第8話・金貸くんの反対尋問に困り果てる裁判官女史なのだった。
反対尋問とは、証言した者に対して尋問事項に関連する自己に有利になる証言を強制的に回答させるいわば、反証に対して現れていない事実を明らかにするための尋問なのだが、金貸くんの反対尋問は果たしてどうなるのやら・・・
「お・・おっ・・・おま・・・えとっとと・・・お前と飲みに行ってててと・・・それから・・・でもだぁ!たったたの・・・楽しかったったた・・・よな?アスハちゃんとLINE交換できてってて、オイラの方がモテテテ・・・て」
金貸くんの反対尋問がスタートしていた。
裁判官女史は金貸くんを一瞥して、先の尋問を促すのだった。
「飲みに行った話は分かりましたから、金銭の貸し借り関係の事実を尋問してください。
反対尋問の必要性さえ理解していない、金貸くんである。
「そっ・・・そう・・・だぁだだだ。お前に確かにあの時は10万円貸したぞぉ!オイ・・・ラララは。お前はオイラにだけに、アスハちゃんがLINEの交換してくれたのを嫉んでいたじゃないか。だっだ・・・だっだだだから、貸した金を返してくれないんだろろろろ・・・」
呂律が上手く回らない金貸くんは、借主くんに貸したお金よりか飲みに行ったことが争点であると、どうも自分勝手に勘違いをしているらしいのだった。
「そ・・そ・・・んなことないよ。ボクもアスハちゃん以外の女の子からLINEし・・・しょうよってい・・・いわれたから・・・ましたから。はい」
借主くんも、金貸くんと飲みに行った時のことを答えればいいと、大きな勘違いをしているのだった。
「だっ・・・だってて・・・お前はああ・・・あの時は、アスハちゃんにオレともラ・・・LINEして欲しいって、いってててて・・・たじゃななないか・・・か」
「それは、その場を盛り上げようとしていっ・・・いっ・・・いっただけさ」
「ななな・・・何だとぉ!おおお・・・お前はその場を盛り上げるためにあっ・・・あっ・・・あっちこちの女の子にラ・・・ラ・・・LINEをしようよっていっ・・・いってたたたのののかかか・・・」
「いい・・・いや。そうじゃないさ。ボク好みの女の子がお・・・お・・・多かったので、本命はどの娘にしようかって、迷っていただけさ・・・」
「じゃ・・・じゃあア・・・アス・・・アスハちゃんもお前好みだだだ・・・だったのかかか・・・」
もはや、金銭貸借問題はそっちのけで2人の尋問は、少額訴訟に持ち出すべき問題ではないのであった。
「い・・・いや。アスハちゃんは金貸くんのキミがお気に入りだったのて、ボクは他の女の子と仲良くなりたくて・・・」
ここまで二人のやり取り聞いていた裁判官女史と書記官女史は、顔中に痙攣が走りだしていたのだった。
「原告と被告は、争点の金銭貸借についてのみの尋問と答に徹しててください。飲みに行ってから金貸くんは借主くんにお金を貸したのでしょう。その後の2人の具体的経緯を原告は尋問して、被告はそれに答えてください」
裁判官女史は金貸くんと借主くんの脳の中身を見てみたい衝動に駆られながらも、当事者尋問の追行を促すのだった。
「おお~っ!そうだそうだ!お・・・お・・・お前にオイラは確かに10万円かっ・・・かっ・・・貸したけ・・・かな・・・?」
沈黙の借主くん。
裁判官女史と書記官女史の目には、?マークが刻まれて何を言いたいんだかこの人は・・・・見たい的なことを思いつつ、顔中の痙攣状態を抑えているのだった。
「貸た!貸た!オイラはお前に10万円を絶対にあの時に貸たぞぉ~。オイラは多少の酒では物事は忘れないのだ。だ・・・だ・・・だから10万円を速やかに返さないと、死刑をお前に求刑するぞぉ・・・」
金貸くんは民事事件も刑事事件も区別がつかない、本当に困ったことばかりを平然といって退けるのだった。
賢明なる読者諸氏なら当然に分かっていると思いますが、民事訴訟で被告に対して原告が、死刑どころか刑罰を科す求刑なんて、できる訳がないのです。
刑罰を求刑できるのは公益を代表する、検察官検事にしか与えられていません。
それ故に、金銭貸借の問題は民事問題なので民事不介入の原則からも、警察などの捜査機関は介入できません。
なので、この金貸くんの「死刑をお前に求刑するぞぉ」の尋問は、完全に民事訴訟から逸脱した尋問なのです。
一方の金貸くんは、堂々と借主くんに対して「死刑を求刑するぞぉ」などと、いっているのだから裁判官女史は、本当に訴訟の進行に困り果てているのだった。
「もう分かりましたから。原告は反対尋問はここで終えてください。裁判所から不明な点は補充して被告に尋問しますから」
(こんな厄介な人が世の中に存在していたのか・・・・)裁判官女史は苦痛を飲み込んで、訴訟を進行して行くのだった。
著者としても、金貸くんに反対尋問を続けさせていてはストーリーが進展して行かないので、裁判官女史へのバトンタッチとして補充尋問シーンへと展開して行きます。
金貸くんは、まだ何かを良いたいようで口をへの字に曲げているのだった。
「では、原告と被告のあなたと裁判所を交えて話し合いをしてみて、返済金と返済方法を決定してはいかがですか」
「はぁ~。ボ・・・ボクはかまわないのですが、金貸くんの意見はどうなのかと・・・」
裁判官女史の提案は、金貸くんと借主くんを和解させようと試しみているのだった。
金貸くんを綺麗な眼差しで一瞥してから、裁判官女史は金貸くんに問いかける。
「原告の金貸くんは、被告の借主さんと話し合ってみる気はありますか」
金貸くんは、綺麗な眼差しで問いかけられた裁判官女史にボ~っとしていて、何を問いかけられたのか質問の意図が分からないままで、顔を大きく左右に振って疑問を投げ捨てて答えるのだった。
「オ・・・オ・・・オ・イラはまだ若いので、頑張ってカプセルホテルでこれからも、は・・・はたりき・・・いや働きます・・・はぁ~」
裁判官女史の綺麗な眼差しに完全に心が虜になっている、金貸くんである。
「そうではなくって、借主さんと話し合ってみますかて聞いているのです」
逆ギレ状態の裁判官女史だった。
(何をどう説明すれば分かってくれるのかなぁ?本当にいやんなっちゃうわ。早く終わらせないと次の審理に、影響しちゃうじゃない)と、裁判官女史は思っていたりしているのだった。
「話合いってかぁ~!そぉ・・・そぉ・・・れは、オイラとあなたが食事をしながら話すってお誘いをいただいてるってことかよ・・・」
「ことかよ」なんていう金貸くんは、既に相手が裁判官という立場を完全に忘れているのである。
痙攣が交じった美しい顔中に✖をいっぱいにして、裁判所から逃げ出したいと思う裁判官女史である。
「いい加減にしなさい。ここは裁判所です。不謹慎なことばっかりいっていると、あなたに死刑判決を下しますよ。借主さんとお金の返済方法について話し合うかをお伺いしています」
裁判官女史も手の付けようがない、金貸くんの横柄な言動に下せる訳もない、死刑判決を下しますよと思わず口走ってしまうのだった。
「し・・・しけ・・・死刑は嫌だ!でもでもあいつと話合いはもっと嫌だ!嫌だ!嫌だ!だって、だってさ~ぁ。あの時にお金を借主に貸してから、頓珍感のラーメンもオイラは奢ってやったのさ。だからあいつは、失敬な奴なのさ」
死刑と失敬を掛けたギャグをいい放ち、再び大きく顔を左右に揺さぶる金貸くん。
金貸くんのくだらないギャグをさらりと流した裁判官女史は、金貸くんの訴訟態度に、この様なケースの場合を想定して、司法修習をしていなかったことを悔いるのである。
(私は裁判官としてまだまだ未熟だわ。こんな原告や被告の登場は想定外だったし、これからの職業裁判官としてもまだまだ勉強不足なのかも・・・ていうか、法が想定していなかったケースかも知れないし・・・このような当事者は)
ついには、自分の裁判官としてのキャリアに自信を損失しそうな裁判官女史である。
「話合いや和解で、被告の借主くんと解決する気はないのですね」
金貸くんを説得するのは弊害が多すぎると、半ば諦める裁判官女史。
「あ・・・あ・・たったた・・・あたり前田さん・・・も・・・もっ・・・元へ。あたり前だっだっだっ・・・だ。借主の奴は嘘ばっかだし、そのぉ~。えっとと。そのぉ~ばっかだししし・・・し」
自分も借主くんにいった「そのぉ~」を使っていることに気づいていない、本当におバカさんな金貸くんだった。
「あのぉ~。そのぉ~。結局ボクはどうすればいいのでしょうか・・・」
数秒間虚空をつかむような沈黙が法廷に包まれる。
裁判官女史。
「・・・・・」
借主くんをゆっくりと振り返り、一瞥する。
書記官女史。
「・・・・・」
笑いを飲み込むため俯く。
金貸くん。
「うっ~つっっ・・・・そのぉ~だっだ・・・」
借主くんに吠える言葉を、考えあぐねる。
「そのぉ~。ででですから、あなたは分割で原告に借りているお金を返済することは可能なんですね」
ついには、裁判官女史も自分を見失い「そのぉ~」が伝染し、何を尋問していいのか迷える心理状態になってしまうのだった。
「そのぉ~。はい。かかか・・・返せますがそのぉ~いくら返せばいいのかが・・・・」
「金貸くんは、被告の借主くんとの話し合いはしたくないということでいいのですね」
「そのぉ~。あのぉ~。おぉー!そういうことってか、そそそ・・・そうだ!」
謙虚という言葉が、金貸くんの辞書にはなかった。
「それでは借主くんに10万円のお金が一括払いで返済できない事情がある時は、分割払いでの支払いには応じられますか」
「そ・・・そそれはそのぉ~。借主の奴がが頑張ってってて、返さなきゃだからさ・・・そそれれははОKだっ・・だ」
実は金貸くんは分割払いの意味を理解していないのだった。
分割払いはいうでもなく、数回に別けて支払う返済方法なのだが金貸くんは、分割を「自分が勝つ」という意味に勘違いしているのだから、この金貸くんを社会で教育するのは著者の私も、霹靂が多すぎると思うのである。
(こんなキャラで、創作したことを後悔している著者です。おかげでストーリー作りに行き詰ってしまってます・著者談)
「それではこれで審理を終結して、判決を致します。1時間ほど裁判所に時間をいただき判決を言渡しますから一旦閉廷して、11時15分から開廷いたします」
少額訴訟は、原則1回限りの審理で終結して、その当日に判決を言渡すシステムだ。
金貸くんと借主くんは、法定から一旦退廷する。
金貸くんと借主くんの間で気まずい雰囲気が垣間見れて、ギクシャクとした足取りで廊下を歩いていると、先に歩く金貸くんが後ろを振り返り、借主くんに対して眼を付けるのだった。
つづく。
第9話予告
判決の行方はどうなるのだろうか?金貸くんと借主くんは過っての友情を取り戻すことができるのだろうか・・・
なかなか先にストーリーが展開しない著者も、金貸くんにジレンマを感じているのだが法律的なことを創意工夫して、金貸くんを描くことに遅筆になってしまいがちですが、この連載も後数回で完結予定です。
読者諸氏にもう少しお付き合いをして頂きたく、お願い申し上げます。