第3話・金貸くんに苦闘する司法書士女史の終幕
「でもやっぱ、あれだな。裁判となるとあいつらが必要だな。何て言ったけな~ぁ、べ・・べ・・べん・・・そうだ!便利屋だぁ!」
何てことを金貸くんは堂々と言うものだから、呆れ果てて何も応答する気になれないビューティーな司法書士女史の顔面も神経麻痺を起し始めて、数秒間硬直してしまうのだった。
「え~っと、それって、もしかして弁護士さんのことかな~ぁ・・・」
だんだんと、自分自身の言葉に自信が持てなくなって来ている本当に、お気の毒な司法書士女史なのであっる。
「それだ!そいつらだ。そいつらはどうすれば良いんだ!」
今まで、司法書士女史から、何を学んで来たかさえ理解できていな状況の金貸くんだった。
「それは、その~ぅ、簡易裁判所だし少額訴訟だから必要ないかと・・・」
迷宮への入り口に足を挿し込んだり、引っ込めたりしている精神状態の司法書士女史だった。
「じゃあ、誰が行くんだ裁判所に?やっぱりオイラか?お前じゃダメなのか?」
ついには、司法書士女史に対して「お前」呼ばわりしだす金貸くん。
「それは、まぁ~私たちだって今は所定の研修を受けてから、法務大臣の認定を受けていれば簡易裁判所で扱う民事事件の代理権は持っていますが。でも、少額訴訟とか、簡易裁判所の場合は通常訴訟でも本人訴訟の方々が圧倒的に多数を埋めてますよ。だから、やっぱり、あなたが行くべきじゃ・・・」
迷宮の入り口から引き返せない精神状態の司法書士女史だった。
「何だそいつは!本人・・・訴訟ってやつは・・・?」またしても、難関が突破できない金貸くんだった。
「え~っと、ま~ぁ、簡単に言えば日本の民事裁判は、弁護士等に依頼しなくても、原則として最高裁でも本人で訴訟が出来るって言うか、いわゆる諸外国のように弁護士強制主義を取っていないってことかなぁ・・・・」
法律家の威信が破壊されて行くような気持ちを、必死に腹の底から堪えている、司法書士女史。
「じゃあ、やっぱりオイラか!でも、オイラはカプセルホテルの仕事があるしなぁ・・・」と腕を組んで、思案に暮れる金貸くんなのだが、本当は頭の中は空っぽ状態なのであった。
その思案顔に、ただただ唖然と沈黙する司法書士女史である。
「やっぱり、ここは一番、お前が行って来てくれないかな~ぁ・・・」
無謀とも思える金貸くんの提案に、返す言葉を失っている司法書士女史である。
「でも・・・私たちがお手伝いするとなると、着手金とか成功報酬とかの諸所の問題も残りますので、やはりご自分でなされた方がよろしいかと・・・」
ついに、迷宮の扉を開いて一歩足を踏み入れてしまった司法書士女史だった。
「着手金?成功報酬だと?何だそいつは!金が要るのか?お前はオレの金を横取りする気か?これは無料の、ただではなかったのか・・・?」
このまま、この人を相手にしていると、精神衛生面を破壊されると恐れ始める司法書士女史。
「いえいえ。ここの法律相談は無料ですよ~ぉ。でも、私たちも商売でやっているので裁判を扱うとなると、別にお金を頂くことになるんです・・・」
迷宮の扉を開いて踏み込んだ足を、引き戻せない状態の司法書士女史なのである。
「金か?オレは女もいないが金なら、なおさらに無いからなぁ~、やっぱりここは一つ自分でやるきゃないってことか・・・」
司法書士女史との質疑応答を繰り返した末に、漸くと自分の置かれている立場を理解し始める金貸くんなのである。
「そうですそうです。やはり、あなたが一番です。なんてたって本人が行かなきゃ、何も始まりませんからね~ぇ」焦燥感が顔に滲み出ている女史であった。
それでも、なんとかかんとかと意思の疎通が図れたと思って、安心感を取り戻した司法書士女史の表情に笑みが霞んで浮かんでくる。しかし、さらに金貸くんは司法書士女史を困らせる難問を投げ掛けるのである。
「それで、裁判所は何処へ行けば良いんだ?やっぱり、オレ様ほどのクラスになると最高裁判所辺りが道理に叶う気がするが・・・」
いよいよ今度は自分を「様」と称して、支離滅裂な問答を投げ衝ける金貸くんなのだった。
「最高裁はまだ早いんじゃないかな~ぁ、簡易裁判所が市民の人たちがお手軽に利用できる裁判所なので、そちらの方がよろしいかと先ほどから何度も言っていますが・・・」
笑みから薄っすらと冷や汗が吹き流れ出て、迷宮の中へと身体ごと身投げしてしまう危険性がある司法書士女史なのであった。このままでは、またまたストーリーが展開して行かないので解説を挟むことにする。
著者・sorano.isの解説 その②
現在の司法権は全て、最高裁判所及び法律で定められた下級裁判所に属する。
で、この下級裁判所の最下位に位置するのが、簡易裁判所である。国民が身近で気軽に利用できるようにとの配慮から手続面は簡略化されている。
と言っても、扱う事件内容によっては複雑な場合もあるが、民亊事件の場合は、訴訟目的の価格が140万円以下の事件を扱う。
民亊事件では支払い督促・調停・少額訴訟・通常訴訟などを扱い刑事事件の場合は、罰金刑以下に該当する罪、禁固刑以上の刑は科せない。但し、軽微な犯罪に対しては、懲役三年以下の刑まで言い渡せる第一審裁判所である。先ほどから、迷宮の入り口を彷徨い続けている司法書士女史の言う少額訴訟だが訴訟目的の価格が60万円以下の金銭支払い請求に関する訴えのみを扱う。
但し、サラ金やクレジット会社の業者等特定の者が、この制度を利用して独占してしまうと、一般市民の利用が阻害される危険性が考えられるので、少額訴訟による審判を求められるのは、一年で10回までと民亊訴訟法で制限されている。
10回と言うのは同じ裁判所で、同一人の名で少額訴訟が出来る回数ですからね。
これに反して虚偽の申告をした者は10万円以下の過料に処せられる。
この少額訴訟制度だが、原告が一方的に訴えを提起することはできるが、被告側は、最初の口頭弁論期日において応訴(意味が分からない方は国語辞書で調べよう)するまでは、訴訟を通常の訴訟に移行させる旨の申述をすることができる。
その申述があった場合には訴訟は自動的に通常訴訟に移行するシステムだ。
なぜなら、被告側にも訴訟手続選択権を与えて当事者のバランスを図っているのである。特に遠隔地に住む証人が必要な場合は、いわゆる電話会議システムにより尋問が認められているので、証人の出廷が不必要であるメリットも大きい。
一期日審理の原則から審理・判決が1回の期日で全てなされるので、口頭弁論を何回も繰り返す通常訴訟よりは、遥に負担が減るが、いわゆる証拠も確実に揃っている自白事件などが対象で、当事者間で紛争の拗れている事案にはデメリットになり、少額訴訟はあまり向かない。
また請求認容判決について、被告の資力その他の事情を考慮して特に必要のあると認められるときは、弁済の猶予や分割払いを命じることができる。
判決後は控訴ができず、判決に不服な場合は異議申立をして通常訴訟(異議審)を求めることができるが、この判決後も控訴はできない。
そして反訴も禁止している。この内容を迷宮の入り口を彷徨いつつも司法書士女史が、主人公の金貸くんに理解が得られたものとして、再び本編のストーリーに戻ってみよう。
「じゃあ~内容証明てやつを借主に送ってから、指定した期限までに返事も何も来なければ簡易裁判所に行って、少額訴訟の説明を聞いてから訴状用紙をもらえば良いって分けだな」
司法書士女史の試行錯誤の説明で、何とか少額訴訟を理解した金貸くんだったが、本当に分かっているかは不明である・・・?
「はい。そうですね。後はこのパンフレットを差し上げますので読み返してくださいね。そろそろお時間なので、この辺で・・・」
既に予定時間の30分を大幅にオーバーしているので、急かして金貸くんを追い払おうとする司法書士女史である。迷宮の入り口の扉も閉まって、ホット一息吐いている。
「良し!あんがとうよ!借主から金が返って来たら、お前にお礼に来るからな」と言って、司法書士女史の両手を無理やりに引っ張って大きな握手をする金貸くんであった。実に晴れ晴れとした活きのいい顔をする。
「いえいえ、お礼なんて結構ですから、頑張ってくださいね・・・」
しどろもどろの司法書士女史は、もははや精神機能が限界に達して乱れている。
「よし!また来るからな。お前に会いに・・・」と、言い放ち優々と勇んで司法書士女史に後ろ姿を見せて帰って行く金貸くんだった。
一方の司法書士女史は(あんな相談者なんか始めてだ。何を考えて人生を生きて来たのだろうか、あんなのと二度と拘りたくない・・・)と、心の中で呟いて法律家の威信が数ヶ所、蝕まれていることに気付く。
手元にあった金貸くんが記入している『無料法律相談申込書』には相談内容の欄に「金返せ!」とだけしか書かれていないので、社会を完全に舐めている人間が存在していることを始めて思い知ったのだった。
金貸くんは、市役所の玄関で大手を振って出たところで「?」マークが数個閃いた。心の中で(何か忘れている気がするが、何だろうか?う~ん、とっとっと)と、頭を揺さ振って見るが(ま~あ、良いかオイラは小さいことには拘らない性格だし・・・)と、小さく囁いて、市役所を背にして軽い足取りで歩き出す。
金貸くんの頭の隅にあるゴミ箱には「LINE・ID・ゲット・手法」が捨てられていた。そして今は「内容証明・少額訴訟・簡易裁判所」が金貸くんの頭の中には大きく渦巻いて、支配しているのだった。
つづく。
第4話予告
いよいよ、内容証明を書き上げて借主くんに送ってみるのだが、とうとう裁判所へ向かうことになってしまった金貸くんなのだが・・・