第4話・金貸くん。裁判所へ行くが、またしても裁判所職員を困惑させるのだった。
それから暫くして、金貸くんは悪戦苦闘に耐えて悪文の内容証明を書き上げってから、配達証明付で借主くん宛てに送るも、貸金くんの返済指定期限の7日を過ぎても、借主くんからは何の音沙汰もなかった。
それで仕方がないので、いよいよ簡易裁判所へ赴く金貸くんなのである。
先日の司法書士女史から貰ったパンフレットによると、訴える被告の住所を管轄する裁判所で訴訟手続をすると書き綴られていたが、元々金貸くんも借主くんもY市に在住しているし、当事者双方の管轄裁判所の裁判権のある簡易裁判所は、Y地裁合同庁舎内のY簡易裁判所しかないのであった。
金貸くんは、裁判所の前で仁王立ちになり、ここがテレビのニュースで時々見かける裁判所だな。オイラが、この裁判で勝ったら「勝訴」と、一筆入れた垂幕を堂々と前に突き出して、裁判所から飛び出して来れば、ニュースで報道してくれるって分けだな・・・
などと、本当にくだらない事ばかりを考えて生きて来ているから、社会のシステムを舐めていると言うよりか、全てが自分中心に物事が進んでいると思っている金貸くんは、本当に困ったお人なのである。
「いざ、参らん!」と、小さく呟いて恐る恐ると裁判所内に入って行く金貸くんだが、外にいる警備員から、怪訝な眼で見られているようで後味が悪い感じがする。
勇気を出して、裁判所内にいた警備員のオジサンに「少額訴訟の民亊事件を受付する所は、何処れすか・・・?」と、舌が回らずに、出だし早々とつまずいてしまうのだった。
「あそこですよ」と、指を挿して屈託ない顔で教えてあげる警備員のオジサン。
「あの~ぉ~ぅ・・・少額訴訟の者ですが・・・」と一応は自分では、これが礼儀正しいと思って低姿勢で、民亊受付係の強化ガラスの扉を少し開けつつ、顔を押し込むようにして中で事務に勤しんでいる裁判所職員に、問を発する金貸くんだった。
その声を聞いて、金貸くんに気付いた1人の職員が歩み寄って来る。
「え~っと、少額訴訟の件で来られたのですか?」と、何とまた美しい女性事務官が応対に出たものだから、またまた良い女を見てしまって、金貸くんは舞い上がってしまうのだった。
「う~っと、そうでは無くって・・・少額訴訟の事でして・・・」
胸はドキドキと鼓動を高鳴らせて、金貸くんの頭の中は(オイラも裁判所で、この娘らと働いて見たい・・・)と勝手な妄想ばかりが広がって行くのだった。本当にどうにもならないバカな奴なのである。
「少額訴訟ですよね。ですから度の様なご用件ですか?少額訴訟で訴えを提起されたいってことですか」クッスと、愛らしく微笑む美しい事務官に、疑問符を投げ込まれて動揺を隠す仕草をする金貸くんなのだった。
「訴えを・て・い・き・・・?如いて言えば、そうなるのかな?」
愛らしい笑みをぶつけて来る女性事務官に、心の中は翻弄されている金貸くんなので、自分の考えて来た事柄が、あっちこっちに弾け飛ぶ。
「要は、少額訴訟で訴えを提起されたいって事で良いんですね」
愛らしい笑みが、苦笑いを隠す表情へと少しづつ移って行く女性事務官だった。
「そうだ!その少額訴訟だ!そいつをしにやって来たんだオイラは・・・」どうも、自分本位の考えでしか物事の是非を判断できない、金貸くんなのである。
「本日は訴状はお持ちになってますか?」
「訴状?持ってないぞ!そんな物!ここでくれるんじゃなかったのか・・・?」
「まだ、訴状のご用意は出来てないってことですね。それでしてたら、こちらの用紙をご利用ください」と、裁判所にスタンバイされている訴状用紙を金貸くんに手渡すも、金貸くんの横柄な態度で一歩身を引く女性事務官である。
その交付を受けた訴状用紙をマジマジと見つめる金貸くんだったが「紛争の要点(請求の原因)」と、記された箇所に眼が止まる。
「あのぉ~う・・・紛争の要点とは、何の事でしょうか・・・?」
疑問に思うことは、単刀直入に聞かなければ気が済まない性格の、金貸くんである。
「ですから、その~ぉ、どんな経緯で訴える相手にお金を請求したいのかを、簡潔に記載することになっていまはから・・・」笑みから苦笑いを隠し、今度は苦悶な表情を浮かべ始める女性事務官だった。
「なる程な!まぁ~借主って奴がだな!オレが貸した10万円をなかなか返してくれないんだが、そんな様な事で良いのかよ?」なぜか、直ぐに女に対してはお友達感覚で接する癖のある金貸くんは「よ」なんて言葉を、軽々しく使ってしまう。
「それって、簡単に言えば貸金請求の事件ですね。でしたら被告となる相手とどの様な関係で、何時頃お金を貸したのか、貸したお金を催告したのは何時か等を簡潔に書いて頂ければ、事は足りると思いますが」
色々な人達が来庁して、色んな問題を持って来るが、こんなバカなやつ来たのは初めてじゃないだろうか?、と過去を振り返る女性事務官なのである。
「ほお~ぅ。そういう事だな。なら簡単な話しだ。借主にお金を貸したのは平成〇年の□月△日に預金通帳の記録で分かっている。貸した場所は確か・・・」と雄弁する金貸くんの言葉を遮って、少額訴訟の要点を説明してあげる、優しき女性事務官だった。
「はいはい。あなたの言いたい事は分かります分かります。ですから、その事実を「紛争の要点」の欄に簡潔に書き添えてくださいね」
相手は幼稚園児レベルだと思って、お話をしてあげる実に心優しき天使のような女性事務官なのである。
「ね」なんて言われたものだから、またまた心の中で(こいつ、オレに親しみを感じてやがるな、こう言うことから愛に発展して行くんだ)などと、本当に女子の気持ちを顧みずに、一方的に女を見たら自己中心に思いを馳せる、金貸くんなのだった。
「そっかそっか、そういうことか。それをここに書けばいいんだな」と、何とか納得する。
「そうですね。そして10万円の請求ですから、千円分の印紙と切手が四千円分ほど必要になりますね」
あくまでも、優しく優しく諭すように応対してあげる女性事務官だったが、次の金貸くんの質問に度肝を抜かれる。
「なぬ!千円だと!四千円分の切手だと!!なぜそんな物が必要なんだ。ただなんじゃないのか!オイラは金を貸してるだけなんだからなぁ~!」
あの時の司法書士から貰った少額訴訟についてのマニュアルさえも、満足に読んでいなかったようで、本当に相手の立場からは理解不能な言葉を平然と投げつける、金貸くんなのである。
なので、このままでは愛らしい笑みを浮かべて、優しく接してくれている女性事務官に失礼なので、ストーリーの進行経過を踏まえて、ここで著者の休憩も兼ねて解説を挟むことにする。
著者・sorano.isの解説―その③
この、愛らしく微笑む女性事務官の言う「千円分の印紙と四千円ほどの切手」とは、訴訟に必要な手数料を収入印紙で裁判所に収めないと、裁判は受けれないってことだ。
「民亊訴訟費用等に関する法律」で規定されており、訴訟の目的の価格によって定められている。
訴訟の目的の価格が百万円までの部分は、10万円までごとに千円。百万円を超え五百万円までは、その価格の20万円までこどとに、千円となっている。
ちなみに五十億を超える部分については、その価格の一千万までごとに一万円となっている。
では、切手だが、少額訴訟・通常訴訟において、当事者で書面(訴状・答弁書・準備書面・判決書の送達など)の遣り取りを、裁判所を通してする場合に使われるのが、予納している切手だ。
被告になる者の数や裁判所によって違いがあるが、これらは訴え出た原告が先に裁判所に収めることになっている。
そして、証人を出廷させたら交通費や宿泊費、書面の筆跡鑑定などに費やした費用なども、これらも含めて、全てが訴訟費用として先に訴え出た原告が原則として、裁判所に納めることになっている。
なお、貧困などの理由により、これらの手数料の支払いにより生活に支障がでる者に対しては、裁判所に「訴訟救助の申立」をすることで、判決の確定や和解が調う迄は、訴訟費用の猶予がなされる場合もある。
もっとも、訴勝すれば被告から、これらの訴訟費用は取り戻せることになっているが、判決書では「訴訟費用は被告の負担とする」、負けた場合は「訴訟費用は原告の負担とする」となっているだけで、実際に取り戻すには、担当書記官に訴訟費用確定の算出をしてもらってから、執行力のある訴訟費用の確定処分の正本(債務名義)を得て、取り戻すことになる。
その手間がかかる煩わしさから、然程の高額でもない限り勉強代と思って、そこまでする人は、実際は少ない。
問題は、弁護士や司法書士を代理人とした場合だが、現在は弁護士費用を損害金として、請求金額に上乗せして被告側に請求するケースも、ままあって、稀に弁護士費用も認められる場合もある。
しかし、現行の民亊訴訟法は「弁護士強制主義」を採用していないので、弁護士費用を訴訟費用として支払いを命じた判決は、過去にも数例しかない。
以上のように、訴訟費用については、民亊訴訟法で当事者のどちらが最終的に負担するのか明らかにしておく必要から、原則的には敗訴者の負担になっているが、全面的に勝訴してもその一部しか請求を認容されなかった場合は「訴訟費用は、これを5分してその1を被告の負担として、その他は原告の負担とする」となる場合もあるので、このストーリーの主人公の金貸くんも、訴訟費用は社会勉強の授業料だと思えば良いのである。
では、こんなルールがあることを理解したなら、次のストーリーに進もうじゃないか。
つづく。
第5話予告
ついに、裁判所で借主くんと対決することになった金貸くんだが、またしても裁判所を困らせてしまうことになり・・・・