第2話・魅惑の司法書士にメロメロな金貸くん。
金貸くんは心の中で(オレも司法書士になっておけば良かった。そしたらこの女史とお付き合いができたのに・・・)女を見ると変なことばかりを思いつく、本当にどうにもならない女に弱い男なのである。
「えっ~と、ご相談の内容は貸金のことですよね」と、実に色っぽい司法書士の女史が動かす唇のしぐさを、ぼぉ~と一瞥している金貸くん。
「はあ?友達に貸しているお金が、何時まで経っても返してもらえないんですが・・・」と、金貸くんの頭の中の右の脳の方は、お金のことで一杯になっているが、左の脳の方は(この女史とLINEする方法を知るにはどうすれば良いのだろうか・・・?)などと、左の脳と胸のトキメキを優先している金貸くん。
既にお金の問題はどこえやらか消えそうになっている金貸くんは、司法書士女史の言っている意味が理解できないほど、この女史のLINEのIDをゲットする手法ばかりを考えてる左の脳が、右の脳の方へ押し寄せて来る。
本当に女のことになると、自分を見失う男だった金貸くんだったが「借用書はありますか?」と、疑問系で問われる。
「借用書?いえ、相手は友達なんで信用して貸してます」と応えるものの、既に右脳のほぼ全体にまで「この女史のLINEのIDゲット」が押し込んで来ていて「LINE・ID・ゲット・手法」ばかりが、右と左の脳とに行ったり来たりしている精神状態になりつつある金貸くん。
「では、内容証明を相手に送ってから少額訴訟を提起されたらどうでしょうか」と、尋ねられるも司法書士女史の色香に惑わされて、もはやお金の問題はどうでも良い金貸くんだった。
「内容証明?少額・・・?」何のことやら、さっぱり分からない金貸くんは「LINE・ID・ゲット・手法」が支配していた脳の中身が「内容証明?少額・・・?」という言葉が頭の中で、ぐるぐるぐると駆け巡り暗礁にぶち当たる。
「あの~ぉ・・ラ・イ・ン・・・じゃなかった何ですか?そいつらは?内容なんとかと、少額なんとやらは・・・?」照れ笑いをひた隠すように聞いてみる金貸くん。
するとニッコリとした満面の笑みを浮かべるような司法書士の女史。そんな満面の笑みをぶつけてくるものだから、金貸くんの心の臆底には(今、僕とキミとの間で、愛が芽生えたな・・・)などと金貸くんは、本当に自分勝手な都合でしか女を解釈できないバカなやつだった。
でも、そこは笑顔を基本とするのが商売の司法書士女史だから親切・丁寧にパンフレットに記載されたマニュアルを指差しながら、金貸くんに説明する。
金貸くんは、司法書士女史のパンフレットを示す指先の動きを追いながら「ぜひとも、この綺麗な指先の女史と握手がしたい」などと考えていた。
すると、とても甘い香りが鼻先に漂うものだから、心の中でこの香りは「ランバンか?それともクロエ?いや違うな?そうか、この香りはシャネルだな。いや、もう少し突っ込んだところで、クリスチャン・ディオールだろう」などと、変な知識だけは豊富に持っている金貸くんなのだった。
「だいたいのところが、こんな流れで進みますね。他になにか証拠になりそうな物はありますか?」甘い香りを漂わせていた司法書士女史は、疑問符を置く。
金貸くんは、司法書士女史が漂わす香水のことばかり考えていて、その実は何も話の内容を聞いていなかったものだから、丸っきり意味が分からなかったが「証拠・・・?」と、金貸くんの思考回路が一時停止した。
「ショウコ・しょうこ・証拠・証拠・証拠・証拠」と、金貸くんの頭の中には「証拠」の文字がうねり狂う。
そして「ない!そんな物!」と、きっぱりと言うか、堂々と言うか、実に偉そうに言い放す金貸くんに、苦笑いを浮かべまくる司法書士女史。
「でも、10万円ってお金でしょう。銀行で下しってから貸したとかってことはないんですか?」苦笑いをしつつも、証拠のアドバイスをする司法書士女史。
「何!銀行だと?」金貸くんは眼を閉じて天井を見上げて、ゆっくりと過去の記憶を呼び覚ます。
「そう言えば、あの時、確かに銀行で下してから貸したかな・・・?」と金貸くんが呟くと、空かさずに「それです!」と、突っ込みを入れる司法書士女史。すると金貸くんの脳全体に「?」マークが埋め尽くして乱立する。
「通帳の記録から、10万円を下ろした日付がわかるでしょ。そこをコピーして裁判所に証拠として提出するんです。そうすれば、この裁判はあなたの勝ちになることが想定できます」
眼が点々な状態の金貸くんに、法律家の威信にかけて熱烈なアドバイスをする司法書士女史だった。
「裁判所?裁判所に出してどうするんだ?そんな物?」まったくと司法書士女史の言ってることが、理解できていない金貸くんなのだった。
「だから、その・・・裁判を受けるんですよ。あなたが」苦笑いから、苦悶の表情に移り行く司法書士女史なのだった。
「裁判?裁判ってあれか!黒いマントを着たみたいな奴らが悪人を裁いてる、あのやつか?」
ついには、お友達感覚でため口をたたき出す金貸くんである。
「そうです。それです」金貸くんのため口に、ちょっと身を引く司法書士女史。
「でも、オレは何も悪いことはしてないぞ!なのに何で裁判を受けるんだ?」
「悪いことをした人を裁くのは刑事裁判でしょ。それとは反対に市民間の問題を解決するのが民事裁判なんです」
四苦八苦しながらも、金貸くんを諭すように、お話をしてあげる司法書士女史だった。
「みん・・じ・・裁判・・・?」腕を組みながら謎のベールに包まれる民亊裁判を考えこむ金貸くん。
「簡単に言えば、あなたが相手に少額訴訟の裁判を提起して、貸してある元金に法定利息を付けてもらって、返してもらうってことですね」苦悶の表情を堪えつつも、優しく金貸くんとお話しを続ける司法書士女史。
「法定利息って、何だそれは・・・?」またしても難題にぶち当たる金貸くん。
「ですから、民法で規定されている貸金債権に対する利率が年5分と決まっていますから、貸したお金に付いて来る利息ですね」
またも、四苦八苦しながらも頑張って金貸くんにお答えしてあげる優しき司法書士女史である。
「ほ~う。そいつは良いや、要はお金が増えて戻って来るって寸法だな」
分かったのか分からないのか、何とか理解をする金貸くんである。
漸くと分かってもらえたかと胸を撫で下ろす司法書士女史だったが、次の金貸くんの愚問に法律家の威信が揺らぎ始める司法書士女史であった。
「でもだ。お金を返さない借主のやつが悪いんだから、あいつが裁判所とやらに行くべきじゃないのか・・・?」
どうも、変な理屈を捏ね回す金貸くんなのである。この愚問に司法書士女史は心の中で(まさか、社会のシステムを理解しないまま生きて来た人間がこの世にいたとは・・・)と思いながら、法律家の威信が揺らぎながらも、この人を救済してあげなければとの使命感を強く抱く。
「おたなが、借主さんにお金を貸しているのですから、その債権に対する権利はあなた自身が行使しなければならないんです。ですから憲法で裁判を受ける権利を保障してくれている分けです。基本的人権の一つとして」
これで分かってくれたかなと思っている司法書士女史も、少し揺らいでいた威信が安定しだす。
「憲法と来やがったか・・・基本的人権ねぇ~?」と、またまた眉間に皺を寄せて考え込む金貸くんなのだった。
「そうです。人は生まれてから、そのような権利能力をみんな持っています」
当然のように頷きながら少々、金貸くんとのお話しに疲れたのか頬杖をつく司法書士女史。その姿勢で金貸くんの考え込んだ様子を伺う。
「今度は、権利能力ってか?憲法・・・基本的人権・・・ふ~ん。そいつらはオレより強いのか?」
頬杖をガックと崩し愛用のメガネがズレて、眼から「☆」が溢れ出る司法書士女史だった。
「た・・・たっ、たぶん強いんじゃないかしら、憲法が日本の最高法規ですから・・・」
もはや何をどう説明して上げれば良いのか、法律家の威信と使命感がだんだんと、迷宮の入り口を彷徨い始める司法書士女史なの哀れな姿。
「へ~ぇ、オレより強いのか。じゃあ、何でオレ達はそんなに沢山の訳の分からん物を持っているんだ?」
この金貸くん、実は子供のころは屁理屈チャンピョンと異名を取り、中高生のころには詭弁チャンピョンとして名を馳せた、非常に厄介な性格の持ち主だったのである。
「だから・・・それは・・・たぶん『憲法第11条で国民は、全ての基本的人権の享有を妨げられない』と言ってるからじゃないかしら、私もあまり自信がないけど・・・」
既に迷宮の入り口に足を踏み入れてしまいそうな司法書士女史だった。
このままではストーリーが進展しないし、金貸くんとお話しを続けさせるのは司法書士女史に酷なので、ここで解説を挟むことにする。
著者・sorano.isによる解説-その①
おそらく、たぶん、あんまり自信はないけど、この読者諸氏は日本で出生し、国籍法によって日本国籍を有して、日本の何処かの役所なり役場で出生届けが出されていると思います。人は「出生」した時から民法3条①項で規定される、先ほど司法書士女史が述べている「権利能力」を取得します。そして、戸籍法により決められた期日までに出生届けを出すと、どんな効果が生まれるのだろうか?
こんなことを考えた人は、この読者の中にはたぶんいないと思いますが、社会のルールは実はこんな簡単なシステムでできています。
出生届が受理されると日本国に対して日本の国民として認めてもらえます。そして、日本の構成員の一員として市民(国民と置き換えて考えてもいいだろう)としての地位を得ます。すると、どんな契約が生まれるかと言うと、日本国と市民は「市民契約」を結び、市民は憲法を最高法規として民法、刑法などの様々な法律によって拘束されます。では、その「権利能力」とは、何ぞや?ということになるのだが、簡略すれば、私法上または法的人格とも称されるが、この法律関係は「権利
義務」を単位として構成され、人の自由・生命・身体などの法律上の保護を請求することができる資格です。
大切なのは、法律上承認された家族関係の一員となる資格を内容とするが、法的にはもっと深い意味を持ちます。「享有」や「基本的人権」なんて、国語辞典にでも載っていると思うので、それだけを知っていれば十分です。
この読者は社会人だと思いますから、三権分立って習っていると思いますが、要は、国会は立法権を持ち、内閣は行政権を持ち、裁判所は司法権を持つとする、国家作用を三権に分けているに過ぎない。
で、「権利」って様々な意味があるが、例えば、金貸くんのように、借主くんに10万円貸していて、催促してもなかなか返してもらえない場合は、その「債権」に対すして請求する「権利」は、金貸くん自身が直接に裁判所に行使しない限り、この事実を裁判所が知っていても、借主くんに金貸くん対してお金を返して上げなさいとは、しゃしゃり出て来ないと言うだけだ。
それは何故か?「権利の上に眠る者を法は保護せず」(ここのとこ、良く覚えておいてね。また、後に登場するので)という、司法界のルールが大前提にあるからだ。
では、これらの会話が交わされたものとして本編のストーリーに戻ることにしようじゃないか。
つづく。
第3話予告
色香漂う司法書士女史法と法律相談中だが、司法書士女史に支離滅裂な難問・愚悶で挑みつづける金貸くん。司法書士女史の結末はいかに・・・