らん!!俺は何も知らんぞ!!」

「嘘です!!見てたんですからね!!」

「えぇい離さんか!!下賤の者の分際で何という無礼な!!」


言われて初めて男の身なりがそれなりに良いことに気付く。

男は容赦なく蹴りを入れてきた。


「うっ…」

「私はユステルア王国の第四王子、ビステバル様の従者だぞ!!これ以上無礼なことをするならば即刻叩き斬る!!」


ビステバルなんて名に覚えはないがユステルア王国といえば思い当たるのはひとつしかない。


「まさか…。まさか昨日のフリンナ姫のお兄さんの仕業!?じゃあイザベラ姫は私と間違われて…!!」


私は懲りずに男にしがみついた。


「連れて行ったのは人違いです!!」

「はぁ!?そんなはずはない!!ビステバル様は確かにあの女の顔を見て…!!」


男ははっとすると余計なことを口走りそうになった口を閉じた。

そしてそれを誤魔化すように私を突き飛ばすと腰の剣を抜いた。

周りからは小さな悲鳴が上がった。


「我が国では低身分の者が無礼を働けば公然と斬り捨てられても文句は言えんのだ!!これ以上痛い目を見たくなければさっさと去れ!!」


男たちは憤然と言い放ったが、しぶとく立ち上がる私の手に短剣が握られているのに気付くとその顔を一変させた。


「貴様…」

「イザベラ姫を、どこへやったんですか」

「この私に、武器を向けたな…?」


男は怒りのまま剣を構えなおした。

周りからは本格的な悲鳴が上がる。

あちこちから衛兵を呼んで来いと叫ぶ声が聞こえた。

私は冷や汗に身体中が濡れていた。

こんなごつい男二人に真正面から挑んでも勝てるわけがない。

でもこのまま見過ごしてしまえばイザベラ姫が私の代わりに酷い目に遭うのは確実だ。


勝てない。

でも、逃げられない。

その上衛兵が来てもまずい。

なんて八方塞がりなんだ。


「今更怯えても遅いぞ小僧、覚悟せよ!!」


男は青ざめる私に容赦なく剣を振り上げた。

私はぎゅっと目を閉じたが、その時思いもせぬ方向から鋭い声が割って入った。


「おやめなさい!!バンク、ソロデュア!!」


名指しされた男はぎょっとし手を止めた。


「あ…。ひ、姫さま!?」

「こんな往来で何をなさっているのです!?」


恐る恐る目を開く。

止めに入ったのは、まさかのフリンナ姫だった。


「剣をしまいなさい。ユステルアを蛮国と思わせる行いは断じて許せません」

「し、しかし姫さま!!こやつは下賤の身でありながらこの私に刃を向けたのですよ!?」

「お黙りなさい!!いったい誰に向かってそのような口答えをしているのですか!!」


姫が一喝すると、男は忌々しげに剣をしまった。

私は意を決するとフリンナ姫に訴えた。


「フリンナ姫…!!き、昨日の貴女のお兄さんが私と間違えて別の女の人をどこかへ連れ去ったんです!!」

「何ですって?」

「連れて行ったのはこの人です!!」


男を指差すとフリンナ姫は冷たい目で男を睨んだ。


「…お兄様はどこですか」

「…」

「答えなさい」


男はどす黒い顔で私とフリンナ姫を睨んでいる。

だがフリンナ姫は高圧的に言い放った。


「お兄様は今あなたのせいで罪を犯そうとしています。あなたにその責任が取れるのですか」

「姫さま!!それはその小僧の戯言です!!」

「この者はわたくしの知り合いです。嘘などついておりません」

「し、しかし!!いくら姫さまの言うことでも…!!」

「それではお兄様の犯した罪は貴方が全て被るというわけですね?」

「ぐ…」


男は脂汗を浮かべながらも押し黙った。

フリンナ姫は私を振り返った。


「この者に案内させます。行きましょう」

「ふ、フリンナ姫…」


私は勢いよく頭を下げた。


「あ、ありがとうございます!!本気で助かります!!」


フリンナ姫はしかめ面になった。


「貴女の為ではありませんわ。これはユステルアの名誉に関わる事態ですから」


ツンと顔を背けるとフリンナ姫は男に案内させ、私は急いでその後に続いた。




ーーーーーーー




コールは再び両手を拘束されてもがいていた。

いきなり連れ去られ、気がつけば知らない部屋のベッドに転がされていたのだ。


「…二日で二回も攫われるって、何これ。厄日なの?」


お腹はペコペコだし昨日は殆ど寝ていない。

流石に力尽きてぐったりしていると、誰かが部屋に入ってきた。


「御機嫌はいかがかな、イザベラ姫。何としてももう一度会いたかったぞ。うまく見つかるとは朝から探しまわった甲斐はあった」

「だ、誰…!?」


見るからに身なりのいい男だが、コールには本気で見覚えがない。

男はにやにやしながらコールの隣に腰掛けた。


「その髪は祭り用か?昨日の男みたいな頭よりよほどいい」

「は?」

「それでこそ嬲りがいがあるというものだ」


男は何の前触れもなくコールを押し倒した。


「え、ちょ、ちょっと!?」

「昨日はよくも俺をコケにしてくれたな」

「へ!?」

「その口が余計なことを触れ回る前に、お前のプライドにも消えぬ傷をたっぷりつけてやる」


男は嗜虐的に笑うとコールの服を短剣で切り開き始めた。

コールは理由はともかく今から何をされるのかを悟ると暴れ始めた。


「な、何してんのよ!?やめて!!離しなさい!!離しなさいよ!!」

「女のくせに暴れるな!!」


パンと頬を打つ音が部屋に響く。

コールの小さな唇から一筋の血が流れた。

男はそれを見ると嬉しそうに笑みを浮かべた。


「いい顔だ」


にやにやしながらコールの体に手を這わす。

コールの背中をぞっとするものが走った。

剣を手に取れば例え魔物だろうが恐れず戦う自信はある。

だが今この状態はそんなものとは全く違う恐怖をコールに与えた。


「あ…いや。エスブル様…」

「そうだ、怯えろ。もっといい顔させてやろうか」


コールは不快な手にぎゅっと目を閉じると震える声を絞った。


「だ…誰かぁ!!」

「イザベラ姫!!」


応えるように鍵をしていたはずの扉が大きな音を立てて開いた。

男は驚いて振り返った。


「誰だ!?この無礼者が!!」

「そっちこそ誰を相手にしてるんですか!!昨日貴方を叩き伏せたのは私ですから!!」

「何!?」


男はベッドから立ち上がると黒髪短髪の私とコールを何度も見た。


「貴様…双子だったのか!?」

「いいえ!!似すぎた他人です!!」


きっぱり言うと私はずかずかとベッドに近付いた。

男を無視してイザベラ姫の前に座る。


「酷い…」


すぐに両手を戒める縄を短剣で切り、切り開かれた服を閉じた。


「イザベラ姫…。私のせいでごめんね」


私は何だか申し訳ない気持ちだけでなく、込み上げてくる万感の思いでイザベラ姫を抱きしめた。


やっと…やっと会えた。

ずっと会いたいと思っていた貴女に。

コールは突然の事態の連続にまだ呆然としている。


「あなた…あなたは、なに?黒魔女じゃないの?」

「私は…」


言いかけた私の肩にぴたりと剣の刃先が乗せられた。


「貴様からのこのこ現れたのなら丁度いい。そこの女の腕を切り落とされたくなければ短剣を手放せ」

「…」


私はちらりとイザベラ姫を見るとその側に短剣を置いた。

男はにやりと笑うと顎で短剣をしゃくった。


「おい、そこの女。短剣をここまで持って来い。おっと、お前は動くなよ?」


男は私のことを腕が立つと思い込み警戒している。

そう、私だけに。

私とイザベラ姫は目が合った瞬間おそらく同じことを考えた。

私は一切抵抗せずに大人しくした。

そしてイザベラ姫はしおらしく動くとゆっくり短剣に手を伸ばし、男の言う通りにした。


「よし、じゃあそれを…」


男は次の指示を出そうとしたが、その前に手から剣が吹っ飛んだ。


「なっ…」

「動かないで」


今度は男の首元にぴたりとイザベラ姫の短剣が押し当てられた。

男は激高すると素手でイザベラ姫に襲いかかろうとしたが、今度は私が男の腹に体当たりした。


「ええい!!」

「ぐぁ!?」


思わぬ衝撃に男は完全に床にひっくり返った。

私はその隙に転がったままの男の剣に飛びついた。

男はすぐさま立ち上がろうとしたが、その時にはぴたりと私とイザベラ姫の刃が目の前に突き付けられていた。


「き、貴様ら…」


男は屈辱に真っ赤になり吠えた。


「こんな事をしてただで済むと思うなよ!?この俺が誰だと…!!」

「はいはい、ユステルア王国の第四王子でしょ?」


私はいい加減うんざりしたが、コールは腹が立ったのか息巻いて言った。


「それなら私だって来年にはミントリオ王の花嫁よ!!あんた、その私にこんな卑劣な事をしただなんて知れたら国際問題だからね!!」


これには男は流石に顔色を変えた。


「う、嘘をつけ!!お前がミントリオ王の!?」

「嘘じゃないわよ!!何なら今すぐエスブル様の所に行って証言させてもいいわ!!」


男は自信たっぷりなコールに押され、今の今まで見せていた怒りもしおしおと萎えた。

まぁ、隣にいた私も目が落ちそうなほど丸くなっていたんだけど。

私とイザベラ姫は横目で互いを確認すると同時に一歩下がった。


「大人しく口を噤んで国に帰るのは貴方の方ですね」

「そうよ!!これ以上私たちには関わらないでよね」


私たちは項垂れる男を部屋に残しさっさとその場を離れた。

外に出ると落ち着かない様子のフリンナ姫とさっきの男たちがいた。

男は私に気付くとすぐに主人の元へ行き、フリンナ姫は足早にこっちに来た。


「イザベラ姫…お兄様は?」

「部屋にいます。大ごとにはならなかったから大丈夫です」


私が答えるとフリンナ姫はほっとしたようだ。

だが私と出てきたコールを見て再び息を飲んだ。


「い…イザベラ姫…?え…?」


私は笑みを浮かべて頷いた。


「そうなんです。実はこっちが本物のイザベラ姫です。私もやっと会えました」

「こ、これはどういう…」

「フリンナ姫」


私はしーっと指を唇に当てた。


「すみませんが、言えないんです」


フリンナ姫はまだ困惑していたが、私は構わず話を切り上げた。


「フリンナ姫、今回のことだけは本当にどうもありがとうございました」

「ですから、わたくしは別に貴女の為にしたわけでは…」

「姫は今日ミントリオを発たれるのですよね?背中はまだ痛みますが、貴女が無事帰れるように祈るくらいはしておきますよ」


私がわざとらしくすました顔で言うと、フリンナ姫は顔をしかめた。

だが直後に私がにやりと笑うとつられて僅かに笑った。


「…まったく、貴女ときたら。もう少し痛めつけてやればその生意気な口も何とかなりましたかしら」

「うわっ。シャレにならない」


フリンナ姫は緩んだ口元を引き締めると、すぐに姿勢を改めた。


「熱湯は流石に行き過ぎた行為でした。ヨリアレンナ姫にはわたくしからも話をしました」

「ヨリアレンナ姫…」

「姫を追い詰めたのはわたくしの責任でもありますわ。どうやら他にも過激な嫌がらせをしていたようで…」

「水浸しの部屋や毒のカミソリ、ですか」


フリンナ姫は僅かに頷いた。


「ですが、ヨリアレンナ姫は剃刀に毒が塗布されていた事は知らずにいたようです」

「え…?」

「それにどうやってそんな物を入手したのかも最後まで教えてはもらえませんでした」

「それって…」


私の言いたいことを汲み取ると、フリンナ姫は声を潜めた。


「どうもヨリアレンナ姫を唆した誰かがいる気がします」

「誰かが姫がそうなるように手引きをしていたということですか?」

「確証はありませんが。それに元々ヨリアレンナ姫はそこまで愚かなことをする姫ではなかったものですから…」

「…」


私は見えない敵を思うと身震いした。

いったい誰が、何の為にそんなことを…。

浮かない顔をしていると、フリンナ姫が先に気丈に顔を上げた。


「どちらにせよ、もう過ぎたことです」

「それはそうですが…」

「イザベラ姫。いえ…貴女の名を最後に聞いてもいいかしら」

「ミリ、です」

「ではミリ。貴女も国に着くまでどうかお気をつけて。…お元気で」


私は本気で驚いた。

あのフリンナ姫からまさかそんな言葉が出てくるなんて。


「あ、あの!!フリンナ姫も!!お元気で!!」


私が慌てて言うと、フリンナ姫は笑みを残しふいと背を向けた。

待たせていた侍女の元へ行くと振り返ることもなく人ごみの中へと消える。

色々あったけど、フリンナ姫とそう蟠り無く別れることが出来たのは良かった気がした。


「ネイカに言ったらまた呑気だの考えなしだの言われそうだけど」


私はネイカの事を思い出すと急に不安になった。

医者に預けてはいるけれど、本当に回復してるのだろうか。


「あの」


呼ばれて振り返った私の喉元に刃先が当たった。


「えっ」


驚いて見ればコールが手にしたままだった短剣を私に押し付けていた。


「ちょ…」

「動かないで」

「イザベラ姫…!!」

「ここでその名は呼ばないで。私は…コールよ」


コールは真剣な顔で私を見ている。

私は慎重に言った。


「ねぇ、何か凄く誤解してるみたいなんだけど、私の話聞いてくれないかな」

「お城に帰ってから聞くわ」

「ううん、二人で」


他の人に邪魔はされたくない。


「お願い。イザベ…コール。私の話を聞いて」

「…」


そっくり同じ顔が間近で見つめ合う。

コールはしばらく悩みに悩んだが、やがて静かに短剣を下ろした。


「分かった。貴女は私を助けに来てくれたしね」

「コール!!」

「ただし、後でエスブル様の所には一緒に来てもらうから」

「う…」


でもとにかく今はコールにだけでも分かって貰わないと。


「分かった」

「よし、それなら場所を変えましょ」


私たちはどこか落ち着ける場所を探すことにした。

町に緊急事態を告げるサイレンが鳴り響いたのは、この後すぐの事だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ