私の欲しいもの
そして迎えた祭り当日。
ミントリオ人は楽しいことが大好きだと聞いていたが、確かにその通りのようだ。
オルフェ王子を歓迎する為に開催された祭りは、とてもにわかとは思えない盛大さだった。
「おっ、花火だ花火。昼間っからすごいな」
ベッツィはご機嫌で空を見上げた。
この町はどこを見ても階段だらけだが、今日はその階段ひとつひとつにも何かしらの飾り付けがされている。
祭り仕様に出された店も通りの木々に施された装飾も、いったいいつの間にと言いたくなるほど派手に変貌を遂げている。
「フィズ、こっちだ」
ベッツィに手招きされて私は物陰から少しだけ顔を出した。
「早く。大丈夫だから出てこいよ」
「大丈夫じゃないのは私なんだけど…」
ベッツィは戻ってくるとなかなか出てこない私の手を掴んだ。
「ほら。誰もフィズが黒魔女だなんて疑ってないって」
いやいや。
渋っているのはそこじゃない。
私は店のガラスに映る自分の姿にドギマギした。
長い黒髪はきっちりと結わえアップにしている。
服はミントリオで流行りらしいカラフルでふわふわしたワンピースだ。
これは正直イザベラのドレスより気の遠くなる服だ。
あぁ、駄目だ。
身体中から拒否反応。
「ベッツィ…やっぱり私騎士団の服でいいよ」
今にも絞め殺されそうな声で言うもベッツィは首を横に振った。
「駄目駄目。昨日少年姿は目撃されてるんだ。ここはあえて町娘の格好の方が絶対目立たないって」
「でも…」
「それにしても朝になったら髪が伸びてたのには本気で驚いたな。黒魔女って不思議なもんだな」
「はぁ…」
「うん、でもやっぱいい!よし行こうぜ。あっちなんて飛行船型の風船がいっぱいあるぞ」
ベッツィはうきうきしながら私の手を引っ張った。
賑やかな音楽が流れ、楽しそうに行き交う人を掻き分けながら私たちは町を歩いた。
ベッツィは次から次へと興味を惹かれてはすっかり祭り気分で楽しんでいる。
「ベッツィ。ベッツィ、ちょっと…」
私はイチゴ入りのクレープを渡された時点で我慢できなくなった。
「ねぇ、イザベラ姫を一緒に探してくれるんだよね!?」
「へ?」
ベッツィはクレープを齧りながら私を見下ろした。
「まぁ、そうだけどさ。せっかくだしもう少し楽しまないか?珍しい物沢山あるぞ?」
「私は一刻も早く彼女に会いたいんだってば。大体ベッツィが昨日、今は危ないから城に戻るよりも明日の祭りの最中で探す方がいいって言ったよね!?」
「わ、分かった。分かった分かった」
ベッツィはもぐもぐしながら人ごみを見回した。
「焦らなくてもあちらさんだって今日は祭りに乗じて何らかの動きを見せるさ。ほら、衛兵たちも町中にきっちり配備されてるし」
ベッツィは食べ終わると得意げに言った。
「だから、こうやって楽しんでる一般人のふりをしながこっちも探すほうがいいんだ」
「…ふり?」
「そうそう。だからお前も早くそのクレープ食べちゃえよ」
私はベッツィを疑いながらも渋々口をつけた。
「…おいしい」
「だろ!?」
ベッツィは目を輝かせると嬉しそうに道の先を指差した。
「食べたらあっちに行こうぜ。見せたいものがあるんだ!!」
「え、あ…そう」
ベッツィはよほどお祭り好きなのだろうか。
私にとっては浮かれた人々の群れの中に入るとか苦行でしかないが。
ベッツィは私が食べ終わるとすぐに手を引きどんどん歩いた。
慣れない速度で進まれ、私は何度も振られてはすれ違う人にぶつかった。
「べ、ベッツィ、ベッツィちょっと…」
「ん?あ、あれあれ!!あの店!!」
ベッツィは急に立ち止まるとミントリオらしい空色のガラスを盛り込んだアクセサリーショップを指差した。
「ほら、珍しい石だろ?これはミントリオ特産のものらしいぜ」
「はぁ…」
正直殆ど興味はなかったが、私はこれも素材の勉強だと自分に言い聞かせると一応中を見て回った。
ベッツィは私にどんなのが好きかとしきりに聞いてきた。
「これなんかは?小ぶりな石が主張しすぎないし」
「いや、指輪はしないからいいや」
「そ、そっか。いきなり指輪はないよな。これは?」
「…ごめんあんまりアクセサリーって身につけないんだ」
「え!?そうなのか…。いや、そのネックレスも大事そうにしてるから俺はてっきり…」
私は首元でしゃりと揺れるネックレスに手を当てた。
「…これは、特別。一番大切な人にもらったから」
「えっ…」
ベッツィはみるみる元気をなくした。
「そ、そっか。考えてみれば身近にはいつも王子がいるもんな。アクセサリーなんて豪華な宝石のやつを腐る程貰ってるか」
ベッツィはぶつぶつといじけたが、私はアリス姫とのあれこれを思い出し一人にやけていた。
「じゃあさ、他に何か欲しいものとかない?」
「欲しいもの??」
私は首を傾げた。
欲しいもの、か。
そうだな。
今はやっぱり…
「自分の体」
「えっ」
予想外の答えにベッツィはこけそうになった。
だが私はしみじみガラスに映った自分を見て言った。
「私この体はずっとイザベラ姫のもので、返せば何処かにある自分の体に戻れると思ってたんだ」
「お、おぅ…」
「それなのにそうじゃなかった。本物のイザベラ姫はちゃんと自分の体で存在してた。…じゃあ、この体は私の体が捻じ曲げられて作られたってことでしょう?」
ベッツィは想像力が追いつかず何となく粘土細工をぐにゃぐにゃさせるイメージで考えた。
私は自分の手を見つめた。
「…それって、もう元には戻れないってことじゃないのかな」
私は手をきゅっと握りしめた。
戻れないとしたら、それはもうミリフィスタンブレアアミートワレイは死んでしまうということだ。
ベッツィは頭をかくと気軽に言った。
「まぁ、戻れなくても問題はないんじゃないか?」
「え…?」
「フィズはフィズだし。それに嘆くほど酷い顔になってるならともかく、そんなに可愛いし…」
ベッツィは言い過ぎたと慌てて口を閉ざした。
それから誤魔化すように咳払いをすると私の手を掴んだ。
「今度はあっちを見に行こう。それとも特別仕様で飛んでる飛行船に乗るか?」
「いや、あれはもう…」
私の返事も聞かずにベッツィはぐいぐい手を引き賑わう場所を見つけてはあちこち足を運んだ。
後々考えるとこれはベッツィなりに私を楽しませようと頑張ってくれていたみたいだ。
だがこのペースは私にとってはちょっと辛い。
自分らしくない格好。
苦手な人ごみ。
なんだか何を見ても積み重なるのは疲労ばかりだ。
おかしい。
王子と出かけた時はもっと…。
私ははっとすると首をぶるぶる振った。
いやいや。
いやいやいやいや。
今のなし。
なしなし。
否定しようとするも一度浮かんだものはなかなか消えない。
私はベッツィに手を引かれながらも自分自身に困惑していた。
…だって、楽しかった。
美味しいクレープじゃなくて、まずい果物を食べた時の方が。
王子も押しは強いが、私の話をちゃんと聞いてくれる。
いつでもちゃんと私を見ている。
イザベラじゃなくて、私を。
私はベッツィの手を振り払うと足を止めた。
「フィズ…?」
「ごめんベッツィ。私、王子のところへ戻る」
「え!?城へ!?」
「うん。レイのこともやっぱり気になるし」
「ち、ちょっと待て。それはいくらなんでも無謀ってやつじゃないのか!?」
私は服の下に隠した短剣にそっと触れた。
「分かってるけど、でもきっと王子も私のことを探してる」
「フィズ…」
ベッツィは肩を落としたがすぐに顔を上げた。
「分かった。それなら俺も行く」
「え、でも…」
「お前一人行かせるわけないだろ」
ベッツィは私の手を握りなおすと城を見上げた。
そしてすぐにはっとして辺りを警戒した。
「フィズ…」
「ん?」
「やばいかも」
「え?」
聞き返す前に私たちの前にずらりと私服の男たちが立ちはだかった。
一般人を装っているがその動きと目の鋭さは明らかに違う。
「べ、ベッツィ…」
「…。逃げるぞっ」
ベッツィは私の手を引き人ごみの中に飛び込んだ。