神様との出会い
「お主達には異世界に行ってもらう」
新庄晴哉がバスの中で意識を失って、次に目覚めて開口一番に言われたセリフがこれだった。
周りには意識を失う前に一緒にバスに乗っていた生徒、そして先生がいる。
(異世界? 本気で言っているのか?)
晴哉は目の前にいる、長い顎髭の老人に疑惑の目を向ける。
四十人もいるなかの一人がそんなことをしたところで、当然老人も反応を見せたりはしない。
「どういうことです?」
真っ先に老人の言葉に反応したのは山本美鈴、このクラスの担任にして、国語の教師だ。
外見はロリとまではいかないものの、二十歳を越えているとは思えないレベル、本人も少し気にしているらしい。
だがさすがと言えるだろう、この中で一番歳をとっているだけあってそこそこ冷静なようだ。
「そのままじゃよ、ここは世界の狭間、神の名のもとに次の転生先を決める場じゃ」
老人のその言葉にガヤガヤとし始める。
「まぁこの際じゃはっきり言うとしよう、お主達は死んだのじゃ」
覚えておるはずじゃ、老人はそう付け足す。
「遠足と言ったかの? お主達はそれの目的地へ向かう途中にバスが横転して、全員亡くなったのじゃ」
老人は生徒全員をぐるりと見回して、一人一人に現実を認めさせるような声音でそう言った。
誰もが絶句する。
晴哉も絶句とまではいかないまでもかなり驚いていた。
(俺って死んだのか……なんかそんな感じが死ないな)
実感がわかない。
だが本当なのだろうというのは理解出来る。
他のみんなも理解は出来たのだろう、泣き崩れる人や、座り込むものもいる。
ただし、ほとんど女子だ。
男子はおそらく異世界という単語に憧れも少しあるのだろう。
その落ち着かない空気のせいで、老人が話すタイミングを見失っているようだったので晴哉はその空気を吹き飛ばすように、老人の前に立って声をかけた。
「なぁじいさん」
ほぼ全員の視線が自分へと向く。
意図していたとはいえなんとなくむず痒いものがある。
「あんたは俺達に死んだと告げて絶望させて楽しもうって訳ではないんだろ? それとも転生させるやつ全員にこんなことしてんのか?」
「そんなわけなかろう、今回は特別じゃ、悪いとは思っているが、わしも神としてなんとかしないといけなくての」
「なら説明はあるんだろ? なにもなしに送り出したりしないよな?」
「当然じゃ、わしの都合で苦労をかけるのだからな」
晴哉はその言葉を聞いて納得し引き下がる。
本当は先生がやるべきことだろうが、すでにそんなことをやれる精神状態ではないようなので、ここはまぁ日頃お世話になってる感謝と言ったところか。
「こことは別の世界、そこはお主達が住んでた世界とは違って剣と魔法があり、魔物や魔族もいる」
剣と魔法、その言葉は青少年達の溢れでる好奇心を刺激するのは十分だったようで、目が輝いている。
「色々な種族で戦争があり、種族問わずにかなり死んでいった、種の存続が危ぶまれるとまではいかなかったが、それはもう凄かったのじゃ」
老人はその時を思い出すように、どこか遠くを見つめながら重苦しい表情で話す。
神様というからには実際にその現場を見ていたのかもしれない。
「このまま現状が続けばいつか生き残ったもの達も死ぬ、そして世界も滅ぶじゃろう、もうそういう未来がでておるからな」
「あんたは神様なんだろ? 何とか出来るんじゃないのか?」
晴哉の言葉にクラスの何人かが頷く。
「わしは世界を救うレベルの干渉はできん、だからこそ送り込むのじゃ、お主らをな」
それもかなりの干渉だとは思うが、送り込めると言っているからには大丈夫なのだろう。
少々不安は残るが。
「わしは別にあれをしてほしい、これをしてほしいとは言わん、だがあちらの世界では異物となり得るお主達を送り込むことで何かしらの変化が起こることは確実じゃ」
「拒否権はあるのか?」
「悪いがない、その変わりと言ってはなんだがそこそこの金を全員に渡す、それと望むものは全員まとめて同じ場所に送ってやろう」
「太っ腹だな」
「これでも足りないくらいじゃ、わしの都合で送り込むのじゃからな」
「それもそうか」
晴哉が一人でに納得して頷くと、横から委員長の橘夏海が唐突に言う。
「死んだ後はどうなる?」
「一度ここに戻ってきてもらい、それから通常の転生となる、ただ迷惑をかけたぶん色々と優遇はする」
「分かった、他にも何か聞きたいことがあるやつはいるか?」
夏海は周りを見回してそう言った。
おそらく彼女が満場一致で委員長に選ばれたのもこういうところからだろう。
噂では、性格が良くて雰囲気が少しかっこよくて美人だからという理由で、男だけでなく女からもモテているらしい。
「ないようだな」
「そうか、なら選んでくれ、ちなみに何人かずつ違う町にという方法もありじゃぞ? あと町に入りたい時はステータスカードというものを見せればよい、あちらではそれが身分証明になるからな」
「ステータスカードというのはどこにある?」
「お主らをあちらの世界で違和感のない服装に変える、それのポケットにでも入れておくよ」
「分かった、なら後はどうするか決めるだけだ」
先程からの会話からすると、夏海はこの状況でもかなり冷静なようだ。
晴哉からすると、自分が動く必要がなくなったのは喜ばしいが、夏海が下手な義務感に刈られて、違う世界へと送られた後に、面倒ごとを起こしそうで少し不安になる。
(リーダーシップがあるのはいいんだが、それもいきすぎると、ただ煩いだけになりかねないからな)
その時は、誰かが適度にフォローを入れるしかないだろう。
そしてどうしようか、実のところ晴哉は今迷っている。
というよりはっきり言えばなんでもいい。
だが決めなければならないとなると迷うところだ。
「ひとまずどうするか決めたものは別れて欲しい」
夏海の一声で全員が動き出す。
男子が何人かで集まるもの、男子と女子で集まるもの様々だ。
ちなみに晴哉は一人だ。
まだどうしようかと悩んでいる。
すると、夏海から声がかかった。
「新庄、君はどうするんだ? 大体は決まったが……」
どうやら決まってしまったらしい。
男子で手招きしてくれてるやつもいるが、一人になったのならば、それはそれでいいだろう。
ならば一人で、そう告げようと思った時……。
なにやら女子だけで先生を含めて五人程集まっている集団から声が上がった。
「なつみん、私達のところ女子だけだとかなりまずいと思う」
「ボクもいくらしっかりしてる先生や夏海がいてもちょっと不安かも」
どうやらあそこのところは女子の余った人達全員が集まったらしい。
というか今の話し、晴哉からするとなんとなく身の危険を感じる提案だった。
(他のところは組み終わっていて、男で残ってるのは俺だけ、多分普通の日常だったのなら喜んでとか言うやつもいるんだろうが……)
今は日常じゃない、どう考えても気のあうやつと組むのがベストだ。
それにあの女子の数。
今の状況では足手まといでしかない。
だからだろう、先程まで手招きしていたやつが晴哉に何かを目で訴えているのは。
「今の提案は聞いていたな、新庄お前私のところに入らないか?」
「まぁそうなるよな」
「当然だろう?」
「俺は一人でもいいんだがな……」
ボソリと言った俺のセリフに反応する人が一人。
「ダメです、一人は私が許しません」
どうやら先生が復活したらしい。
面倒なことだ、晴哉は内心ため息を吐く。
「……分かった、俺は橘のとこに入る」
晴哉がそこに入ると決定した時点で組分けが終了した。
すると老人は話し出す。
「終わったようじゃの、ならば悪いがあちらの世界に送らせてもらう」
そんな言葉と共に老人が右手をそれぞれの班に向けていく。
向けられたところから光が包み込んだ。
「あと一分もすればお主達はあちらの世界へと送られる、英雄になるもよし、結婚して幸せになるもよし、お主達は好きに人生を生きてくれ」
好きに生きただけで世界の何が変わるのか、気になるところだが、神様本人がいいと言うのだ、好きにしていいのだろう。
「少し落ち着いたら、ステータスをしっかり見てみるといい、ワシからのプレゼントがある、さて次に会うのはいつになるか……願わくば数十年は先になって欲しいものじゃな」
老人のそんな言葉を最後に晴哉達の意識は閉ざされた。