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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
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第5節 仮があるから

「みんな、一昨日はよく頑張った。優勝おめでとう!」


 南台SSの招待大会が終ってから最初の練習の時、竹下監督は練習前にみんなを集めてそう言った。

 FC川越は南台SSとの決勝戦に勝利し、あの大会を優勝したのだ。


「お前らはあの南台から2点も取れた上に、終盤の相手の猛攻をチーム一丸となって凌ぐことができたんだ。俺はお前らの攻撃力も守備力も、県大会を勝ち抜いていけるほどの力は充分にあると思う。光もあれからちゃんと立ち直ることができたしな」

「い、いやいや! あれくらい何とも無いですよ!」


 光が顔を赤らめて答えた。その光の仕草が可笑しくて、選手たちの間に笑いが起こった。光は気が小さく、一回大きなミスをするとそれを引きずってしまい、中々立ち直ることができないのだ。そしてみんなからは、それをネタにしていじられることもあった。


 逆転された南台SSは、終盤に入ってから強引なパワープレーを敢行し、何度もFC川越のゴールを脅かした。だが、それをFC川越の選手たちは気持ちのこもったディフェンスで耐え切り、遂にタイムアップを迎えたのた。

 光は足をつって交代してしまったが、彼女が最後に見せたあの必死のディフェンスが、終盤にみんなに守りきるための気力を与えたと言っても過言ではない。


 でも待って欲しい。もうすぐ県大会が開幕する訳だけど、何か大事なことを忘れているような……。


「監督、あの……もうすぐ県大会ですけど、俺らの組み合わせってどうなったんですか?」


 トップ下の小柄な少年、河口優磨が言った。

 それだよ。開幕までもう2週間切ってるのに、まだトーナメントの抽選の結果が出ていないなんておかしいからな。

 まさか忘れているなんてことは……いや、竹下監督のことだ。俺たちを目の前の試合に集中させるために、敢えて対戦相手を教えないのかもしれない。


「あれ、俺言ってなかったけか?」

「組み合わせのくの字も言ってないですよ、監督……」


 竹下監督は報告するのを完全に忘れていたようだ。

 監督に褒められて明るくなっていたチームの雰囲気が一気に冷めた。海なんて顔面蒼白になり、この世の終わりみたいな顔をしている。

 そんな選手たちの様子を見て、自分の犯した過ちの大きさに気付いた竹下監督は


「す、すまなかった。おほん。えー、では組み合わせの結果を報告するから、皆さんどうか生気を取り戻して下さい」


 と至極申し訳なさそうに言った。

 みんなが殺気のこもった目で竹下監督を見つめる。爽太の前髪の下に隠れている目からは、いつも以上に鋭い眼光が発せられていた。 遼には竹下監督が少し小さくなったように見えた。


「お前ら怖いって……爽太、そんな目で俺を見つめるな、照れるだろ。では組み合わせを発表するぞ。初戦は所沢ユナイテッドだ。こことは何度も対戦して、殆ど勝ってるからあまり問題は無いと思う。これに勝つと、準々決勝はSC熊谷とリベルタ越ヶ谷の勝者とやる。どちらも強いが、勝てない相手じゃない。そしてそれに勝つと準決勝だが、その相手は」

「監督! レッズとアルディージャとはやんないんですか?」


 そこまで言ったところで、海が口を挟んだ。そしてレッズという単語が聞こえた瞬間に、遼と爽太がピクリと反応した。


 レッズとアルディージャとは、浦和レッドダイヤモンズと大宮アルディージャの下部組織の、12歳以下のカテゴリーのことである。。Jリーグクラブの下部組織であるその2チームは県下でもずば抜けて強く、できればそことの対戦は避けたいというのがみんなの本音だった。――遼と爽太を除いて。


「それなんだけどなあ、ほんとに申し訳ない。準決勝は勝ち進めばおそらくレッズだろう」

「ええー!」


 遼と爽太以外のみんなが叫んだ。海は頭を抱えてブロンズの銅像のようになってしまっている。遼と爽太はその傍らで少しほくそ笑んでいた。


「……嘘だ」

「は?!」


 今度は遼と爽太を含めたみんながそう言った。遼と爽太がそう言った意味とみんながそう言った意味とは正反対だろうけども。


「大変嬉しいことに、レッズとアルディージャは両方とも反対のブロックだ! お前ら、くじを引いた俺に感謝しろよ」

「竹下監督様ー!」


 海がありがたい御神体を拝む僧侶ように竹下監督のことを拝み始め、それに続いてみんなが竹下監督を拝み始めた。おいおい、どこぞの宗教団体だよ。


 みんなは歓喜していたが、FC川越の二大エース様たちは少し不満そうだった。その様子を見た竹下監督は


「どうした遼、爽太。何か疑問でもあるのか?」


 と二人に聞いた。

「俺はできるだけ早くレッズとやりたかったです」


 下唇を尖らせて遼が言うと、爽太も


「俺も……あいつらを早くぶっ潰したい」


 と低く鋭い声で言った。


 竹下監督は、溢れんばかりの闘志を押さえきれないような二人に向かって、なだめるように


「まあ、遅かれ早かれどうせあの2チームのどちらかを倒さないと全国には行けないんだ。お前らが負けなければどちらかは勝ち上がってくるよ。そしたらそれに勝って、お前らが埼玉県ナンバーワンってところを見せ付けてやればいいんだ」


 と言った。

 遼の方は渋々ながらも「うん……わかりました」と納得したが、爽太はへそを曲げたままだった。







 遼と爽太はなぜここまでレッズとの試合にこだわるのか。その原因となった出来事は去年のちょうど今ごろにあった。


 遼と爽太は4年生の時から既にトップチームに上がっており、5年生の時にはスタメンを獲っていた。そしてチームの主力として、公式戦では常に二人は試合に出ていた。


 そして去年の県大会、FC川越は準々決勝でレッズと対戦し、1対3で負けた。

 遼と爽太は封じ込められて一点も取ることができず、チームはPKによる得点でしか返すことができなかった。その上三失点もしたのである。スコアでも内容でも圧倒されてしまった。


 こんなに完膚無きまでに叩きのめされたのは、遼のサッカー人生の中で初めてだった。竹下監督の肩に抱かれて、号泣しながら埼玉スタジアムを後にしたあの日を、遼は一生忘れないだろう。いや、嫌でも忘れることができないのだ。


 早くレッズとやりたい、そして早くレッズに勝ちたい。それが今の遼の望みだった。








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