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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
8/48

第7節 FC川越大爆発!

 5月末の日曜日、天気は快晴。

 この日、FC川越は埼玉スタジアムに帰ってきた。帰ってきたなんて言い方は少々大袈裟な気もするが、今の気持ちにぴったりと表す言葉を選ぶとするならそれしかなかった。

 俺たちは一年前に受けた仮を返しに来た。奴らに借りた敗北という二文字を突き返した後、今度は俺たちがナンバーワンになる。そのためだけに、この場所に帰ってきたんだ。


 川越の試合は、抽選の結果開幕戦と決まっていた。彼らは今日まだ誰も踏んでいない芝生の上で試合をするのである。


 バックスタンド側にある収容人数1000人程の小さなスタンドには、選手たちの保護者や父兄、大会関係者や他のチームの選手たち、更にはJr.ユースのスカウトなど、様々な人たちが集まっていた。

 遼と爽太は去年もこの舞台に立っているので、会場の雰囲気や観客が居ることにも慣れているが、チームメートの中には何人かすでに表情が強ばっている者もいた。


 埼玉スタジアムなのに収容人数がなぜそんなにも少ないのか?と疑問に思った人もいるかもしれないが、U-12の県大会の会場になるのはJリーグや日本代表の試合で使われるあの大きなメインスタジアムではなく、同じ敷地内にある第3グラウンドで行われるのだ。

 だが、メインスタジアムではなくても、埼玉県に住むサッカー少年たちにとってこの場所は高校野球でいう甲子園のような物である。

 県大会に出場するためには、まず地区予選を勝ち抜いて来なければならない。埼玉は全国でも有数の激戦区で、出場チームはかなり多い。県大会には、その中からわずか16チームしか出場することができないのだ。

 また、出場する選手の多くは六年生で、今のチームの人たちとサッカーをするのが最後という人が殆どである。埼玉のサッカー少年の中では、「最後に埼スタに行こう」という言葉を合言葉にして団結するチームも少なくない。

 要するにここは埼玉のサッカー少年たちの聖地であり、目標の一つでもあるのだ。

 だから県大会に出場するチームはどれも実力・モチベーション共に高く、ハイレベルな大会になるのは間違いないのだ。





 現在アップを終えた川越の選手たちは、グラウンドの外の各チームごとに割り当てられた荷物を置いたりするスペースで、試合の準備に取り掛かっている。


 遼は練習着からユニフォームに着替える時、ユニフォームの両肩を持って広げて、青い生地に10番が白でプリントされている背中を少し見詰めた。ドクンと心臓が鼓動を打った。

 そしてアンダーシャツの上からそれを着ると、黄色い布に黒いインクで"C"と書かれているキャプテンマークを左腕に巻いた。それを少し撫でると、また心臓が鼓動を打った。

 エースのプライドとキャプテンの責任。その二つのプレッシャーが、今にも燃え上がりそうな遼のハートに更に火を着けた。


 準備を終えた川越のメンバーはグラウンドに入り、綺麗に整備された芝生のピッチを横切って、グラウンドの横のベンチに向かった。

 そして先にベンチにいた竹下監督の周りに半円を描いて座り、試合前の話を聞く体勢になった。

 竹下監督は、自分の周りに座った選手たちの様子を見渡した後、いつもの如くニヤッとした笑みを浮かべてから話を切り出した。


「一年ぶりか……やっとこの時が来たな。モチベーションはどうだお前ら。死ぬ気で勝ちたいか?」

「はい!」


 愚問だ。今更言うまでも無いでしょうに。だが、それでもみんな大きな声で返事をした。


「よし、そのくらい元気なら大丈夫だろう。スタメンも戦術も、アップの前に確認した通りだ。特に変更は無いぞ。何か質問ある人?……よし、いないみたいだな。では試合の前に俺から一言だけ言っておきたいことがある」


 みんなの目が竹下監督の目を見詰めた。


「確かに相手は格下だ。だが、絶対に舐めたりするなよ。このような大きな試合では、サッカーの神様がいたずらをしてとんでもないことが起きてしまったりする。そんな万が一が起きないようにするためにも、決して舞い上がったりせずに、午後の試合のことなんて考えずに全力で叩きのめしてこい。わかったな?」

「はい!」


 選手たちはまた大きな声で返事をしたが、今度はさっきのと違って少し笑いが含まれていた。


「なんでお前ら少し笑ってるんだ?」

「いやだっていきなりサッカーの神様とか言うもんで……」


 優磨がクスクスと笑いながら答えた。それに続きみんなも「クサい感じになったよな!」とか「そんなものほんとにいるのか?」などと言ってガヤガヤ騒ぎ始めた。


「おいおい、俺そんなにおかしいこと言ったかよ」

「いや何か、竹下監督らしくないなと思って」

「い、いいじゃないか。今日は県大会だぞ。だからいつもより良いことを言おうとしたって別に良いだろ……って俺が一番舞い上がっているじゃないか」


 また笑いが起こった。竹下監督と優磨のやりとりのお陰で、緊張していた人たちの表情もさっきよりもいくらかほぐれている。

 光はどうだろうか。

 遼は斜め後ろを振り返り光の顔を見た。

 光の表情は相変わらず硬いが、変な気負いは感じていないようだ。あとは試合にうまく入れて、かつ大きなミスをかなければ大丈夫だろう。

 海はとても単純(馬鹿)だから緊張していたとしても、いざ試合になれば夢中になって緊張していることを忘れてしまうから大丈夫だ。

 優磨の突っ込みは相変わらずだし、他のみんなも特に問題は無いでようた。

 爽太なんてもう早く試合がやりたくてしょうがないようで、彼のつり上がった鋭い目はいつにも増して強いオーラを放っている。


「おし、それじゃそろそろ試合の時間だ。全員で円陣を組むぞ」


 竹下監督がそう言うとみんな立ち上がり、ベンチに座っていたコーチ陣やサブ組の選手たちも出てきて竹下監督やスタメンの人たちと一緒に肩を組んで大きな輪を作った。

 みんながちゃんと輪に入ったのを確認すると、遼は腹の底から声を出すべく思いっきり息を吸い込んだ。

 そして、一年生の頃からずっと変わらない掛け声を叫ぶ。そしてその掛け声に遼以外の全員が最大限の声量で応えていった。


「声だしてー!!」

「おう!!」

「集中してー!!」

「おう!!」

「気合い入れてー!!」

「おう!!」

「…………絶対勝つぞー!!!」

「おおう!!!」


 円陣が終わると、みんな「しゃああ行くぞ!」とか「絶対勝とうぜ!」など思い思いに声を出しながら散って行った。

 遼は最後にレガースの位置を確認し、一口だけ薄めたアクエリアスを飲む。この二つは遼が試合前に必ずやるジンクスのような物だ。これをやらないとなぜか落ち着かないのだ。

 丁度それを終えた時にレフリーから整列の合図がかかり、全身ブルーのユニフォームに身を包んだスタメンの人たちはピッチに向かって行った。





「すげえ! また甲本が決めた!」

「ヤバいよ、あいつ一人だけ次元が違っている!」

「甲本ってほんとに俺らと同じ小学生かよ!」


 後半の半ば頃、遼がハットトリックとなるゴールを決めた時会場が歓声とどよめきに包まれた。

 他のチームの人から普通に甲本と呼ばれているのは、遼が県下でも有名な選手だからである。ナショナルトレセンでスタメンを張っているということで、遼は今大会の注目選手の一人として挙げられているのだ。


 この試合遼は、そして川越は絶好調だった。

 立ち上がりに爽太が右サイドを強引なドリブルで破りセンタリングを上げると、海がそのボールをヘディングで叩き込んで先制した。

 開始5分も建たないうちに得た先制点のお陰でチームは勢いに乗ることができ、それから川越の怒濤のゴールラッシュが幕を開けた。

 続いては中盤での素早いパス交換で中央突破を仕掛け、バイタルエリアから優磨がミドルシュートを放った。シュートはバーに嫌われてしまったが、そのこぼれ球を遼がジャンピングボレーで詰めて追加点を奪った。

 更にその後も遼・爽太・優磨が一点ずつ取り、5対0で川越がリードしているところで、遼の一発が炸裂したのだ。


 右サイドに流れてボールを受けた遼は、光とのワンツーで一人かわすと一気にトップスピードに乗り敵陣へ切り込んで行った。

 必死に付いて来ようとする敵の左サイドハーフをスピードだけで置き去りにした後、カバーに入ってきたサイドバックをダブルシザースでかわしてカットインし、ペナルティエリアの角辺りから強烈なミドルをぶっぱなした。

 それは遼から見てゴール左隅に突き刺さり、遼は県大会の初戦でハットトリックを達成したのだ。


 6点差を付けられてしまった所沢ユナイテッドはすっかり戦意を喪失してしまっている。

 だが川越は、相手がもう試合を諦めていようが関係なくゴールに襲いかかり続け、その後さらに爽太と海が一点ずつ追加し、最終的には8対0という無慈悲なスコアで一回戦を突破した。


 遼はこの試合3得点1アシスト。申し分無い結果だった。

 爽太は2得点1アシストでこちらも文句の付けようが無く、県レベルではそれほど知名度が高くなかった爽太もこの試合で一気に有名になった。

 有名になった要因としては、無茶苦茶にドリブルで突っ掛けるクレイジーなプレースタイルで注目を集めたことも挙げられる。





「話には聞いていたが……本当に凄いな、甲本遼は」

「いや、甲本だけじゃないですよ。このチームは素晴らしいですね」


 スタンドでは、二人の男性が少し興奮した様子で会話をしていた。







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