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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
9/48

第8節 素材

もしこの小説にテーマソングをつけられるとしたら、少年サッカー編はザ・クロマニヨンズの「ギリギリガガンガン」にしたいです(笑)

 午後の準々決勝は、一回戦を大勝で飾ったFC川越と、リベルタ越ヶ谷を2対1で退けたSC熊谷との試合になった。

 どちらもクラブチームではなく少年団で、共に過去に全国大会出場経験があり、今大会の優勝候補に挙げられている。

 つまりこの試合は、埼玉のナンバーワンサッカー少年団を決める試合と言っても過言では無いのだ。

 また両チームとも優れた選手を揃えていて、かつ両チームともU-15のカテゴリーのJr.ユースチームを持っていないので、この試合は県内外から多くのJr.ユースカテゴリーのクラブチームからスカウトが視察に訪れている。

 その中には、もちろん浦和レッドタイヤモンズと大宮アルディージャのスカウトもいた。


 現在前半半ばが経過し、スコアは1対1。両チーム一歩も譲らない一進一退の攻防が続いている。





 先制したのは熊谷の方だった。

 熊谷はキックオフ直後から前線から猛プレスを掛けてFC川越のディフェンスラインをばたつかせた。

 プレスに慌てた川越は、中々前線にボールを運ぶことができない。


 そして前半5分、光が中盤でボールを奪われると素早いショートカウンターで崩され、先制点を奪われてしまった。

 光は俯き、今にも泣き出しそうな顔をしている。遼は光が立ち直れるか心配になった。

 光がミスを引きずらないようにするためにも、できるだけ早く同点に追い付かなければ。

 遼は立ち上がりはなるべく慎重に行こうと思っていたのだがその考えを捨て、ディフェンス陣には繋ぐのが無理なら、もっとアバウトにロングボールを放り込むよう要求した。


 それが好を奏して前半9分、川越は同点に追い付いた。

 センターバックが大きく裏へ蹴ったボールに向かって海と敵二人がほぼ同時にスタートを切る。

 30メートル走なら海は遼と爽太に劣るが、100メートル走ならチームで一番速い。

 海はそのスプリント能力を見せつけ、敵ディフェンスよりも速くボールに追い付くと身体を張ってキープした。

 そして長身を生かした懐の深いボールキープでディフェンスにボールを触らせず、後から追い付いて来た爽太にボールを渡した。

 直後爽太は海をマークしていたディフェンス二人と自分のマーカーに囲まれるが、ディフェンスの間にボールを通し、そして自分もその間を無理矢理通り抜け、一気に三人をぶち抜いた。

 その後キーパーと一対一になった爽太はキーパーを嘲笑うかのようなループを決め、同点に追い付いたのだ。

 失点からそんなに時間が経たないうちに同点に追い付けたので、光も不安気な表情こそ浮かべているものの、大崩れはしなくてすみそうだ。


 そして現在、またも前線から激しくボールを奪いに来たを熊谷だったが川越の左サイドバックはシンプルに縦に放り込み、それを回避する。

 そのボールに向かって、川越の10番が待ってましたと言わんばかりに走り出した。





「お、甲本にボールが渡りそうだぞ。あの左サイドバックは中々正確なロングフィードができるじゃないか」

「ディフェンスラインから正確なボールが蹴れるのは大きいですね。川越はみんな足元の技術がしっかりしていて、個人技が優れている」


 そう話しているのは、スタンドから試合を見ている二人の男性だ。彼らは午前の試合に続き、この試合も視察に訪れていた。

 視察と言うことはつまり、彼らはスカウトである。彼らが着ているポロシャツの胸に付いているエンブレムから察するに、浦和レッズと大宮アルディージャのスカウトのようだ。


 遼はコーナーフラッグ際でボールをコントロールすると、向き合ったディフェンスを鮮やかなエラシコでかわした。

 あまりの鮮やかさにスタンドから溜め息のような物が聞こえた。


「おお、なんて綺麗なエラシコだ。どフリーでペナルティエリアに突っ込んで行くぞ! そしてそのままシュートか?」


 赤いエンブレムを胸元に付けた男性が少し興奮したように言った。


 遼はチラッとゴールを見た後キックモーションに入り、そのままシュートを打つと思われた。――が、彼はシュートを打たず中で待っている長身のつるつる頭にゴロのパスを送った。キーパーはフェイントに引っ掛かり体勢を崩している。

 決定的なチャンスだ!あとは確実にゴールに流し込むだけ――海の放った豪快なシュートはバーの上に消えていった。

 スタンドが微妙な空気になる。川越のチームメートたちからは、海に冷たい視線が突き刺さっていた。


「あのつるつる頭の少年は……例外のようだな」

「足元はないが、それを補える身体能力を持っている。川越は伝統的に技術が優れた選手が多いのに対して熊谷は身体能力が高い選手が多い。今回もその構図は変わらないようだが、彼は熊谷タイプの選手のようだな」

「はっはっは、確かにそうだ。だがその熊谷のディフェンスを手玉に取るほどのフィジカルは魅力的だ。ただ本当に技術が……」

「無さすぎるな……」


 海は優磨からクサビのパスを受けようとしたが、トラップの際ボールを浮かせてしまい、ディフェンスに取られてしまったのを見て二人は言った。


「ああもう、バ海!」


 優磨は馬鹿と海を掛けた言葉で毒づき、素早くディフェンスに切り替えた。

 アプローチを掛けて相手の攻撃を遅らせると、先ほどボールを失った海もプレッシャーを掛けに来て、二人がかりでボールを取り返した。


「トップ下のあの子はかなり上手いな。それに攻守の切り替えが速く、サッカーを解っている印象がある」

「彼は川越らしい選手だな。身体能力では明らかに劣るものの、技術でそれをカバーできている」


 中盤で熊谷の猛プレスを受けた優磨だが、スピードが無いため縦への推進はできないものの、巧なボールキープでロストはしない。

 そしてディフェンスの隙間にパスコースを見つけ、正確なゴロのボールを前線に送った。

 ボールを受けたのは11番・真島爽太。

 ボールをコントロールすると同時にディフェンスに詰められたためスピードに乗ることはできなかったが、フェイントで幻惑して抜こうとする。

 右足の裏で舐めて左足でまたぐ。相手は引っ掛からずに付いてきた。今度は止まったまま何度も高速でシザースを仕掛ける。4回またぎのペダラーダだ。これには相手は付いてこれず、バランスを崩したディフェンスの股にボールを通して抜いた。

 だが抜くのに時間を掛けすぎたため、相手4人に挟まれてしまった。


「爽太、こっちだ!」


 遼は中にポジションを移して要求した。敵ディフェンスは爽太に引き付けられているので、自分もしくは海や優磨に渡れば決定的なチャンスになる。


 だが爽太はそれを無視し、尚もドリブルで突破しようとした。だが流石にボールを獲られてしまい、熊谷の攻撃が始まろうとした。

 遼たちは慌てて自陣に戻る。――だが熊谷は攻めに転じることができなかった。


 ボールを奪った熊谷のディフェンスは暫く運ぼうとした。だが、突然耳元で低く唸るような声を聞いた。


「返せよ」


 直後彼は強烈なタックルで吹っ飛ばされ、ボールを奪い返されてしまった。

 ボールを再び保持した爽太はまたもゴールに向かってドリブルを開始した。

 相手は前がかりになっているため、瞬時に戻ることができない。

 爽太はキーパーと一対一になった。

 ビッグチャンスに会場が沸く。爽太は飛び出して来たキーパーを見て、冷静にニアポストを狙ったシュートを打った。だがそれは甲高い音を立ててポストに直撃し、フィールドの外に消えて行った。


「まさにクレイジードリブラーだな」


 オレンジのエンブレムを胸に付けた男性が半分驚き半分呆れたような声で言った。


「ほんとですね……凄まじいまでのボールへの執念がある」

「ドリブルなら甲本に匹敵するんだが、それだけだからな。中でフリーなやつが何人かいた訳だし、無理して行かなくても」

「ダッシュを繰り返し続けた結果、スタミナ切れであのシュートの細かいコントロールもできませんでしたしね。もう少し彼が柔軟な選手だったらナショナルにも間違いなく呼ばれるのに」

「ただ、魅力的な素材であることには間違いない」


 大宮アルディージャのスカウトが言った。すると浦和レッズのスカウトも同意を示し、聞こえないような声で


「あいつは……欲しいな」


 と呟いた。





 その後両チームとも決定的らしい場面は作れず前半を終え、ハーフタイムを迎えた。


「うーん、やっぱ熊谷は強いな」


 今回の試合も厳しいマークに遭い続けている遼はまだ得点できていない。

 早く俺が点をとってチームを勢い付けなければ。


 遼は熊谷方向のゴールを一瞥した後、ベンチに戻って行った。

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