不穏な夜
私は必死にネイカを晩餐会場から連れ出した。
そしてその辺にいる衛兵をとっ捕まえるとすぐに助けを求めた。
「すみません!!あの、私の侍女が具合悪いみたいで、すぐにお医者様に見ていただきたいのですけれど!!」
衛兵は大したドレスも着ていない私を姫だと判断しなかったようだ。
うるさそうに手を振った。
「具合が悪いなら帰れ帰れ。ここはお前らみたいなのが来る場所ではない」
「でも…!!」
衛兵はそれ以上は無視を決め込んだ。
ネイカの手は汗ばみ呼吸も浅い。
私は焦った。
ここはあまり知らないお城の中だし、自力で医療室を探すのは困難だ。
「王子…」
会場を振り返るがとても王子のそばまで行ける気がしない。
ましてや何処にいるのか分からないレイを探すことも不可能だ。
私は半泣きになりながら自分の部屋を目指して歩いた。
とにかくネイカを落ち着いて横にしてからなんとか王子をつかまえるしかない。
中々進めないでいると、後ろから声がした。
「ミリさま!!」
「え…」
振り返るとユセがこっちに走って来るのが見えた。
正装しているところを見ると騎士団員としてではなく、スアリザを代表する大貴族、インセント公爵家の一人として参加していたのだろう。
「ユセ!!」
私は救世主出現に泣きそうになった。
「ミリさま、大丈夫ですか!?またフリンナ姫に絡まれていたでしょう!?」
「ユセ!!ユセどうしよう!!ネイカが…ネイカの様子がおかしいの!!」
「え…」
「お願い私の部屋に運ぶの手伝って!!」
ユセは驚きはしたが、すぐにネイカを受け取り横抱きにした。
「何があったのですか!?」
「それが…」
私はユセと早足で歩きながらさっき部屋で起きたことから一気に喋った。
「そんな…姫君たちがそんな卑劣なことを…」
「でも本当なの!!部屋にドレスがそのまま置いてあるから見て!!」
ユセはすぐに頷いた。
「僕はミリさまを信じます」
「ユセ…」
私は目元を拭ってから顔を上げた。
「あ、ありがとう」
「いえ。急ぎましょう」
「うん」
私は少し安心すると急いで案内した。
ユセは途中で城の者に急病人がいることを伝え、私の部屋に医者をよこすように頼み込んだ。
何処からどう見ても高貴な貴族姿のユセの頼みは、今度はすんなり聞き入れられた。
私はやっと部屋に辿り着き扉を開こうとしたが、一瞬手前で躊躇した。
そっと取っ手に触れ扉を開く。
…異常はない。
中を覗き明かりをつける。
大丈夫。
何も変わってないな。
ユセは部屋に入るとネイカをソファに下ろそうとした。
「あ、ベッドに寝かせてあげて」
「でも…そこはミリさまの」
「いいから」
ユセは少し考えたが言われた通りネイカをベッドへ入れた。
「ミリ…」
ネイカは苦しそうに身を縮めた。
「ネイカ!!ネイカ辛いの!?苦しい!?」
「大丈夫だってば…」
「だ、大丈夫そうじゃないんだもん!!待っててね、今お医者様が来てくれるから!!」
「うん…」
ネイカは力なく頷くと目を閉じた。
ネイカは私の代わりにこうなったようなものだ。
ごめん…ネイカ。
私はそばで祈るように手を組んでいた。
医者は思いの外早く駆けつけて来てくれた。
しばらくネイカの診察をし、指の切り傷を確認する。
医者は顔色を変えると共に連れてきていた者に薬を持って来るように指示を出した。
「先生、ネイカはどうなんですか…?」
薬を待つ間に我慢できずに聞くと、医者はネイカの手を置いた。
「おそらく何らかの毒なのは間違いない。だが入りどころが指先で少量だったのが幸いだ。処置が終わればいくつか薬を打っておくから二、三日安静にして様子を見よう」
「は、はい…」
「それにしても何処でこんな怪我を?」
立て掛けたドレスはそのまま置いてある。
カミソリが仕掛けられていたなどと話せば大騒ぎになるだろう。
「あの…。えと、分からないんです」
「分からない?…不可解なこともあるものだ」
医者は首をひねったが、薬が届くとネイカに処置をし席を立った。
「何かあればすぐに呼んでください」
「はい。ありがとうございました」
私は素直に頷いた。
医者が出て行くとほっと肩から力が抜ける。
何とか早めに診てもらえて良かった。
これもユセのおかげだ。
「ミリさま」
ユセは私をドレスのところに呼んだ。
それから困惑しながらカミソリがあった襟元を開いた。
「あの、刃物はどこに?」
「あ、あれ?」
そこにあったはずのカミソリがない。
ユセは他の場所もチェックした。
「本当に仕掛けられていたのはこのドレスであっていますか?」
「うん、間違いないよ。おかしいな…」
ユセはドレスを見ながら考え込んだ。
「これは本当に姫君たちの仕業だったのでしょうか」
「でも、他に考えられないし…。それにネイカが言うにはニヴタンディで姫の誰かが私を消すって言ってたらしくて」
「ミリ様を!?」
ユセは大きな声を出した口元を慌てて塞いだ。
「…それは本当ですか?」
「う、うん」
ユセは低く唸った。
「ミリさま。この事は僕から報告しておきます。あまり騒ぎになってその犯人を警戒させてもいけませんし」
「え…と、ユセがそう言うなら…」
ユセはもう一度だけドレスを確認するとすぐに部屋を出て行った。
私は一人になるとまた不安になった。
「うぅ…。レイ、早く帰ってきて」
びっしょり汗をかくネイカはすごく苦しそうだ。
私には手を握りながらひたすら回復を祈ることしかできなかった。
もう何時間そうしていたのか分からなくなった頃、廊下で人の足音と声が聞こえてきた。
どうやら晩餐もお開きになったようだ。
さっきフリンナ姫とやり合ったことを思い出し、私はため息をついた。
あれは確実に怒らせたに違いない。
どうしたものかと悩んでいると、急にノックもなしにがちゃりと扉が開いた。
「イザベラ姫さま」
「失礼します」
入ってきたのはまさに案じていたフリンナ姫の侍女二人。
私はネイカを庇うように立った。
「な、何の用ですか?」
二人は冷笑を浮かべ、ずかずかと部屋の中に入ると両脇から私を抱えた。
「え、は!?」
「お静かに。フリンナ姫様がお呼びです」
「いや、こんな時間に!?明日にしてください!!」
今ネイカのそばを離れるわけにはいかない。
私は猛烈に拒否をした。
「いくらフリンナ姫の言いつけとはいえ非常識です!!お引き取りください!!」
「そうはいきません。こうなったのも貴女のせいですよ」
「離してください!!」
「駄目です」
揉めていると廊下から他の侍女まで入って来た。
「あら、イザベラ姫様。夜中に大声出すなんていけませんわ」
「そうですわ。お早くこちらへ」
総勢六人。
こうなると私一人が太刀打ちできるわけもない。
私は部屋から引きずり出され、フリンナ姫の部屋まで連行された。
中に入ると、側室の姫が全員揃っていた。
私は真ん中に立つフリンナ姫の目の前まで連れてこられた。
「…お待ちしてましたわ。イザベラ姫」
フリンナ姫は微笑みを浮かべている。
私は両腕を掴まれたままフリンナ姫を睨んだ。
「こんな時間に…何か用ですか」
虚勢を張るが声が震える。
周りの姫達はくすくすと笑った。
フリンナ姫は扇を閉じると私の顎にぴたりと当てた。
「貴女に、世の条理というものを知って頂こうと思いまして」
「…」
「貴女の傲慢で身の程をわきまえない態度は、わたくしたちを酷く傷つけました。わたくしたちにはわたくしたちなりの秩序があります。和を乱す貴女には一度身の程を振り返って頂かなければならないようですね」
その目は押し殺した怒りで異様に光っている。
私はじっとりと冷たい汗を流した。