コール
オルフェ王子を連れたミントリオ王は、城の最上階へと向かった。
どうやら会わせたい人物というのは余程の身分か地位のある者、あるいはミントリオにとって何かしら重要な者のようだ。
王子は大人しく王の後ろを歩いたが頭では別のことを考えていた。
この先にいるのは、おそらくミントリオ王にここまで黒魔女に対する敵意を抱かせた本人だ。
誰に何を言われても説得させられるつもりは微塵もないが、厄介なのはミリが無害であるとこちらから証明出来ないことだ。
どうしたものかと思案しているうちに、ミントリオ王は一つの扉の前で足を止め振り返った。
「えー…、悪いが少しここで待っていてくれないか」
「ここで?」
王はかりかりと頭をかくと、ひとつ咳払いしてから扉をノックした。
「入るぞ、コール」
言うと同時に扉を開くと中から意外すぎる声がした。
「あぁ!!エスブル様!!また返事をする前に扉開く!!」
聞こえたのは麗らかな娘の声。
ミントリオ王は笑いながら中に入った。
「着替え中だったか、これはすまない。今日は稽古場へ?」
「もちろん!今日は試合形式で腕試しをするの。絶対男になんて負けないんだから!」
「今日も勇ましいな」
「どうでもいいけど扉閉めてよ」
王は笑みを消すと声を落として言った。
「コール、実はお前に会わせたい人を連れて来た」
「何よ。またお見合いみたいな馬鹿な話なら許さないわよ?」
「まぁ、違うとは言い切れんかもな。…王子、お待たせした。こちらへ」
廊下で待たされていたオルフェ王子は、何故ミントリオ王がこの威勢のいい娘に自分を引き合わそうとしているのか疑問に思った。
だが呼ばれては部屋に入るしかない。
扉をくぐれば予想通りミントリオ王と二十歳にはまだ数年届かないくらいの少女がいた。
「ミントリオ王、これは一体…?」
王子の言葉は少女と目が合った瞬間に止まった。
目の前の事に理解が追いつかず完全に思考が停止する。
ミントリオ王は王子が衝撃を消化するまで待っていたが、わけの分からない少女が居心地悪そうに言った。
「誰?」
「コール、こちらはスアリザ王国のオルフェ王子だ」
今度は少女が絶句した。
オルフェ王子としばらく見つめあったまま動けないでいたが、勢いよくばっとミントリオ王を振り返った。
「し、城にいるのは知ってたけど…エスブル様は絶対私に会うなって言ったじゃない!!ど、どうして連れて来たの!?」
「落ち着け。オルフェ王子は何も知らないのだ。どうにもあの黒魔女を庇おうとするのでお前を見せに来た」
オルフェ王子は我に返ると知らぬ間に詰めていた息を吐いた。
「…ミントリオ王、すまないが始めから話をしてもらえないか」
「やっとこちらの話に耳を傾ける気になったか」
ミントリオ王は少女に向き直った。
「邪魔をしたな、コール。稽古場に行きなさい」
「でも…」
「大丈夫だ。お前は何も心配しなくていい」
「…」
少女が不安そうに見上げるとミントリオ王は優しく栗色の髪を撫でた。
「後で試合の結果報告を聞くからな。全勝したら前の約束を守ってやる」
少女は目を丸くした。
それから嬉しそうにパッと顔を輝かせた。
「絶対ね!?」
「二言はない」
「嘘ついたら!!」
「針二万本」
「よし!!」
少女は気合いを入れると足取り勇ましく出て行った。
ミントリオ王はそれを見届けるとにこやかだった顔を一変させた。
「さて、騒がしくして申し訳ない。話の続きといこうか」
「…」
「ここでは何なので下に戻ろう」
オルフェ王子は予想外の出来事にまだ混乱しながらも、表向きは冷静に頷いていた。
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ミントリオ王が碧の間からオルフェ王子を連れ出した後、レイはすぐにミリを探しに城中を駆け回っていた。
だが王の言う通りどこにもその姿はない。
「まったく…どこへ行った!?」
オルフェ王子はおそらくこのままミントリオ王から解放されることはないだろう。
王子もそれが分かった上で自分にミリを探しに行けと合図したのだ。
レイは無意識に舌打ちを漏らした。
一刻も早くオルフェ王子の元へ戻らなければという思いが焦りを生む。
それに内輪揉めに気を取られていたとはいえ、ミントリオ王の周りに細心の注意を払うことを怠った自分にも腹が立った。
レイは城をくまなく探し終えると、壁にもたれかかりながら荒くなった息を整えた。
「…まさか城外へ逃げ出したのか?」
流れる汗を拭いながらふと窓の外を見る。
すると中庭に見覚えのある騎士団の服と赤髪が目に入った。
「あれは…ベッツィ?」
ベッツィは中庭を抜け稽古場に向かっているようだ。
その隣にいる黒髪の少年に気付くと、レイは毛を逆立てた。
「…ミリ!?」
叫ぶが早いか床を蹴り走り出す。
髪を切り落とし、変装して外に逃げたのならそれは別にいい。
だが、何を思ってのこのことあんな所に向かっているのか。
訓練生が大勢いるはずの稽古場で、今まさに王が探している黒魔女だと知れたらどうなるかなんて火を見るより明らかだ。
レイは最悪の事態を想定すると、走りながら懐から銀の笛を取りだした。