噛み合わない話
私とベッツィは必死で人ごみをかき分けた。
「い、いつからつけられてたのかな!?」
「分からん!!そんな気配感じなかったんだけどな!!」
ベッツィは浮かれまくっていた自分を流石に反省した。
「悪いフィズ!!とにかく撒くぞ」
「撒けるの!?これ!!」
慌てて逃げたことで、私が貴方達の探してる人ですよと自ら教えたようなものだ。
後ろからは確信を持った男たちが追いかけてくる。
どこかで上手く隠れなければ捕まるのは時間の問題だ。
「えーと、えーと!!どこに行けばいい!?」
「何してるんだフィズ!!こっちだ!!」
「あ、でも待って!!確かこの先には衛兵がいたよ!?」
走りながら他に逃げ道はないかと辺りを見回す。
すると空から高台の向こうへ何かが太陽に反射しながら舞い降りるのが見えた。
「あれは…サクラ!?」
「あ、フィズ!!」
私は迷わず方向を変えた。
長い階段に差し掛かると全力でそれを駆け上る。
サクラの先には必ずレイがいるはずだ。
「フィズ!!」
私の後ろをベッツィが追い、その後ろから十数人の男たちが追ってくる。
ベッツィは舌打ちすると体を反転させた。
「フィズ、先に行け!!」
「ベッツィ!?」
「すぐに追いつくから!!」
ベッツィは叫ぶや否や先頭の男に飛びかかった。
ここは狭い階段の途中。
そんな事をされては男たちは立ち止まるしかない。
「ベッツィ…ごめん!!」
狙われているのはどうせ私だ。
ベッツィが捕まってもそう酷いことはされないはず。
私は後ろが気になりながらも階段を駆け上がった。
「はぁ、はぁ…な、長いよこの階段!!」
息を切らせながらもなんとか上まで登り切る。
流れる汗を拭っていると、誰かが目の前に立った。
「お前が黒魔女か」
そこにはベッツィより更に背の高い男がいた。
私服ではなくきっちりと衛兵の格好をしている。
…しまった。
罠だ。
私は咄嗟に男の脇を通り抜けようとしたがすぐにひょいと抱え上げられた。
「うわわ!!は、離して!!」
「…これは驚いた。顔だけではなく骨格までコールそっくりだ」
「こ、骨格!?」
なんだこいつ!!
イザベラ姫の彼氏か何かか!?
でもただの衛兵じゃないならもしかして話が通じるかもしれない。
私は体をひねりながら声を上げた。
「えと、あの!!何故に貴方達もイザベラ姫も私を見てそんなにいきり立つんですかね!?」
男はイザベラの名に目を険しくした。
「コールがイザベラ姫だと知っているのはエスブル様と俺だけだ。その名が出るということは間違いなくお前は黒魔女だな」
「そうですよ!?私がイザベラ姫の姿に勝手に変えられて、目が覚めたら勝手にお城に献上されてた黒魔女ですよ!?名前ですか!?ミリフィスタンブレアアミートワレイです!!」
半ばヤケクソになって叫ぶ。
だが男は舌打ちをした。
「嘘をつくなっ。我々はお前がコールを殺しイザベラ姫になりすまして王宮に入ろうとしたことを知っているんだぞ!!」
「え…」
私は目が点になった。
「…私が?」
「そうだ!!」
「イザベラ姫を殺す??」
本気できょとんとなると、男は顔をしかめた。
「…そんな顔をしても、俺は騙されないぞ」
「え、いや。本気で何を言ってるか分からないんですけど」
「貴様そうやってオルフェ王子にも取り入ったのだな?エスブル様がどれほど説得しても、王子はお前の無罪主張をやめないほど洗脳されていたらしいな」
「オルフェ王子が!?」
ミントリオ王相手に真っ向からそんなことしたらまずいんじゃないか!?
そういえばこれはオルフェ王子を歓迎する祭りと銘打ってる割にはまだ一度も姿を見ていない。
「オルフェ王子は…今どこにいるんですか?」
嫌な予感に恐る恐る聞くと予想通りの答えが返ってきた。
「王子は今城に軟禁されている。彼に罪はないからな。お前と引き換えに解放されるだろう」
「軟禁…」
私のせいで…。
私は手に力を込めると男から逃れようともがいた。
「は、離して。離してください!!王子のところへ行かないと!!」
「暴れるなっ。心配せずともこのままお前も城行きだ」
「私は何もしてません!!離して!!」
体の中から熱を集めると、私は目一杯男に放った。
「うっ!?」
男は電気ショックを受けたように体を硬直させた。
「ごめんなさい!!」
熱を叩き込んだ私は痺れる男を突き飛ばすと地面の上に転がった。
そのまますぐに立ち上がるとまた人ごみに紛れた。
それと同時に階段下からベッツィが止め損ねた男たちが辿り着いた。
「ハルク様!?」
「ハルク隊長!!」
痺れた男は膝をつきながら舌打ちをした。
「くそっ…。これが魔力か。油断した」
「隊長!!大丈夫ですか!?」
「俺はいいから早く黒魔女を捕らえろ!!あいつがどれだけ変装しようがお前たちもコールそっくりなあの顔を見間違えることはないだろう!?」
「はい!!勿論です!!」
男たちはハルクから指示を受けると次々と人ごみの中に飛び込んだ。
一人になったハルクは何とか道の端に寄るとそこに座り込んだ。
「あれが…黒魔女」
正直戸惑いは大きかった。
分かっていても、コールに瓜二つな少女を相手にするとどうしても悪い者のように見えない。
「まったく、見た目とは重要なものだな。あれじゃあそのうち黒魔女の話にもうっかり耳を傾けてしまいそうだ」
ハルクは痺れが薄らぐと手足をほぐしながら立ち上がった。
「ハルク、こんな所にいたのか」
「エスブル様…」
走ってきたのは操縦士のような格好をしたミントリオ王だ。
ハルクは少し笑った。
「エスブル様、何ですかその姿は。やたら似合ってますが」
「そうだろう?一度着てみたかったやつだ」
「遊んでる場合ですか」
「遊んでない。お前が派手に動くなと言ったから地味にしてるんだ。これでも一応真剣に黒魔女を探してる」
「その黒魔女ですが、先程惜しくも逃してしまいました」
「いたのか!?」
ミントリオ王は顔色を変えた。
ハルクは頷くとまだかすかに痺れる右手を見つめた。
「…王よ。黒魔女は私が捕らえます。貴方には恐らく無理です」
「無理だと!?」
「はい。彼女は…コールに似過ぎています。コールを溺愛する貴方は間違いなく情にほだされますね」
「別に溺愛というわけでは…」
「否定するとは白々しい」
「ぐ…」
ハルクは声を落とした。
「そのコールの行方は?」
「まだ分からん。あの小僧め…コールに傷一つでも付けていたらタダではおかんぞ」
「あの跳ねっ返りが大人しくしてるはずはないので、傷の一つや二つは許してあげてください」
呆れながらもハルクは少し考えてから慎重に言った。
「エスブル様。黒魔女はオルフェ王子と同じ主張をしていました」
「知らぬ間にイザベラ姫にされていたというやつか」
「はい」
「それは黒魔女が王子に都合のいいように話したからだろう?」
「そう…ですが」
ハルクにはどこか引っかかるものがあった。
「名前を叫んだんです」
「誰の?」
「黒魔女が、自らの」
「…」
「イザベラ姫に成り済ます程の狡猾な女が…その、そんな間抜けなことをするでしょうか?」
王子が軟禁されたと聞いてはっきりと顔色を変えた少女。
あの素直な反応は嘘をつけない人間がするものだ。
ミントリオ王は腕を組み唸った。
「まぁ、どちらにしても今日中に黒魔女を捕らえる必要はある。多少荒くともな」
「そうですね」
「どんな格好をしていた?」
「今日は町娘のような姿でした。ですが我々に見つかった以上また変えてくるでしょう」
ハルクは確信を持って町を見下ろした。
「次は恐らく昨日のような少年の姿です」
「少年、か」
ミントリオ王は鋭く目を細めた。
ハルクは町を見たまま言った。
「エスブル様」
「…なんだ」
「今そんなレアなコールの姿なら見たいと思ったでしょう」
「…」
「貴方はコール探しに力を注いでくださいね」
「…」
「小さく舌打ちしない。貴方は王なんですから」
ミントリオ王にぐっさりと釘をさすと、ハルクは外套を翻し黒魔女探しの続きに入った。